第8話 修行と日常と騒乱と

 翌日の放課後。


「さあどこからでもかかって来い!」


「やぁぁ────ッ!!!!」


「二人とも頑張ってくださいましー! ファイトですわ!」


 漆黒の手甲と風を纏った小太刀がぶつかり合いギャリギャリと火花が散った。

 岩肌が剥き出しになった山道を羚羊かもしかのように駆け上り、司と風花が幾度となくぶつかり合い山頂を目指す。

 その後ろをアリーが糸を巧みに手繰りながら優雅に追いかけていく。


 天原島の中心に聳える火結嶽ほむすびたけは島の中でも特に神気に満ちた聖域だ。

 神代は神気を使い果たすと周囲の神気を取り込み回復を図る特性がある。

 その時、目が覚めるまでの間にもともとの容量よりも多い神気を吸い込むことができれば、その分神気の総量が増える。


 司が提案した修行法は、毎日気を失うまで神気を使い尽くし、実戦を通じて互いの技と技術を教え合うというものだった。

 アリーを連れてきたのは気を失った後の世話を頼むためである。


 やがて山頂の舞台へたどり着いた二人の攻防は更に激しさを増していく。


「秋風は、く疾く吹きはぎの花、散らまく惜しみ競ひ立た見む!」


「うおっ!?」


 風花が神言しんごんを紡ぐと彼女の両足に風がひゅるりと巻き付き風花が残像を残して急加速する。

 残像を置き去りにして一気に司の懐に潜り込んだ風花が両手の刃を閃かせ、司の甲殻の隙間に刃を突き立てた。


虎落笛もがりぶえッ!!!!」


 両肘、両肩、両目、喉、両膝。計九ヶ所同時刺突攻撃。

 如何に司の防御が硬くとも急所を的確に穿たれてはどうしようもない。


「もらった!」


 たまらず膝を付いた司の首を風花の二刀が刈り取る。

 刃は一切の手応えなく司の喉笛を切り裂き────そのまま司の姿が蜃気楼のように消え失せた。


「なっ!?」


「今のが【空蝉うつせみ】。そしてこれが俺のオリジナル、【居太刀落いたちおとし】!」


 いつの間にか風花の背後を取っていた司が、天高く振り上げた脚を太刀のように鋭く振り下ろす!


 ズンッ! と、舞台に放射状のひびが走り、山が大きく揺れた。


「変わり身の術か」


 振り下ろしたかかとから生じた斬撃波に裂かれてドロンとかき消えた身代わりを見て、司がニヤリと口角を吊り上げる。


「自分の神気を使っていつでも発動できるってわけか。場面によってはそっちの方が使い勝手は良さそうだな」


「逆に空蝉は発動に手順を踏む必要があるが、周囲の神気を使うから長期戦には有利だな。何より術の発動兆候が無いのが恐ろしい」


 お互い冷静に相手の手を分析しつつ、合間合間の鍔迫り合いで意見を交換する。

 結局この日は一時間ほど戦い続け、二人同時に神気切れでぶっ倒れて幕引きとなった。



 ☆



「毎日修行ばかりしていては参ってしまいますわ。今日は遊びに行きましょう!」


 と、アリーが鼻息荒く司と風花を誘ってきたのは、修行開始からちょうど一ヶ月が経った、土曜日の朝のこと。


 いつも気絶した後はアリーに任せきりということもあって断りきれず、私服に着替えた二人が待ち合わせ場所のバス停に向かうと、赤いワンピース姿のアリーがいた。


「おはようアリー。似合うなその服」


「お気に入りですのよ。二人とも今日はよろしくお願いしますわね」


 アロハ姿の司がそれとなく服を褒めると、アリーはご機嫌な様子でくるりと回ってにっこり微笑んだ。


「私は修行の方が良かったんだが……」


「もー、駄目ですわよ風花! いくら目標があると言っても無理が過ぎれば身体を壊してしまいますわ。それに風花はもう少しオシャレに気を使うべきです」


 どうにも居心地の悪そうな風花がボソッと呟くと、アリーがほっぺをぷくっと膨らませて『ずずい!』と迫ってくる。

 友人と遊びに行くというのに制服を着てくるようでは、手持ちの『まともな服』がこれしかないことなど一目でお察しだった。


「わ、分かった! 分かったから離れて!」


 ふわりといい匂いがして同性なのに思わずドキドキしてしまったのは内緒である。


「分かればよろしい。さ、バスが来ましたわ! 行きましょう!」



 ☆



 天原島は国の重要自然遺産にも指定されているほど自然豊かな島だ。

 天原学園の校舎や学生寮も自然の地形を活かすよう建てられており、できるだけ自然を壊さないよう至るところに配慮がなされている。


 そんな自然豊かな島の南側、断崖絶壁に架けられた橋を渡った先に、浮島フロートの上に築かれた巨大な街がある。

 本島に住まう学生や教師のための各種商業・娯楽施設も充実しており南海の孤島でありながらもその快適さは都心とそう変わらない。


 さて、そんなこんなでバスに乗りフロートシティのショッピングモールまで足を運んだ司たちだったが……。


「……どこから回ればいいのでしょう?」


「いや、私に聞かれても……」


「すまん。俺もさっぱりだ。あっはっは!」


 揃いも揃って街での休日の過ごし方を知らないものだから、どうすればいいか分からず、モールの中心でぼけーっと立ち尽くしていた。


 アリーはギリシア神話の運命の女神クロトの転生体であり、一国の王女でもある。

 外出の際にはいつも護衛がついて回り、そもそもこんな自由な休日など生まれて初めてなのだからある意味仕方ないとも言えた。


 司も苛烈な幼少期を過ごし、母方の叔父のもとへ転がりこんでからはなかば野生児のような暮らしぶりだったため、街での遊び方など知るはずもない。


 風花も風花で入学してから今まで修業と決闘ばかりに明け暮れていたため、友達と街へショッピングに出かけた記憶などあるはずもなかった。

 修羅姫なんて言えば聞こえは良いが、ようは尖りすぎて友達ゼロのぼっちである。


「ヒューヒュー、お嬢さん方、暇そうにしてるじゃねぇかよ」


「ヒャハハ! オレらと一緒に楽しいコトしようぜぇ!」


 と、立ち往生していた三人に声をかけてきたのは、凸凹トリオのデブとノッポこと、防人茂利雄と久留井来人だ。


 揃いも揃って世紀末感溢れるパンクな私服を見事に着こなしているせいで、どこからどう見てもナンパのために絡んできたやからにしか見えない。


 こんなナリでも大財閥が抱える由緒正しい守り人一族の末裔まつえいなのだから世の中分からないものである。


「よぉ、モリモリ、クルクル。ミカミカ坊ちゃんはどうした?」


「坊ちゃんは今映画館で【バケモン】の新作映画を鑑賞中だぜェ」


「おれたちはデカくて邪魔だからって出ていけとよ」


 化けットモンスター、通称バケモン。

 陰陽おんみょうボールでゲットだぜ! でお馴染みのアレである。

 それはともかくとして、確かに二人の背丈と横幅では後ろに座る子供たちの視界を塞いでしまうだろう。


「いいのか? 護衛が坊ちゃん放置してこんなところをブラブラ歩いていて」


「ケケケッ! ここは大和一堅牢なセキュリティを誇る天原メガフロートだぜ? 坊ちゃんに害を加えるような奴はそもそも島にも入れねェさ」


「それにおれたちも三年後には卒業して島を去るからな。そろそろ一人で色々できるようになってもらわねぇと。三神本家からもあまり甘やかすなと言われてるしな」


「子守りも大変だな」


 司が同情を込めて苦笑いすると、二人は「もう慣れた」と口を揃えて肩を竦めた。


「ってな訳でオレっち達、暇を持て余してるって訳よ」


「その様子じゃ、どうせ遊びに来たはいいけど何していいか分かんねぇで突っ立ってたってトコだろ? どうせ暇だしおれたちが案内してやるよ」


「ヒャハハ! 楽しいコトたーっぷり教えてやるぜェ?」


「まぁ! それは助かりますわ!」


 下卑た笑みを浮かべる茂利雄と、長い舌をベロリと垂らして舌なめずりする来人。

 下心しかなさそうな二人組の心からの善意にアリーがぱっと顔を綻ばせる。

 王女様はもう少し警戒心を抱いて欲しい。


「お前たち……さてはワザとやってるだろ」


「「その通りだ!」」


 風花の呆れ交じりのツッコミに二人がゲラゲラ笑って答える。

 中々愉快な奴らである。


 ともあれ、二人の申し出はまさしく渡りに船。

 司たちはありがたく茂利雄たちの好意に甘えることにした。



 それから司たちは厳つい二人に案内されてモール内の様々な店を見て回った。



 ゲームセンダーで司と風花がスコアを荒稼ぎし、殿堂入りを果たしたり……。


 案内役の二人行きつけのアクセサリーショップで、厳ついシルバーを強引にプレゼント(もとい布教)されたり……。


 途中で映画を見終えた坊ちゃんと合流して、バーガーショップで総量五キロもある超特大のハンバーガーをみんなで分け合ったり……。


 ブティックで風花がアリーの着せ替え人形にされてクタクタになったり……。


 テディベア専門店を見つけたアリーが店ごと買い占めようとして一騒動あったり……。



 概ね学生らしい休日を満喫し、そろそろ西の空が茜色に染まろうかという頃。

 そろそろ帰ろうかと全員で話し合っていると、ふと雑踏の中から現れた睡蓮とばったり出くわした。


「あら」


「……っ」


 最悪の邂逅にその場の空気が凍りつく。

 風花が苦虫を嚙み潰したように顔をしかめて視線を逸らすと、睡蓮も心なしか寂しそうな雰囲気を滲ませて僅かに俯く。


「あ……。こ、こんにちは。今日はお一人でどうされましたの?」


「運動」


 空気を読んだアリーがどうにか場を持たせようと話しかけると、睡蓮は背後を指差して短くそう返した。

 睡蓮が指差した先を目で辿ると、そこには大型のスポーツセンターが。


 奇しくもそこは行き先の候補として風花が興味を示していたが、休日ということもあって空きスペースが無く断念した場所だった。


「あなたたちは?」


「たまには皆で羽を伸ばそうと思いまして、私がお誘いしたのですわ」


「そう。楽しめた?」


 睡蓮が普段よりも若干表情が和らいでいる気がしなくもない顔で風花に問いかける。

 嫌味にしか聞こえなかった。

 自分が遊びほうけている間にも、私は努力して先に行く。

 お前に私は倒せない。

 そう言われている気がして、悔しさに風花が奥歯を噛みしめる。



 場の空気がどうしようもないくらいに凍りついたその時。────それは突然やってきた。



 ズンッ!!!! と、立つことも儘ならないほどの激震。

 続けてけたたましいサイレンが島全体に鳴り響く。



『天原メガフロート及び天原島本島全域に特別警戒令が発令されました』


『島の住民、及び学生の皆さんは速やかにシェルターへ避難してください。繰り返します特別警戒令が発令されました』



 禍ッ神の出現を告げる特別警戒令。

 危機感を煽るサイレンが楽しい日常の幕切れと、騒乱の始まりを告げた。

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