第9話 天原島防衛戦

 午後一七時三〇分。天原学園Sクラス教室。


「全員集まったか」


 緊急招集連絡を受け教室に集まったSクラスの生徒たちを見渡して学園長が言った。

 メールで送られてきた事態の概要と推移は次の通りである。



 本日午後一六時五九分、天原島沖南南西五〇キロの地点に禍ッ神の邪気を観測。

 神術による遠視の結果、S級禍ッ神『海入道』であることが確認された。


 海入道は多数の小型眷属を引き連れ天原島へ直進中であり、先程の激震は島の沖合にいる海入道本体から発射された遠距離砲撃である。

 砲撃は島の北東沿岸部に着弾。

 この砲撃による死傷者及び建物への被害は確認されておらず、砲弾から生じた小型の禍ッ神はすでに学園教師たちの手で祓われている。


 現在、学園の教師が軍と協力し防衛線を構築して、海入道の侵攻を食い止めている最中であり、一時間後には本土から増援の神代が長距離転移陣を使用して島に到着する予定。



「概要は事前にメールで送った通りだ。現在、先生方と軍が協力して海入道の侵攻を食い止めている最中だが、如何せん小型の数が多すぎて手が回り切らん。そこでお前たちには先生方が討ち漏らした小型の討伐を担当してもらいたい」


 と、ここまで学園長が説明したところで生徒会長の猛が手を上げた。


「推定される小型のランクはどの程度ですか」


「現場から上がっている報告によれば大半がC級以下の雑魚だそうだが、中にはA級相当の能力を有した個体も混じっているそうだ。私も援護に回るが十分に注意して討伐に当たってくれ」


「わかりました」


「他に質問がある者は……いないようだな。ではこれより作戦陣形と各人の担当を説明する」


 黒板に島周辺の地図が張り出され、ミーティングが始まった。



 ☆



 午後一七時五〇分。天原フロート南南西、大和海軍基地。


 学園長の術でメガフロートに併設された海軍基地へと転移したSクラスの面々は、軍から借用した防具で身を固め、迫る災禍に備え待機していた。


 司だけ自前の鎧を身に纏い、腕を組み黒雲渦巻く水平線の先をじっと見据える。


「……っ! 来たぞ!」


 水平線の先から姿を表した禍ッ神の影に司が声を張り上げた。


 怨嗟の声を海鳴りの如く轟かせ、悍ましい異形どもがグネグネと、ゾルゾルと、ヒタヒタと、動きに見合わぬ疾さで黒雲を連れて津波のように迫ってくる。


 瞬間、それぞれの顔に十人十色な感情が浮かぶ。


 不安、緊張、高揚、恐怖、平静、狂喜、信頼、達観、焦燥。


 危機に直面した時、その人の本性が顔に現れるとは誰の言葉だったか。

 どこかで聞いた知識がふと頭をよぎり、実際その通りだと司は思った。

 果たして今、自分はどんな顔をしているだろうか。

 鎧の下に隠れたその顔を知るものは誰もいない。


「大丈夫、下級生のフォローは僕たち二人と学園長が受け持つ。いい機会だと思って思い切りやろう!」


 猛が常の笑顔で皆を鼓舞して、睡蓮が静かに頷くと、風花以外の顔から気負いや不安が消えた。

 異様に殺気立った目つきで海の向こうを見据える風花を頭の片隅に置きつつ、猛が海神わだつみ神言しんごんを唱える。


「海神の、いづれの神を祈らばか、行くさもさも船の早けむ! ────行くぞ皆! 僕たちがこの島の最後の砦だ!」


 猛が先陣を切って揺れる水面へ躊躇ためらうことなく飛び込んで行く。

 神術により水底へ沈むことなく走り出した猛に続いて、司たちも禍ッ神の群れに向かい突撃を開始する。


「そんじゃ、いっちょやったりますかねっと!」


 先手を切ったのは凸凹トリオのデブ担当、防人茂利雄だ。

 大盾の神器を水面に対して直角に突き立て、片手で印を組み神言を唱える。


「今日よりは、かえりみなくて大君おおきみの、しこ御楯みたてで立つわれは!」


 瞬間、神器を起点に術が発動し、見渡す限りを立ち塞ぐように海面を突き破り、巨大な壁が天高くそびえ立った。


 これこそが盛利雄をSクラスたらしめる才能。

 大盾の神器による圧倒的な防御力と、神術を併用した陣地構築能力。

 真上から見てV字型に展開した壁により禍ッ神の進路を限定し、こちら側の打撃火力を集中させて一気に叩く作戦だ。


「ヒャハハ! 踊れ踊れ!」


 天高く反り立つ壁の上から海面を見下ろし舌なめずりする凸凹トリオのノッポ担当、久留井来人。

 来人が両手を大きく広げると、空一面に毒液滴るナイフの神器が無数に出現し、直後、ナイフの豪雨が海面に降り注いだ。


 他の追随を許さぬ圧倒的な物量と、多種多様な効果をもたらす毒薬の高い汎用性。

 Sクラスに身を置くその実力は間違いなく本物だった。



「驕■翫@⊂縺亜ァァァァァァァァ!!!!」



 毒にやられた禍ッ神たちが怨嗟えんさの絶叫を上げて水底へと沈んでいく中、その怨念を拾った一柱の禍ッ神の邪気が大きく膨れ上がる。


 すると白く濁ったブヨブヨの皮膚を突き破り、どす黒いたこの足が生えて、無数の水死体を繋ぎ合わせたようなその身体に絡みついていく。


 より悍ましい姿へと変化した禍ッ神が手に持っていた穴の開いた柄杓ひしゃくを無造作に振う。

 すると海面が大きく盛り上がり、邪気に汚染された大波が茂利雄が築いた防壁の表面をジュウジュウと溶かした。

 両翼に展開した壁に流れを変えられた波が壁の間を通って、こちら側へ鉄砲水の如く押し寄せてくる。


「ひっ……」


 激流と共に流れてきた邪気にてられ、三日月坊ちゃんが恐怖のあまり意識を手放しかける。


「大丈夫だよ!」


「私たちがついてる!」


 坊ちゃんの肩にそっと手を置きとびきりの笑顔で励ますのは、中等部二年、狛神こまがみ斗亜とあ紫雲しうん姉妹。

 瓜二つの愛らしい顔立ちで、雪のように白い髪を姉の斗亜はツインテールに妹の紫雲は三つ編みのおさげにしている。

 赤い宝石のような瞳もあって、どこかウサギのような印象を抱かせる少女たちだった。


 二人が息を合わせて神器を具象化させると眩い光が二人を包み、二人の服が華やかで可愛いアイドル衣装へと変化していく。


「いくよ斗亜!」


「オッケー紫雲!」


 双子たちがそれぞれマイクを握りしめ、世界に奇跡の歌を紡ぎ出す。

 二人の歌があまねく空へ響き渡ると、怨念に黒く濁った大水が二人のステージを彩る紙吹雪の如く『ぱぁっ!』と泡沫うたかたの煌めきへと変わった。



 かつて一世を風靡し数々の伝説的な記録を打ち立てた双子のアイドルがいた。

 不幸な事故で命を落とすその日まで、人生を綺羅星のように駆け抜けたその少女たちは、死後、ファンたちの手により神として祀られ出生地には社も建てられた。


 斗亜と紫雲はそんな伝説のアイドル神『スターラビッツ』の転生体。

 世界中のファンたちの信仰を力に変え奇跡の歌を紡ぐ、最も新しい神話の続き。

 その歌は禍ッ神の荒ぶる御霊を鎮め、世界に予想不能な奇跡を巻き起こす。



「す、すごい……」


「ね? 言ったでしょ?」


「ライブはまだまだこれからだよ! 張り切っていこう!」


 アイドルたちのとびきりの笑顔と歌に励まされ、坊ちゃんの顔に生気が戻っていく。


「……そうだ、ビビってるんじゃないぞ三神三日月! ボクが一番だって父様に証明するんだぁぁぁぁぁッ!!!!」


 己を奮い立たせた坊っちゃんが涙を袖で拭い、迫りくる敵を睨み吼える。

 すると坊っちゃんの全身から溢れ出した神気が形を変え、彼の前に六本腕の巨大なカラクリ武者が『ズシン!』と姿を表した。


「夜叉丸! デストロイモード!」


 坊ちゃんの命を受けカラクリ武者の身体がガチガチと変形し、体内に格納されていたミサイルが炎の尾を引いてかっ飛んで行く。

 音速の壁を越えなおも加速するミサイルが禍ッ神の脳天に突き刺さり、爆炎の華が咲き誇る。


 世界で唯一、完全自立稼働する人型神器の使い手、三神三日月。

 変形機能によるオールレンジに対応した多彩な攻撃手段と、人型であるがゆえの対応力の高さは他の追随ついづいを許さない。


 衝撃波が黒雲を吹き飛ばし、爆熱により生じたキノコ雲がもうもうと茜色に暮れゆく空に立ち昇った、次の瞬間────。



「縺薙▲縺。縺ク縺翫>縺ァァァァァァァァ!!!!」



 魂を砕くような絶叫。

 直後、耳をろうする爆轟と衝撃波を撒き散らして、水平線の彼方から飛来した超音速の砲弾が左翼壁をブチ破った!


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