第10話 海入道
崩れ去る左翼壁の向こう、水平線の彼方から巨大な影がゆっくりとこちらに近づいてくる。
島と見紛うほどの巨体は戦艦のそれに酷似していた。
艦橋に当たる部分は腐った巨人の上半身に置き換わっており、
「ぐっ……!? 酷い臭いだ……っ」
巨人の身体から絶え間なく流れ出る
海に流れ出た穢血はボコボコと泡立ち、瞬く間に禍ッ神へと姿を変え、水底から這い出ては大波のように押し寄せてくる。
海入道の周囲で断続的に瞬く閃光や爆炎は学園教師たちによる攻撃だろう。
すでに海入道の全身はボロボロで動きもかなり鈍っている。
が、無尽蔵に湧き出る小型の処理に追われてしまっているせいか、祓い切るだけの手数が足りない。
「三分くれ! それまでには修復する!」
「了解! みんな行くぞ! 一柱も島に近づけるな!」
茂利雄の言葉に頷き、疾風の如く飛び出した猛の後に、睡蓮、司、アリー、風花が続く。
今回の作戦において彼ら五人は戦場全体をカバーする遊撃隊の役目を担っていた。
「
音速を越えて先頭に躍り出た風花が風を纏わせた二刀の小太刀を振り抜く。
小太刀から放たれた斬撃が大気を巻き込んでみるみる膨らんでゆき、巨大な竜巻となって禍ッ神たちを邪気もろとも空の彼方へと吹き散らしていく。
暴風に耐え忍ぶ禍ッ神たちに肉薄し、二刀を閃かせて次々と祓っていく風花。
すると水底から不意に飛び出した亡者の手が風花の足首を掴み、昏い海の底へと一気に引きずり込んだ。
「阿部流『
一足飛びでカッ飛んできた司が水面を強く踏みしめると、海が『ぼぐんっ!』と大きく陥没して、水中に引き込まれた風花が宙に放り出される。
すると今度は空中に投げ出された二人の身体に糸が巻きつき、ぐんっ! と上へ引っ張り上げられ、そこへ海水が一気に流れ込む。
「風花! 一人で突っ走りすぎですわ!」
「落ち着けっ! 何を焦ってるんだ!」
「うるさいっ! 余計なお世話だ!」
勢いで口に出してから、すぐに後悔した。
それから気まずそうに視線を彷徨わせ、風花は逃げるように次の群れへ向けて駆け出して行ってしまった。
「ったく、さっきの事まだ引きずってたか。しょうがない、二人でカバーするぞ!」
「分かりましたわ! 風花には後でちゃんと謝らないといけないですもの!」
司の言葉にアリーが頷き、互いに連携を取りながら風花を庇うように禍ッ神の群れを蹴散らしていく。
「
踊るような身のこなしで敵を蹴散らしつつ
すると司の足元から八卦陣がどこまでも広がってゆき、海水を汚していた海入道の穢血だけが吸いだされ、『どぱんっ!』と間欠泉みたく水柱を立てて海面から噴き出した。
双子たちの歌の力で普段以上の出力で発動した術に司が目を丸くして、兜の奥で楽しげにニヤリと笑う。
「ははっ、すごいな歌の力ってのは!」
「双龍天翔!」
暴風渦巻く小太刀を風花が振えば、巨大な竜巻が天高く舞い上がり、二頭の龍と化した竜巻が海から噴き出した穢血を禍ッ神共々空の彼方へと連れ去っていく。
「
アリーが白魚のような指を嫋やかに躍らせれば、その指先から伸びた糸が禍ッ神たちを絡め取り動きを封じていく。
「
アリーが踊るように糸を引き絞ると、死の運命に絡めとられた禍ッ神たちが一斉に黒い塵へと変わり、風に流され消えていった。
時間にして僅か数秒。三人の活躍により左翼壁に空いた穴の周囲に敵のいない空間が切り開かれた。
「逞帙>逞帙>逞帙>闍ヲ縺励>蜉ゥ縺代※縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ゅ≠縺ア※ァァ■アア阿アア亞アア!!!!」
空を割らんばかりの憎悪と悲しみに満ちた絶叫。
直後、超音速の砲弾が雨のように降り注ぎ────
「八咫鏡『
猛が神気を漲らせると、右手に構えた八咫鏡が一際強い輝きを放つ。
すると光り輝く鏡面に映り込んだすべての砲弾が空中で軌道を変え海入道の下へと倍の速度で跳ね返っていく。
跳ね返った砲弾を全身に浴び腐った血肉を飛び散らせ悲鳴を上げる海入道。
聞くに堪えない絶叫に僅かに眉を
「まったく優秀な後輩たちだ。おかげで奴にすっかり目をつけられてしまったらしい。行けるかい睡蓮」
「いつでも」
睡蓮が表情を変えないまま短く頷き返す。
「天叢雲剣『空羅一閃』」
猛が大上段に構えた剣を睡蓮が横から握りしめ、呼吸を合わせて共に振り下ろす。
濡れ太刀の銀閃が空を駆け、────直後、海入道の巨体が唐竹割に裂けた。
神器を扱えるのは基本的にその神器を顕現させた神代だけ。
だが、こうして二人で一緒に持って使えば、神器の能力を共有することは可能だ。
距離を無視した必中攻撃を放つ天叢雲剣。
それを神剣の御霊を宿す睡蓮が振るえば、防御も回避も不可能な必殺の一撃となる。
真っ二つになった海入道の
「修復完了! 全員壁の上に避難しろ!」
壁の穴が塞がれ、茂利雄の声を聞いたアリーが糸を手繰って全員を壁の上に引っ張りあげる。
直後、どす黒い津波が反り立つ壁に
すると今度は海入道の血から生じた禍ッ神たちが壁を乗り越えようとヒタヒタよじ登ってくる。
「さあここが正念場だ! 絶対に壁を超えさせるな!」
「オッケー! ラストスパート!」
「最後まで駆け抜けるよ!」
猛が檄を飛ばし、双子の歌がさらにヒートアップしていく。
風が吹き荒れ、ナイフの雨が降り注ぎ、斬糸が舞乱れて、銀光が閃き、鉄火の華が咲いて、漆黒の怪人の咆哮が戦場を薙ぎ払う。
「私達も加勢するぞ!」
「生徒たちにばかり活躍されては大人の立場がないからな!」
海入道の足止めをしていた教師陣も加わって防衛戦はいよいよ佳境に突入していった。
☆
暗い部屋の中、防衛戦の様子が空中にリアルタイムで映し出され、それを数人の影が囲んで眺めていた。
全員フード付きのローブを身に着けており、部屋の暗さもあって互いの顔はよく見えない。
「あーらら、海入道祓われちゃったよ」
小柄な影が茶化したような口調で言った。
まだ声変わりしていない少年のような声だ。
「どうせ寄せ集めの量産型だ、構わんさ。島の戦力も概ね把握できたしな」
背中の丸まった影がフードの下でニヤリと口の端を吊り上げる。
老獪な気配を孕んだ老人の声だ。
「次はどうする?」
「休む暇など与えぬ。すぐに次を投入する」
少年の問いに老人が即答する。
「あ、じゃあ僕も行ってきていいかな? 彼が『
「構わんよ。ついでにそのまま『
「ケッ、ガキのお守りかよ」
老人に名指しされた影が不服そうな声を漏らす。
粗暴な口調とは裏腹に、鈴を転がしたような少女の声だった。
「お前もまだガキじゃん」
「あ? 殺されてぇのかテメェ!」
少年の馬鹿にしたような声音に、少女が身を乗り出して吠え返す。
「やめなさい。『
「やった! 約束だからね」
「っしゃ! 言質取ったかんな! ボケて忘れんじゃねぇぞジジイ!」
老人が穏やかな口調で言うと、二人は喜んで転移の術を使いその場から立ち消えた。
「さて、第二幕といこうか」
騒がしい二人が消えて静かになった部屋で、映像を見上げて老人が酷薄に嗤った。
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