第4話 Sクラス

 司とアリーを連れ転移の術でSクラスの教室前へと移動した学園長が改めて二人に向き直る。


「さて、改めて自己紹介だ。私は小野塚おのづか頼火らいか。Sクラスの担任もやっているから、今後も顔を合わせる機会は多いだろう」


「学園長がクラス担任も兼任していらっしゃるのですか? やはりどの国でも教師は不足しているようですわね」


「嘆かわしいことにな。まあ数こそギリギリだが、どの先生も実力は確かだ。それにSクラスともなると人数も少ないしお前たちを含めても全部で一〇人しかいないからな」


 アリーの言う通り経験豊富な強い神代はどこへ行っても引っ張りだこで、国の要職に就いている者も多いため、後進の育成ができるほどのベテランで暇な者というのは意外にも少ない。


 と、それはさておき。

 教室の戸を開けた学園長に続き二人が教室に入る。

 教室は畳張りのお座敷になっており並べられた長机の後ろに生徒たちが座っていた。

 上は上級生から下は一〇歳くらいまで。あらゆる学年の特待生のみが集められた特別クラスらしい光景だ。


 司が教室を見渡すと風花と目が合った。

 すぐに目を逸らされてしまったが、どうやら彼女もSクラスだったらしい。


「今更私の挨拶など聞き飽きただろうから、早速新入生と留学生を紹介するぞ。夜堂司とアレクシア・ペルセキスだ」


「よろしくお願いします!」


「ご紹介に預かりましたアレクシア・ペルセキスと申します。どうか皆様、仲良くしてくださいませ」


 司は元気よく、アリーは折り目正しく優雅に挨拶すると生徒たちからパラパラと拍手を送る。


「二人とも好きな場所に座るといい」


 そんな生徒たちの様子を眺めて苦笑しつつ学園長が二人に着席を促す。

 司は嫌そうな顔をする風花の隣に強引に座り、アリーは司の隣にちょこんと座った。両手に花である。


「さてお前たちも知っている通り、昨今禍ッ神の活動が世界的に活発化してきている。Sクラスの学生は実地教育として禍ッ神の討伐もあるので十分に注意するように」


 学園長が生徒たちに注意を促すと、見計らったようなタイミングでチャイムが鳴った。


「私からは以上だ。各々勉学修練に励み精進しなさい。お前たちの一年が実り多いものであることを祈る」



 ☆



「いやぁ、初日から中々濃ゆい授業だったな」


 昼休み。

 午前の座学を終えた司が固まった身体をグッと伸ばしてホッと一息ついた。

 座学は学年ごとに別れ、大講堂を使い全クラス合同で受講する。

 国語や数学などの基礎五科目は勿論のこと、神術の理論や各地の神話なども座学のカリキュラムに含まれているため授業内容は相応に濃密だった。


「ふん、いつまでそのやる気が続くかな」


 と、嫌味っぽく鼻を鳴らすのは、どこに座っても必ず司が隣に座ってきて結局逃げられなかった風花である。


「死んでも噛り付いていくさ。それよりデートがてら学校の施設案内してくれないか」


「デート言うな! 大体なんで私が!」


「私からもお願いしてよろしくて? 昨日この島に着いたばかりで右も左も分かりませんの。せっかくですし三人で友好を深めようではありませんか」


「む、むぅ……」


 などと留学生のアリーからもお願いされては、流石に断りづらい。

 座学の間も見知らぬ土地で一人でいるのは不安だったのか、ずっと司の横にくっついてきたため、その場の流れですでにお互い簡単な自己紹介は済ませている。


「ま、まあ、アレクシア姫殿下は仕方ないよな。うん」


「同級生なのですから、どうかアリーと呼んでくださいまし」


 紫水晶のように輝く瞳が、風花の黒曜石の瞳をじっと見つめる。

 同性でも思わず息を呑むほどの美しさに風花は一瞬見惚れてしまい、すぐに我に返って照れたように目を逸らす。


「うっ……。ア、アリー」


「はい、アリーですわ! うふふ、改めてよろしくお願いしますわね、風花」


 照れる風花の手を握りアリーはニコニコ微笑んだ。



 と、そんなわけで風花の案内でひとまず学食へ行くことになったのだが……。



「おい貴様!」


 学食へと赴いた司にかけられた第一声は、お世辞にも友好的とは言い難いものだった。


「なんか用か?」


 自らを呼ぶ声に司が振り返れば、そこにいたのはデブとノッポの取り巻き二人を連れた、いかにも生意気そうな顔のチビ助だった。


 一〇歳くらいだろうか。髪をアンテナのように立てて少しでも自分を大きく見せようとしている辺りが実に微笑ましい。

 よくよく見れば三人ともSクラスの生徒だった。


「口の聞き方に気をつけろ。俺様のことは三神様と呼べ」


「三神……ああ、三神財閥のお坊っちゃまか」


 三神財閥。

 商売の神、宇迦之御魂うかのみたま真神人まがみとを祖とする大和の大財閥である。

 食料品から軍事産業まで幅広く手掛けており、この学園にも毎年多額の寄付を行っている。


「誰がお坊っちゃまだ! バカにしてるのか!?」


「そんな乱暴な言葉遣いではお友達に嫌われてしまいますわよ。めっ! ですわ」


 アリーがしゃがんで坊ちゃんと視線を合わせ頭を撫でると、坊ちゃんの顔が真っ赤に染まる。


「こ、子ども扱いするな! 貴様、そこは俺様の席だぞ! どけよ!」


 窓際の展望席。

 誰も座っていないようなのでこれ幸いと座っていたが、どうやら暗黙の了解というものがあったようだ。


「はっはっは、嫌だね。俺たちが先に座ったんだ。どうしてもどいて欲しいなら坊っちゃんらしく札束で引っぱたいてみたらどうだ。百万円で譲ってやるぞ」


「たかが席一つ譲るのにどんだけぼったくる気だ貴様!?」


「ほら、ここだ、ここ。ここにぺちーんとくれ!」


「ええいやめろやめろ! 右の頬を差し出すなみっともない! お前ら、コイツにこの学園のルールを教えてやれ!」


 三神坊ちゃんがアゴをしゃくると後ろで控えていたデブとノッポが拳をポキポキ鳴らして前に出てくる。

 高等部の制服を着た二人はどちらも背が大きく、デブですら一八〇センチ以上はあり、ノッポに至っては二メートル近くありそうだった。


「だ、そうだ。学園のことで何か分からないことがあったら何でも聞いてくれ」


 と、デブが拳をポキポキ鳴らしてニヒルに笑い、


「ヒャハハハ! 坊っちゃまは新学期で新しいご学友ができるか不安になられておいでだぜェ! 仲良くしてやってくれよなァ!」


 ノッポが手の中に顕現させたナイフ型の神器をべろりと舐めて狂った笑みを浮かべる。

 どう見ても三下のチンピラなのに、意外とフレンドリーなデブとノッポに司は思わずズッコケそうになった。

 というかSクラスにいる時点で彼らもかなりの実力者であることは間違いない。


「なんだお前ら、面白い奴らだな」


「分かってるじゃねぇか新入生。坊っちゃんはちょっと我儘で口が悪いだけでホントは優しい子なんだぜ」


「ヒヒヒッ、今年からSクラス入りなされて舐められないように背伸びしてるだけだから、どうか温かく見守ってやってくれや」


 デブとノッポが司の肩に手を置いてニッコリ微笑み、そのままくるりと坊ちゃんの方へ向き直る。

 やはりただの面白トリオだったらしい。


「おいお前ら何をしている!? 早くそいつをどかせ!」


「喧嘩腰で話しかけるのは良くないですぜ坊っちゃん」


「ケヒヒ! 争いは何も生みゃしませんぜェ坊っちゃん」


「だから坊っちゃん言うなつってんだろバカどもがっ! 脳みそ詰まってんのか!」


 手下に裏切られて地団駄を踏む三神坊っちゃん。

 どう見てもコントである。


「まぁまぁ、せっかく同じクラスなんだ。仲良くしようじゃないか。お前、名前は?」


「くっ。……三神三日月だ」


 にこにこと腰を屈めて手を差し出した司に、少しばつが悪そうに顔を逸らして三日月坊ちゃんが小声で名乗る。


「おれは防人さきもり茂利雄もりお。先祖代々三神家の専属護衛をやってる」


「ヒャハハ! 右に同じく、オレっちは久留井くるい来人くるひとだ。ヨロシク!」


「モリモリとクルクルとミカミカ坊ちゃんだな。俺のことは司でいいぞ」


「変なあだ名付けるな!」


 司に変なあだ名をつけられてぷんすかと腕を振り回すミカミカ坊っちゃん。

 デブのモリモリにノッポのクルクル、チビ助のミカミカ坊ちゃん。実にバランスのいい三人組である。


「うふふ、可愛いですわ。私とも仲良くしてくださいまし」


「あっコラ! 抱きつくな! やめ、やめろーっ!」


 ニコニコと微笑んでアリーが坊ちゃんの後ろから抱きつく。

 年上の綺麗なお姉さんに可愛がられて坊ちゃんの顔がみるみる赤く茹で上がっていく。


「おっと、そこまでだ。これ以上は坊ちゃんが泣いちまう」


「ぐすん……。泣いてないもん」


 と、ここで見かねた茂利雄がストップをかけ、坊ちゃんがそそくさと茂利雄の大きな身体の後ろに隠れた。


「せっかくだしみんなで食おうぜェ。ほら、坊ちゃんも今日はスペシャルお子様ランチにハンバーグもトッピングしていいですから機嫌直してくだせェ」


「えっいいの!? やったー!」


 ぱぁっと分かりやすく顔をほころばせて茂利雄の後ろからひょっこり顔を出す坊ちゃん。

 生意気ではあるが、ハンバーグ一つでご機嫌になってしまうところはまだまだお子様らしい。


「って訳で、おれたちも相席させてもらってもいいか?」


「もちろん!」


「うふふ、やっぱり司についてきて正解でしたわね。初日からお友達がたくさんできましたわ。ね? 風花」


「うぇっ!? わ、私もか!?」


 ニコニコと肩に寄り添ってきたアリーに素っ頓狂な声を上げる風花。

 風花は学園に入学してこの方、修業にばかり明け暮れていたせいで友達が一人もいないボッチだった。


「はっはっは、何言ってるんだ風花。俺たちはもうそれ以上の仲じゃないか」


 風花の肩に手を回して含みのある言い方をする司。

 どうやら外堀から埋めていくことにしたらしい。


「語弊のある言い方をするな! ええいやめろくっついてくるな馴れ馴れしい!」


「まぁ、やっぱり! とても強い糸で繋がっているから気になっていましたのよ。二人の馴れ初めとっても気になりますわ! 詳しく聞かせてくださいまし! さぁさぁさぁ!」


「いや、あの、ほんとそういうのじゃなくって!? アリーが言うと割と洒落にならないからやめてくれ!」


 恋バナの気配に目を輝かせた運命の女神様が風花にグイグイ迫る。

 これには風花もたじたじである。


「へぇ、あの修羅姫様がねぇ。やるじゃん新入生」


「ヒヒヒッ、とんだ大スクープだぜェ。新聞部にケツ追っかけられねェように気をつけな」


 進級組の茂利雄と来人が意外そうな顔をして、ニタニタと下世話な笑みを浮かべる。


 修行にばかり明け暮れ誰にも心を開こうとせず上級生相手に決闘試合を繰り返してより上位のクラスへ移籍し続けてきた風花は、「修羅姫」の通り名で知られるちょっとした有名人だった。


「お前ら! こんなところでエッチな話しちゃいけないんだぞ!」


「してない! お子様は分からないなら黙ってろ!」


「してるだろ! あと子ども扱いするな!」


 微妙に恥ずかしい話題に耐えきれず坊ちゃんが騒ぎ出す。

 一〇歳にとって恋愛話はすごくエッチな話題だった。お育ちのよろしいことである。


 そんなこんなで、新学期初日の昼休みは風花の必死な弁明と共に騒がしくも過ぎていくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る