中 乙女ゲーム





 意識を落とした私は、蘇る前世の記憶の中を漂いながら、衝撃の事実を知る。

 この世界は、乙女ゲームの世界。

 自分が前世でやっていたゲームの世界だった。

 そんな場所に私は転生したのだ。


 立場は悪役令嬢。


 ヒロインでもモブでもなく、登場人物達の敵である悪だ。


 今までは普通に生きてきたが、攫われた時の精神的衝撃で、記憶が蘇ったのかもしれない。


 フィディル王子と、意識を失う前に出会った少年は、攻略対象だった。


 ゲーム内の攻略対象の数は他の乙女ゲームより多めなのが、それにしたってまさか一日の間に二人連続で出会ってしまうとは思わなかった。


 しかし、人生の中で驚く事は色々あったのに、どうしてこんなタイミングで記憶を思い出したのだろうか。分からない。






 豪華な内装の部屋に、豪華な食事。


 豪華な服。


 自国の者ではない人間に、よくそれだけ丁重にもてなせるものだ。


 目を覚ました私はすぐに、そこが「自分の知らない部屋」である事を理解し、嘆息した。


 どうやら私は、意識を落とす前に出会った少年「隣国の傲岸不遜王子」に攫われてしまったようだ。


 部屋の中をしげしげと眺めまわしていると、足音が聞こえる。


 そして、その音の主はノックもなしに、扉を開けてきた。


「よォ、元気かお嬢サマ。もうお前は、俺の嫁になったから、今日から教育係が来るぜ」

「おっしゃられた言葉の意味が分かりませんわ」


 この傲岸不遜王子は、自分が言った事は、何でも自分の思い通りになると思っているのだろう。


 ゲームの本編開始時期は多少マシになっているが、これはない。


「私、帰らせてもらいます。さようなら」

「待て待て待て、ここにはお前の欲しい物が全部ある。田舎に帰るよりはよっぽどマシだろォがよ」

「いいえ、ないですわね」

「あん?」


 私は、自分の動作を見せつけるように、ゆっくりと首をめぐらせて、部屋の中を見回した。


 やはり、ここにはない。


 私の欲しい物は、一つたりとも。


 未知の場所に放り込まれた恐怖を抑えて述べる。


「私が欲しいものは、人から与えられたものなどではありません。自分でつかんだものが良いのですから。素敵な物も、キラキラしたものも、高価な物も正直好きですけれど、これは違う。自分でつかんだものでなければ意味がありませんの」


 そう言ってやると、傲岸不遜王子は、「はぁ?」みたいな顔をして、まじまじと私の顔を見つめてきた。


「お前、かわってんなァ」

「よく言われますわ。だから(自称)高貴な方々に可愛らしい嫌がらせをされるんですけれど」

「はっ、あれを可愛いって言うかよ。ますます気に入った!」

「ありがとうございます。嬉しくありません」

「俺の周りにはいないタイプだよなァ。どうすればお前を手に入れられるんだか、さっぱり分かんねェ」


 首をかしげて不可解そうにしている傲岸不遜王子。


 その様は演技ではなさそうだ。


 本気で分からないのだろう。


「好感度を上げたかったら、まず家に帰してほしいですわね。それで+1点あげますわ。お友達から仲良くなってください」

「ん? それやったら、俺を好きになるのか。良いぜ」


 いいらしい。


 もしや。

 この人、悪気がまったくないのでは。


 天然という人種だ。

 人を攫って好かれる自信があるなんて。


 甘やかされて育つと人間はこうなるのだろうか。

 彼はなんというか、人として重症だった。







 予想通り、私の失踪は騒ぎになっていたようだ。


 無事に帰る事が出来た私は、外で涼んでいたら賊に攫われたと、ごまかしておいた。


 部屋を出た後に私がいなくなった事に責任を感じているのか、フィディル王子が心配して私の両親の元を訪ねていたらしい。


 申し訳ない。

 あれは私のせいではないけれど。

 

 しかし、あの性格の傲岸不遜王子が、このまま私という玩具を放っておくはずもなく……。







「よォ、来たぜ」


 数日後。田舎に遊びに来る隣国の王子が一人出現。


 私は玄関に立つそれを見て頭痛をこらえた。


 この人、今すぐ送り返したい。


 頭を悩ませていたら、なぜかタイミング悪く、フィディル王子が来訪。


 攻略対象者が鉢合わせてしまう事になった。


 目と目をあわせて、けん制し合うふたり。


「この方はお友達ですか?」と聞かれたので、答えないわけにはいかない。


 私はただのお友達です、と答えながら彼の立場を紹介した。そこはどうしても誤魔化せない。


 するとフィディル王子は目を細めて「確かに会った事がある、隣国の王子シャルロット」と呟いた。


 傲岸不遜王子はシャルロットというらしい。そういえばそうだった。

 少し意外な名前だが、ゲームで慣れていたので特に思う事はない。


 原作ではあだ名で呼ばれることが多かったから、ぴんとこなかった。


「おう、シャルって呼べ」


 傲岸不遜王子は、なぜか私だけを見てそう言ってきた。


 それから、フィディル王子が探るような視線で「この方とはいつお知り合いになったのですか?」と傲岸不遜王子に尋ねた。


 私がここまで気を使ったのだから隠せば良いのに「あー、こいつが最近ドレスを汚した日だよなァ」と発言。


 フィディル王子は、おそらく気が付いた。


 行方不明事件との関係を。


 彼は、「なるほど」といいながらも、傲岸不遜王子を見つめ続けていた。



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