第11話 強襲
奮闘の甲斐もあり禍ッ神の大津波をどうにか押さえ込み、ようやく波が引いてきた頃。
それは突然現れた。
「…………は?」
見渡す限りの海を埋め尽くす、海入道の大艦隊。
あまりに絶望的な光景に、猛が思わず間の抜けた声を出すのも無理はなかった。
直後、無数の砲が一斉に火を吹いた。
「────っ!? 八咫鏡『天蓋魔境』ッ!」
咄嗟に盾を頭上に掲げた猛が残りの神気をすべて注ぎ込み神器の力を開放する。
大きくドーム状に広がった鏡の盾が全天を隈なく映し込み、瞬間、砲弾の雨が空中で反転、海入道艦隊の頭上へ降り注ぐ。
「なんとか、防ぎ切った、か……」
初手の不意打ちから全員を護りきり、神気を使い果たした猛が悔しげに歯噛みしてその場に倒れ込む。
「ありゃりゃ、ぜーんぶ跳ね返されちゃった。連れてきた奴らも半分以上は沈んだかな?」
「ま、おかげで一番厄介なチート野郎は排除できたんだ。大戦果だろ」
誰にも気づかれることなくいつの間にか壁の上にいたフードの二人組に全員の視線が集まる。
声と背丈から見て二人ともまだ子供。
少女の方が頭一つ分背が高く、恐らく少年の方はまだ小学生くらい。少女も中学生くらいだろう。
「おっと全員動くなよ? 動けば皇太子サマの命はないぜ?」
フードの少女が猛の背中を踏みつけ、その頭に拳銃の神器を突きつけて声高に言い放つ。
「
が、次の瞬間には学園長がフードの少女を組み伏せており、教師たちがフードの少年を取り囲みそれぞれの神器を突きつけていた。
「瞬間移動……じゃあねぇな。時間を操れるって噂はマジだったのか」
「質問に答えろ。早く答えないとディープキスしちゃうぞ」
「うぇ!? 気色悪ぃ! 誰が答えるかよババむぐ────ッ!?」
NGワードを言いかけた少女の口を学園長の唇がズギュゥゥゥン! と強引に塞ぐ。
最初はむーむー唸って必死に抵抗していた少女だったが、次第に瞳から光が失われ、やがて完全に目のハイライトが消えた。
ちゅっぽん! とようやく満足して唇を離した学園長が涎まみれの唇をピッ! と親指で拭い、一言。
「グッドテイスト」
渾身のキメ顔だった。心なしか肌も艶々している。
天原学園学園長、小野塚頼火(三九歳)。NGワードは……お察しください。
「うゎ……えっぐ。……大丈夫?」
「け、穢された……。ウチ、穢されちゃったよぅ……」
魂の抜けたような顔でぽろぽろと玉の涙を零して泣き崩れる少女。
敵ながらあんまりにもあんまりだった。
「ゆ、許さん……。ウチのはぢめてを弄びやがって……ッ! 野郎ぶっ殺してやラァァァッ!!!!」
べちょべちょの口元を拭い、瞬間湯沸かし器のように怒り狂った少女の身体がローブの下でボコボコと膨れ上がり、真紅の甲殻を纏った怪人へと変貌していく。
両肩から前に突き出した大砲の砲身と、両腕に備わったガトリング砲はさながら人間戦車のようだ。
「グッチャグチャのひき肉にしてやンよクソババァァァァッ!!!!」
直後、真紅の怪人の全砲門が火を噴き、それを合図に海入道艦隊が二度目の一斉射を放つ。
「あーあ、邪魅のやつマジギレしてやんの。ああなると止めるの面倒なんだよなぁ」
少年から邪悪な気配を感じ取った教師たちが反射的に神器を突き出す。
……が、貫いたのは少年が着ていたローブだけ。
手応えの無さに教師たちがギョッと目を見開いた直後、山なりに飛んできた砲弾の雨が壁の上に降り注ぎ────。
「酷いなぁ、
全員が回避、あるいは防御のために動き出そうとしたところで、砲弾は空中でピタリと静止した。
全員の視線が声の主、無数の砲弾を背に飛ぶ青い甲殻を纏った怪人へと集まる。
ギラギラとメタリックな輝きを放つ大きな羽は、外国の名も知らぬ派手な蝶を彷彿とさせた。
砲弾の一つを指先でクルクルと弄びながら、青い怪人が嗜虐的な気配を強めてさらに続ける。
「さてこの砲弾、どうして欲しい? 君たちの態度次第じゃどこか適当な海の底にでも捨ててあげるけど」
「お前たちの目的は何だ! どうしてこんなことをする!?」
青い怪人の問いかけに、司が質問で返す。
「雨水風花。彼女を迎えに来た」
「妹に何の用?」
睡蓮が刀の柄を握り締め、居合の姿勢を取る。
変な動きを見せればその瞬間に斬ると、滲み出る気迫が静かに語っていた。
「怖いなぁ。悪いけど君の相手をするつもりはないから、そこで大人しく寝ててよ」
「あ…………」
青い怪人がへらへら笑って睡蓮を指差すと、突然糸が切れたように睡蓮が昏倒した。
そればかりか、司と学園長以外の全員がフラフラと眩暈を起こして次々とその場に倒れていく。
「な、なんだ!? 皆どうした! しっかりしろ!」
司が風花の肩を揺するが、深く眠ってしまっており、しばらく目を覚ましそうにはなかった。
三日月坊っちゃんの神器の夜叉丸も、主が突然昏倒してしまいアワアワと右往左往するばかりだ。
「……そこのポンコツはまだ分かるけど、なんであのオバサンまだ動けるんだろ。ちょっとよく分かんないけど、邪魅の相手で手いっぱいみたいだしいいや」
「……っ! 毒鱗粉か!」
鎧の表面に付着した粉状のものを指先で拭い取り、司が青い怪人を睨む。
司は鎧の神器の効果でそもそも毒の類は一切効果がないため眠らなかったのだ。
「正解! まあ、こんな見た目だしすぐに分かるよね。さあ、邪魔者はいなくなったしちょっと僕と遊んでよ」
青い怪人が司に手を向けると、砲弾の一つが静止状態から一気に超音速まで加速して近くに倒れていたアリーに向かって飛んでいく。
予想外の一手に一瞬出遅れた司がアリーに手を伸ばす。このままでは間に合わない!
「
ガチン。と、時計の針が動いたような音。
すると、世界から急速に色が失われてゆき、砲弾の動きがスロー再生のようにみるみる減速していく。
すべてが減速した世界で司だけが速度を維持したまま動き続け、砲弾とアリーの間に滑り込んだ司が拳で砲弾を空高くへ打ち返す。
すると世界が急速に色を取り戻してゆき、直後空高くに打ち返された砲弾が周囲の砲弾を巻き込んで大爆発した。
「うわっ!? 何今の動き! 君、そんな能力持ってたっけ?」
(なんだ、時間の流れが遅くなった? いや、違う。俺だけが加速していたのか……?)
(私の神器の力だ。効果は短いが指定した対象の時間を早送りできる。今から島まで全員を転移させる術を使う。発動まで少し時間がかかるから、それまで時間を稼いでくれ)
学園長から飛んできた念話を受けて司が小さく頷くと、ウインクと一緒に投げキッスが飛んできた。あちらは意外と余裕がありそうだ。
投げキッスを手刀で適当に討ち払い、司が青い怪人へと意識を向ける。
空にはこちらを狙う無数の砲弾。
それらから動けない仲間たちを庇いつつ時間を稼がねばならない。
体力も神気も、長時間の戦闘でかなり消耗している。
状況はこちらに極めて不利。だが、それでも。
「いいぜ。少し遊んでやるよ!」
こんな時だからこそ、余裕ぶって強がらなければ、男じゃない!
「あはっ! そうこなくっちゃ♪」
青い怪人が両手を大きく振り下ろすと、無数の砲弾が三六〇度あらゆる方向から司に向けて殺到する。
「
迫りくる砲弾の隙間に踏み込んだ司が、身体を大きく回転させながら鎧の表面に砲弾を滑らせて弾道を強引に捻じ曲げていく。
砲弾は司に直撃することなく明後日の方向へ通り過ぎ、空中で真っ赤な炎の華を咲かせて轟き散った。
「
砲弾の弾道を変えながら次の術へ繋げるための禹歩を踏んでいた司が続けざまに術を発動させる。
すると青い怪人の背後に地獄めいた禍々しい扉が現れ、白い冷気を吐き出しながらゆっくりと扉が開いていく。
悍ましい気配に青い怪人が振り返ると、扉の奥から飛び出してきた巨大な鬼の両手が虫でも捕らえるように怪人を包み込んだ。
ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!
魂さえ凍りつくような哄笑を上げ、鬼の手がこの世ならざる世界へと引き返していく。
直後、扉が勢いよく閉じられ、耳を
「ひぇっ、おっかねー。振り返ったら問答無用でアウトとか酷い初見殺しだね」
「っ!?」
突然だった。
砲弾が直撃したような衝撃を受けた司が大きく吹っ飛ばされ、直後、空中で大爆発を起こす。
何が起きたのかまるで分からなかった。
黒煙を纏いながら無様に転がり、壁の縁ギリギリでどうにか体勢を立て直し起き上がると、胃の奥からドロリと粘つく熱が込み上げてくる。
「がっは……ッ!?」
口から零れ落ちた命の熱が、地面をビタビタと赤く濡らす。
どうやら内臓をやられたらしい。
新たな禍ッ神として産声を上げようとしていた自分の血を握り潰し声のした方へ司が振り返ると、たった今異界へ封印したはずの怪人が小脇に気絶した風花を抱えてこちらを見下ろしていた。
「ぐっ、風……花ッ!」
「そろそろ潮時かな。じゃあね
「ま、待てッ!」
怪人の仮面の下で少年が邪悪に嗤う。
司が手を伸ばしかけ────刹那、無数の砲弾が雨のように壁の上に降り注いだ!
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