第3話 クラス分け試験

 天原学園の入学式は他の教育機関と比べて簡素なものだった。


 高等部ともなれば進級生が殆どであり外部からの転入生が入ることは稀であるため、入学式とは名ばかりでその実態は始業式の色合いが強い。


「これにて入学式は終了となります。進級生の皆さんは表に張り出された表に従い各教室へ移動してください。転入生はクラス分け試験がありますのでそのままでお願いします」


 進級生たちが講堂からいなくなり、その場に司と金髪の女学生の二人だけが残った。


 金髪の少女は海外からの留学生だろうか。

 金糸のように煌めく髪を細いリボンで結んでツインテールにしており、長いまつ毛に縁どられた大きな瞳は紫水晶の煌めきを湛えている。

 巫女装束風の女子制服を見事に着こなす立ち姿には育ちの良さから来る気品が滲み出ていた。


「さて、二人とも天原学園へようこそ。今年は初等部のチビ共が予想外に多くてな。寮では狭い思いをさせてしまいすまない」


 と、壇上に上がった学園長が咳払いして二人の顔を見渡して言った。


「いいえ、むしろ初めての体験ばかりでワクワクしてますのよ。それで、試験の内容は?」


 金髪の留学生が流暢な日本語でニコニコとそう返す。


「すでに学科試験は島に来る前に受けてもらったと思うが、今日行うのは実力試験だ。早速試験会場へ移動する、二人ともこちらへ」


 学園長に手招きされ壇上へ上がり、差し出された手を握り返すと景色が一瞬で切り替わり、冷たい風が頬を撫でる。


「おぉ、これは絶景」


 手で日差しを作り司が周囲を見渡せば、遥か高みから見下ろす太平洋の青がどこまでも広がっていた。


 天原島にそびえし霊峰『炎結嶽ほむすびたけ』。

 現在は死火山となっているその山頂を均した舞台の上に三人はいた。


「お前たちにはここで私の式神と戦ってもらう。各々の実力に合わせて強さが変化するから油断しないように」


 学園長が指を軽やかに鳴らすと、舞台の中央で真っ黒な人型が『ぞるり』と起き上がる。


「私から挑戦してもよろしくて?」


「どうぞどうぞ」


 金髪少女に先手を譲り、司は学園長の横に立った。

 留学生のお手並み拝見といこうではないか。



 天原学園は海外との交換留学を強く推奨している。

 異なる文化圏で学ばせることにより学生の更なる成長を促すと共に、いずれは国の要職に就く神代たちを学生の内から交流させることで国家間の結束を深める狙いもある。


 ちなみに学園が九月から始まるのも西洋圏の学校が九月開校であることが殆どのため、それに合わせてだったりする。閑話休題それはさておき



 金髪少女が前に出ると、黒い人型は『ぞるん』と形を変え、少女の五倍近い九頭竜ヒドラになった。


「では、始めッ!」


 学園長の合図と同時、九頭竜のあぎとが大きく開かれ、巨体に見合わぬ疾さで無数の牙が風を切り少女に迫る。


「迂闊に近づいてくるなんて、少々おつむが足りていないのではなくって?」


 龍の咢が少女の柔肌を噛み割こうとした、その直前。

 まるで見えない腕に掴まれたかのように九頭龍はピタリと動きを止めた。


 よくよく目を凝らして見れば、少女の指先から何か細いものが伸びており、それが龍の身体に絡まって動きを封じているようだった。


「……糸?」


「彼女はペルシア王家第一王女にして運命の女神クロトの転生体。世界で唯一、糸の神器を発現した真神人まがみと……あちらではTheósvasiliásだったか」


 少女が嫋やかな手をゆっくり握りしめると、糸がギリギリと音を立て引き絞られていく。


「アレクシア・ペルサキスですわ。以後お見知りおきを」


 アレクシアが握りしめた糸の束を引き絞り、司たちの方へ振り返って優雅に一礼する。

 一拍遅れて細切れにされた九頭竜の破片が彼女の背後で黒い飛沫しぶきを上げて爆散した。


「ふむ、戦闘能力も申し分ない。文句なしのSクラスだな」


「ふふっ、ありがとうございます」


 学園長が指を鳴らすと、黒い人型が再びぬるりと起き上がる。


「次は俺の番だな」


 司が前に出ると、人型は大きさはそのままに鬼の姿へと変わった。

 大きさこそ先程の九頭龍よりも小さいが、纏う気配の不吉さは九頭龍以上のものがある。


 ────司と鬼が睨み合う。


 僅かにでも動けば肌が裂けそうなほど張り詰めた空気に、アレクシアがゴクリと喉を鳴らす。


「始めッ!」


 刹那、鬼の拳が司の顔面を殴り抜き、噴火のような衝撃波が山頂を揺るがした。


「いきなり顔面とはご挨拶だなっ!」


 間一髪、全身に黒い甲殻を纏い、鬼の拳をてのひらで受け止めた司が反撃の拳を叩き返す。


 再び山を揺るがす衝撃波が駆け抜ける。

 司の拳を額で受け止めた鬼が「その程度か」とでも言いたげにニヤリと牙を剥いて嗤う。

 両者必殺の間合い。鬼と怪人、音を置き去りにした神速の殴り合いが始まった。


「まるで鏡合わせですわね。実力も均等みたいですし、これでは永遠に勝負がつかないのではなくって?」


「そうでもないさ」


 どこか感心した様子の学園長にアレクシアが首をかしげた────次の瞬間。

 鬼の足元に五行図が浮かび上がり、金縛りにあったかのように鬼がピタリと動きを止めた。


「あれは魔法陣!? 見たことのない形ですわね。でも、あんなものいつの間に……」


「我が国には祓闘術はらえとうじゅつと呼ばれる対禍ッ神用の武術がある。あれは阿部流あべのりゅうという流派だな。その神髄は足捌きや呼吸、相手の動きにすら意味を持たせ一つの術式とし、場の流れ全体を支配するところにある」


「ただ殴り合っていただけではなかったのですね」


「ああ、かなりの練度だ。相当な使い手だぞ、あれは」


 動きを止めた鬼を前に司が両手で印を組む。

 すると足元の五行図がぐにゃりと形を変え、鬼の足を這い上がり蛇のように全身を縛り上げる。


「滅ッ!」


 直後、鬼の全身から青白い炎が燃え上がり真っ白な灰となって風に流され消えていった。戦闘終了である。


「さて、判定は?」


 元の姿に戻った司が期待を込めた視線を学園長に向ける。


「うむ、これならSクラスでも通用するだろう。学生ながら大人顔負けの実力者たちだけが集うクラスだ。励めよ」


「望むところです」


 期待通りの結果にガッツポーズして、司は満足げに笑みを深めた。


 この学園に来たのは己の復讐を果たすため。

 無茶な計画のために無理を通してくれた叔父に報いるため、そしてなにより己の目的を果たすためにも、より良い環境で力を高めるのは司の望むところだった。


 自分の心に正直であれ。

 師であり実の叔父でもある人からの教えを胸に、司は湧き上がる熱い思いを握りしめた。


「そんな訳で同じクラスになった夜堂司だ。よろしく!」


「こちらこそですわ。私のことはアリーでよろしくてよ」


 司が差し出した手をアレクシア、改めアリーが笑顔で握り返す。

 早くも新たな友人を得て、司はこの学園での生活が充実したものになるであろうことを確信するのだった。

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