第6話 姉妹の因縁
風花が放った風の斬撃が睡蓮を襲う。
「いきなり大技を使うのは下策よ」
「ッ!?」
だが、斬り裂いたはずの睡蓮の身体が陽炎のように揺らいで消え、風花がハッとした次の瞬間、背後に回り込んでいた睡蓮の刀が振り下ろされる。
間一髪地面を転がり姉の一撃を回避する風花。
睡蓮の刀が空を切った直後、演習場に突風が吹き荒れ地面に一文字の傷が深々と刻まれた。
鞘から抜いてすらいないのにこの威力である。あまりに大きな実力の差を見せつけられ風花の額に一筋の汗が伝う。
「これくらいは避けられるようになったのね。ならこれはどうかしら」
一気に踏み込んできた睡蓮が手首を翻すと無数の斬撃があらゆる方向から同時に発生し風花に襲い掛かる。
全方向からの同時攻撃に成す術もなく斬り裂かれた風花がその場に崩れ落ち……ドロンと煙を上げて消えた。
直後、背後に回り込んだ風花の二刀を睡蓮が振り返らず鞘で受け止める。
拮抗する刃と黒塗りの鞘。
無理な体勢であるにも関わらず、睡蓮の刃が徐々に風花を押し返していく。
「次は外さないわ」
純粋なフィジカルだけで風花を弾き返した睡蓮が風花に向き直り、刀の柄に手を置き身体を深く前傾に沈める。
「瞬閃」
黒塗りの鞘が風花の胴を薙ぎ、鋭い剣閃が真一文字に駆け抜けた。
刹那の内に振り抜かれた一撃はまさに神速。
睡蓮が刀を腰に戻すと変わり身がドロンと消え、その影に隠れていた風花がドサリと地面に倒れ伏す。
「そこまでッ!」
学園長がジャッジを下すと睡蓮は風花に一瞥もくれず神器を消してベンチへ戻ってくる。
すれ違うように司とアリーが風花の下へ駆け寄ると仰向けに横たわった風花が涙を流して唇を噛みしめていた。
「……くそっ。くそっ! どうして……まだ届かないの……か……」
「おい、風花!? しっかりしろ!」
「……大丈夫。神気を使い果たして気絶しただけのようですわ。今は安静にさせておきましょう」
風花の手を取り脈を測っていたアリーが、涙の滲んだ風花の目元をハンカチでそっと拭う。
気を失った風花を司が横抱きで持ち上げそっとベンチの上に寝かしつける。
「しかし恐ろしい一撃だったな。変わり身の術はちゃんと発動していたように見えたんだが……」
「先に術で作ったデコイを叩いて、返す刀で本体を叩いたんだろうね」
風花の様子を見に来た猛が司の独り言を拾って答えた。
「本気になった睡蓮の攻撃は僕でも防御できないから変わり身の術を使ったのは正解だった。けど、地力の差で押し切られてしまったってところかな」
「猛先輩でも防御できないって、どういうことです?」
「彼女の神名は
「神の権能ですか」
「神剣の霊格が敷く理は、あらゆるものを斬り裂く防御不能の斬撃になる。彼女の前ではあらゆる防御は無意味なのさ」
神の権能は、高い霊格を備えた神代だけが持つ固有の能力であり、神が敷く世界の理そのもの。
最初からそうと定められたルールを覆すには、それ以上の霊格をもって対抗する他に術はない。
「それにしても、風花の様子は只事ではありませんでしたわ。彼女たちの間に一体何が……」
「彼女は……睡蓮は自分の母親を手にかけている。禍ッ神に憑りつかれ化生になりかけていた最愛の母をね」
事の発端は八年前。
雨水家長女であり御名持ちとしても広く知られる睡蓮の誕生一〇周年と称して、各界の重鎮を集めた盛大なパーティーが開かれた。
その会場で睡蓮と風花の母、
雨水家の術師数人の命と引き換えにどうにか白面九尾の動きを封じることに成功するも、すでに白面金毛九尾と唯花の融合は手遅れなほど進行しており、唯花の尊厳を守るためには人としての意識がある内に殺すしかなかった。
「僕は睡蓮の婚約者としてパーティーに呼ばれていたから事の成り行きも知っているし、睡蓮の苦悩も理解しているつもりだ。だけど風花ちゃんが見たのは姉が母親を手にかけたその瞬間だけだ。元々家の中では睡蓮と比較されて冷遇されていたようだし、唯一分け隔てなく愛してくれた母親を殺した姉が許せない気持ちも分かる」
「そんな……」
猛の口から語られた風花の過去に、アリーが絶句する。
司はすでに薄々感じ取っていたものがあったからか、どこか納得した様子で静かに唸った。
「僕には睡蓮の婚約者としての立場があるし、彼女を愛してもいる。学校の先輩として相談に乗るくらいはできるけど、どうにも僕は彼女に避けられているようでね。今彼女に必要なのは心の支えになってくれる人間だ」
「それが俺たちだと?」
「これでも人を見る目はあるつもりだよ」
司とアリーの肩に手を置き、猛は僅かに苦笑した。
「さっき、学食で風花ちゃんと一緒にいただろう? 久々に見たよ。風花ちゃんが誰かと一緒に食事をしているところなんて。……どうかこれからも彼女と仲良くしてやってほしい。君たちとの出会いは間違いなく彼女にとってプラスになっているはずだ」
司とアリーが顔を見合わせ頷き合う。
言われずともである。
そんな二人の様子を見て、猛は「余計なおせっかいだったか」と苦笑した。
「風花は太い糸で繋がった私のお友達ですもの。そう簡単には切れませんわ」
「運命の糸か。やっぱり運命の女神様には、そういうのも見えたりするのかい?」
「ええ。このクラスの方々は皆さんとても強い運命に導かれています。そしてその中心にいるのは……司。あなたですわ」
「俺?」
突然名前を呼ばれて司がきょとんとする。
軽く目を閉じ、ここではないどこかを身ながら、神妙な面持ちでアリーはさらに続ける。
「あなたと風花に繋がっている糸は、元を辿れば一つの場所へ繋がっている。彼女の問題を解決することは、あなたの問題を解決する糸口になるでしょう」
「何!? 奴が風花の過去に関わっているのか!?」
復讐相手の影を臭わせる言葉に司が我を忘れてアリーの肩を掴む。
「きゃっ!?」
「あっ、ご、ごめん!」
「い、いえ。……あの、もしかして私、何か変なことを言いませんでしたか?」
慌てて司がアリーを放して謝ると、アリーはどこかオドオドした様子でそんなことを聞いてきた。
「覚えてないのかい?」
猛が問うと、アリーは申し訳なさそうに頷いた。
「強い運命を持つ人が近くにいるとたまにこうなるみたいで……。ごめんなさい司、私、きっと酷いことを……」
「違う、悪いのは俺だ! アイツの影が見えるとすぐカッとなっちまう。……悪い癖だ」
普段は極力見せないように心掛けてはいるが、彼は心の奥底に昏い過去と憎しみの感情を常に抱えている。
自分の未熟を突きつけられ、司が苦々しい顔で奥歯を噛みしめた。
「事情は分からないけど、こうして知り合えたのも何かの縁だ。僕にできることがあれば遠慮せず相談してくれ」
「私もお手伝いできることがあるならなんでもやりますわ! 友達ですもの!」
「……ありがとう。二人が味方してくれるなら万人力だな!」
猛とアリーの優しさを無下にはすまいと、司は努めて明るく返した。
運命の女神様と皇太子殿下が味方になってくれたのだ。これで討ち破れない運命などそうそうないだろう。
「やっぱり、司は笑っていた方が素敵ですわよ。風花もなんだかんだ無視せずに取り合ってくれているのは、そんな司だからだと思いますわ」
「だといいけどな」
「大丈夫ですわ。だってあなたたち、誰よりも太い糸で繋がってますもの。脈が無いなんてありえませんわ! だから安心してどんどんアプローチなさいな」
「そっか……! ありがとう、元気出た」
「運命の女神のお墨付きというわけかい。ならもしかしたら将来は義理の弟になるかもしれないわけだね。そういうことなら僕も微力ながら応援しよう」
「先輩……! ありがとうございますっ!」
知らない間にどんどん外堀が埋まりつつあるとは露知らず、風花が目を覚ますのはもう少し後のことである。
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