第5話 天道猛

 天原学園の午後はまるごと実技授業の時間になっている。

 こちらは午前と違い各学年のクラスごとに分かれて行われ、指導は各クラス担任が行う。

 Sクラスだけは人数が少ない関係で全学年合同での授業となる。


 ジャージに着替え校舎裏の屋外訓練場に集まったSクラスの生徒たちの前に、同じくジャージ姿の学園長が立ち授業の説明に入った。


「今日はくじ引きで対戦相手を決めて模擬戦闘を行う。新顔の実力を知るいい機会だ。級友の戦いぶりをよく見て学ぶように」


 それからくじ引きで模擬戦の順番と相手を決めた。

 司の順番は一番最初。相手は高等部三年、生徒会長の天道てんどうたける

 身長は一九〇センチ近くあり艶のある黒髪を短く整えたハンサムな青年だ。


「僕の相手は新入生君か。よろしく!」


「こちらこそ皇太子殿下のお相手を仕れるとは光栄の至りです」


「ははは、堅苦しいのはよしてくれ。あくまで一学生として、先輩後輩の気楽な関係でいこうじゃないか」


「わかりました。よろしくお願いします、先輩!」


 爽やかスマイルと共に差し出された手を司が力強く握り返す。


 天道家は天照の真神人まがみとから連なる御三家の一角。

 御三家の中でも最も古く尊い天帝の一族であり、現代においても国民の畏敬を集め国の政治にも深く関わっている。


 だが猛はそんな貴家の血筋をちっとも鼻にかけた様子もなく、人当たりも柔和で実に気持ちのいい好青年だった。

 それでいて皇族に相応しい風格を嫌味なく備えているのだから、まさに完全無欠である。


「さあ、いきなりSクラスに転入してきた話題の新入生の実力、お手並み拝見といこうか!」


 猛の両手に鏡のように磨き抜かれた丸盾と光り輝く直剣が現れ、身体の周りを翡翠の勾玉が衛星のように周遊する。


 神器は基本的に一人につき一種類しか発現しない。

 稀に二刀流や二丁拳銃などを発現させる者もいるが、それらも剣や銃というカテゴリで数えれば一種類だ。


 だが皇族の中には稀にまったく別の形質・性質を持つ三つの神器を発現させる者がいる。

 それこそが皇族を皇族たらしめる天帝の証。

 いついかなる時代においても必ず同じ形状、同じ能力で皇族の直系にのみ発現する三種の神器。


 天叢雲剣あめのむらくものつるぎ


 八尺瓊勾玉やさかにのまがたま


 八咫鏡やたのかがみ


 漆黒の怪人と神話の宝具を携えた皇子が互いに気配を探り合いながらジリジリと睨み合う。


「そいつが三種の神器ですか」


「君も中々個性的な神器だね」


「はっはっは、変身ヒーローみたいでカッコイイでしょ」


「こう言っては失礼だが、怪人ヴィランにしか見えないね」


「それをいっちゃお終いですよっ!」


 先に動いたのは司だった。

 縮地を使い一気に猛へ肉薄した司のボディーブローが盾を掻い潜り叩き込まれ────



「うん、はやいね。けど僕の守りを崩すほどじゃない」



 ────ようとしたその直前、猛の姿がブレて半歩下がった位置に現れた。

 そのまま司の拳は盾でガードされ、倍の力で跳ね返ってきた衝撃に司の身体が空中へ大きく吹き飛ばされる。


 八尺瓊勾玉。その力は持ち主の気配と姿を敵から隠し、正しい位置を誤認させる魔除けの力。

 そして八咫鏡はあらゆる災いを倍にして跳ね返す守りの力。


「天地剛断! 天叢雲剣!」


 空中で身動きが取れない司を狙い、猛が光り輝く剣を振り降ろす。

 刹那、天地を斬り裂く光の壁が降り注ぎ、地面に深い爪痕を刻み込む。


 天叢雲剣は帝の武力の象徴にして野火の難を祓ったとも伝わる追儺の神剣。

 その力は距離を無視した必中攻撃。


「が……っ!?」


 光の壁に激しく打ち下ろされた司が地面にめり込み、鎧の表面に亀裂が走った。

 司がどうにか立ち上がろうともがくも、鎧の亀裂から神気が血のように漏れ出し身体から急速に力が抜けていく。


「……ここまでのようだな。勝者、天道!」


 学園長がジャッジを下す。

 一撃で神気を削り切られてのKO負け。圧倒的な地力の差で押し切られてしまった。


「硬いね。一撃で鎧を引き剥がすつもりだったのに。……ぐっ!?」


 と、急に猛の身体から力が抜けて、ふらりとよろけた。

 肉体のダメージが神気の消費に置き換わったことによる精神疲労だ。


「まさか盾でガードした時……!? だが、どうやって」


「とっさの思いつきでしたけど、うまくいったみたいですね」


 八咫鏡が跳ね返すのは自らに降りかかる災いだけ。

 ならば害にならない『ただの神気』なら反射の盾をすり抜けられるのではないかと司は仮説を立てた。

 それさえできれば後は相手の体内に送り込んだ神気で攻撃すればいい。

 そういった搦め手は阿部流の得意とするところだ。


「なるほど、暗勁あんけいの応用技か。盲点だったよ。ありがとう、いい試合だった」


「こちらこそ。自分の未熟を思い知らされました」


 猛に引っ張り起こされ、分け与えられた神気で司がどうにか自力で立ち上がる。

 肩を貸してもらい二人でベンチに戻るとアリーが興奮した様子で出迎えた。


「ナイスファイトでしたわよ司!」


「アレクシア嬢は一昨年の建国祝賀パーティーの時以来だね。元気そうでなによりだよ」


「殿下もますますご壮健で何よりですわ。学園にいる間は王族ではなく後輩としてお世話になります」


「こちらこそよろしく頼むよ。同じクラスともなればいずれ手合わせする機会もあるだろう。その時はお互い本気でやろう」


「ええ是非!」


 などとアリーが自前の社交力を発揮している間にも、学園長の式神が傷ついた演習場を元通りに整え、次の試合へ。


「では次、雨水うすい風花ふうか雨水うすい睡蓮すいれん、両者前へ!」


 学園長に名を呼ばれ、風花と、その姉の睡蓮が訓練場の中央に進み出て向かい合う。


 姉の睡蓮は妹に負けず劣らずの美人で、濡れ羽色の髪を膝の裏まで伸ばしていた。

 まるで人形のように無表情で、その身に纏う雰囲気は抜き身の刀のように鋭い。


「姉妹対決か」


「姉の方はこの学園の中でも群を抜いて強いぞ。すでに実戦授業でA級を単独で祓った実績もある」


 学園長の言葉に司が「へぇ」と口角を吊り上げる。

 早く手合わせしたくて仕方ない。そんな顔だった。


 禍ッ神の等級はその被害規模によりCからSまでの四段階に振り分けられている。


 分かりやすい例えとして禍ッ神の等級はよく地震の震度と比較されるが、A級ともなれば震度七の地震と同程度の災禍をもたらす大災厄だ。

 それを単独で祓ったとなれば神代かむしろの等級にすればS級は確実だろう。


 なお、神代の等級基準はS級ならA級の禍ッ神を単独で祓える戦闘力が要求される。


「Sクラス入りおめでとう、風花」


「心にもないことを。貴様の顔を見ているだけで吐き気がする!」


 風花の瞳に殺意の光が宿り、神気の高まりと共に場の空気がピリピリと張り詰めていく。


「……昔みたく姉さんとはもう呼んでくれないのね」


「黙れッ!」


 刹那、二対の小太刀を両手に構えた風花が一瞬の内に睡蓮の懐に潜り込み、


風牙双刃ふうがそうじん!」


 刹那、風を纏った二刀の小太刀が閃き、特大の斬撃波が吹き荒れた!

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