下 シャルロット



 そのあと、まったく心休まらない雑談を経た結果、二人にこの辺りのおとぎ話について話す事になった。


「その話なら、こっちの国でも聞いてるぜ。へぇ、ここが地元だったのかよ」


 主に興味を持ったのは傲岸不遜王子だったが。


 彼は、自分の国で広まっている一般的なおとぎ話に興味があるようだ。


「もっと聞かせろよ」と詳しく聞きたがったので、細かい部分を話してあげた。


「という事なのです」

「へぇ、面白れェ。なァ? 今暇だろ? その場所、案内してくれよ」

「いえ、そういうわけには」

「あ? なんでだよ。ちょっとくらいいいだろ? せっかく来たんだからよォ」


 見かねたフィデル王子が制止しようとしてくれたものの、何が彼を突き動かしているのか傲岸不遜王子はまったく引かなかった。


 それで仕方なく「少しだけですわ」と言って、フィディル王子とシャルロットと共に、裏庭から続く森を探検することになった。


 昔この森は、この辺りに小さな村があった頃、豊かな実りを提供してくれたらしい。


 作物の生育不良や虫害の影響で食べる物がなくなってしまった時代も、おおいに村人たちを助けてくれたとか。


 その恩を忘れないために私の家が人々を代表して保存し、定期的に手入れをしているのだ(でも、奥には狂暴な獣がいるため、子供だけで入るのはおすすめできない)。

 

 この森に関する話は有名なおとぎ話となって広まっていた。


 さまざまな派生系があって、女神がいるとか神狼がいるとかいう話もある。


「これが噂に聞く森かよ。おとぎ話ができるくらいなのに、普通じゃねェか」


 森を歩いて、少しだけがっかりした様子のシャルロット。


 その声を聞いて、私はゲームのシナリオを思い出した。


 それは、ヒロインに向けてシャルロットが言ったセリフだったのだ。


 という事は、本来は彼等と共に森に向かうのは、ヒロインだったのでは?


 そう考えると、イモ蔓式に今まで思い出せなかった記憶が掘り起こされてきた。


 数日前のパーティーに出た日、彼等二人の攻略対象と出会うのは、ヒロインのはずだった。


 そこでフィディル王子とシャルロットと仲良くなった彼女は、この森を訪れて、そこで悪役令嬢とも知り合う事になるという。


 それが原作の流れだったのだ。


 私は、額に手を当てた。


 今の自分の立ち位置はまぎれもないヒロインのもの。


 自分がヒロインの役をこなす事になるなどとは思わなかった。


 幸運だと思うよりは、戸惑いの方が大きい。


 周りの貴族令嬢に屈しまいと思い、顔をあげて生きてきたつもりでいたが、大多数の運命を変えるような役柄をこなせと言われて気にしないほど、こちらの心臓は強くできてはいない。


 私のせいで、多数の攻略対象達の人生がめちゃくちゃになったりしないだろうか。


「どうしたのですか? リリヤ様」

「いいえ、何でも」


 異変を察知したフィディル王子に尋ねられたものの、私は即答。


 これまで鍛えられてきた精神は、うっかり弱音を吐いてしまうようなものではなかったらしい。

 すぐに取り繕ってしまう。


 そうでなくても、こちらを心配そうに見つめるフィディル王子に、本当のことを言えるはずもない。私は曖昧に言葉を濁すしかなかっただろう。


 そうこうしている間に、離れた場所に行ってしまったシャルロットが「遅ぇぞ!」と声をかけてきた。


 その様子、すでに気安い。


 ゲーム内では、幼少時代から付き合いのある幼馴染三人として、彼等とヒロインの名前があがっていたから、こうして仲良くなっていったのだろうと納得した。


 フィディル王子は大人だし、シャルロットは細かい事は気にしないから、ヒロインの行動次第ではうまく歯車がかみ合うのかもしれない。








 森の中を探索すること、数分経過。


 だんだんと雲行きが怪しくなってきた。


 あちこちから、何かの目線を感じてならない。


 肌を刺すような視線を、定期的に感じるのだ。


 ずいぶんと奥地に進んでしまった。まずいかもしれない。


 日ごろ絶えず人にかこまれて過ごしているフィディル王子もシャルロット王子も、護衛を連れずにこの森へ来ている。

 私も迂闊な事に、この身一つだ。


 シャルロットがぐいぐいした態度で引っ張ってきたといっても、痛恨のミスを犯したとしか言わざるを得ない。


「すぐに屋敷に戻りましょう。長々とここにいては危ないかもしれません」

「賛成です。さきほど、周囲の木に獣の爪痕らしきものが見えたので、ここは獣の通り道なのかもしれませんね」


 フィディル王子はさすがの観察力で、周囲を見ていたらしい。


 もうちょっと早く教えてほしかったが、そうしなかったのはシャルロットが楽しそうにしていたからだろう。


 フィディル王子も、大人のいない時間をのんびり過ごすのは貴重だったらしい。時折り年相応な面をみせていたから油断していたのかもしれない。


「あ? もう終わりかよ。なんだよ、つまんねーなァ」

「仕方ありません。ここで獣に襲われて、太刀打ちできるんですか?」

「できるに決まってんだろ、俺んとこの国では獣も人間も想定して、護身術ならわされてんだからよォ」

「なら、彼女が襲われても、そう言えますか?」


 フィディル王子はこちらを窺ってシャルロットに言い放つ。

 それを受けてシャルロットは「チッ」と黙り込んでしまった。

 彼はそこまで傲岸不遜ではなかったらしい。


 不満そうにしながらも、来た道を戻っていく。


「気が変わった。腹ァ減ったんだよ、屋敷に戻んぞ」


 素直じゃないが、ここで我儘を言われるよりましだ。


 フィディル王子と顔を見合って、やれやれと肩をすくめる。







 しかし、数分かけて来た道を戻った時、今まで隠れていたであろう獣がこちらに襲い掛かってきた。


「危ねェ、よけろ!」


 シャルロットに押し倒された私。

 自分達の上を何かが飛び越えていくのが分かった。


 獣の匂いと、荒い息遣い。


 身を起こす前に、危機的状況に置かれているのだと判断できた。


 フィディル王子は何かを投げたようだ。


 ゴツンという鈍い音がする。


 そして、「走ってください!」という警告。


 わざわざ問いかえすような愚は冒さなかった。


 私達は一目散にその場から離れる。


 森の外を目指して。


 しかし、あともう少しという所で、木の根に躓いてしまった。


「きゃっ!」


 その場に倒れた私に、背後から獣が走り寄ってくる。


「させっかァ!」


 シャルロットがその獣に体当たりしたので、何とかなったが、すぐにまた体勢を整えて襲い掛かってくるだろう。


「大丈夫ですか。足は!?」


 フィディル王子が差し出した手を掴んで、そのまま彼に引っ張られるようにして走った。


 乙女ゲームの中にもこんな風に獣に襲われるシーンがあった。細かい部分は違うものの、おおよその流れはゲームのストーリーのままだ。


 ゲームで見ている時はのんびり楽しんでいられたが、実際に襲われるとなると恐怖心の方が何百倍も大きい。


 攻略対処とのイベントにドキドキなんてしてる暇なんてなかった。


 そのまま森の外まで死ぬ気で走った私達は、なんとか脱出する事ができた。


 獣が追ってくる事はない。


 テリトリーから出た私達を、苦労してまで追いかける必要はないと判断したのだろう。


 護衛の人達が迎えに来てもいいはずだが、屋敷に帰るまで誰も私達のことに気が付いていなかった。


 ここら辺の事情は、乙女ゲーム本編で起こる王子暗殺の陰謀ストーリーに関わってくる事なのだが、はたしてそれをどう扱っていいものやら。


 下手に指摘して運命が変わってしまった結果、逆に悲惨な事になってしまったら目も当てられないだろうし。


 ついこの間まで、ご令嬢達の間で最下層に近い格付けをされていた私が、何らかの行動をして、この状況を良い方向に変えられるかと言われると、自信がない。


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