意地をはっていただけなのに、なぜか乙女ゲームの攻略対象に好かれてしまいました。
仲仁へび(旧:離久)
上 フィディル王子
貴族令嬢であるリリヤは、今夜開催されるパーティーに出席する。
それは、リリヤが住まう国の王が主催した、大規模なパーティーだ。
そのパーティーでは、国王の息子である王子も出るらしい。
会場に集った貴族令嬢達は、王子の噂でもちきりだった。
キラキラとした宝石や、上質な布。かぐわしい匂いを放つ花。それらの品物で、ふんだんに飾り付けられた会場に足を踏み入れていた。
十歳の少女である私リリヤは、千人以上の人間が余裕で収容できそうな、広々としたパーティー会場を歩いている。
貴族令嬢の仕事は様々だが、顔を売り、人脈を広げる事が重要。
そういうわけで先ほどまでは、意気込んで同い年の少年少女と話をしていたのだが、このようなおおきな場所に来ることが初めてだったからだろう、熱気にあてられて疲れてしまっていた。
だから、人が多い会場をぬけだそうと考え、集まった人達の間を縫うようにして歩いていた。
会場にはテラスがあって、星を見る事ができらしい。
だから、夜の空気に当たれば良い気分転換になると思ったのだ。
しかし、テラスに向かって歩みを進める途中で、他の貴族令嬢とぶつかってしまった。
どんっという衝撃が、体に伝わる。
違和感を感じた部分を見れば、飲み物のシミが私のドレスについていた。
「あら、失礼。どこの田舎のご令嬢かしら? 存在に気付かなかったわ」
ぶつかった、というのは勘違いだったらしい。
相手が嫌がらせをしてきたようだった。声をかけてきたご令嬢の手には空のグラスが一つ。
このような事は珍しくない。
地方からの参加者が、このような大々的なパーティーに参加する時は、必ずと言っていいほどつきものだったからだ。
リリヤは地方から出てきた貴族令嬢なので、その点は間違いではない。
見て分かるほど、所作が洗練されていなかったのだろう。
だから事前に予想していたリリヤは、特にうろたえたりはしなかった。
「私に話しかけたの? 失礼? まさか田舎娘に嫌がらせをするほど暇な令嬢がいるとは思わなかったの。気が付かなかったわ」
けれど、だからといって大人しく引き下がるつもりはなかった。
何とも思っていない、と示すように相手を逆にあざけり返す。
「なっ」
リリヤの言葉を聞いた向こうは、顔を赤くして憤りの表情になる。
けれど、口を開くのを待ってやるほど、こちらは親切ではない。
少女を放っておいて足早にその場を去った。
発言する機会を奪われた彼女が何か言っているが、この状況なら負け犬の遠吠えにしか聞こえないだろう。
テラスで息抜きができなくなったのは残念だ。
両親に心配をかけてしまわないように、どこかで汚れたドレスを着替えさせてもらおうと考えていると、誰かから声をかけられた。
「お嬢さん、どうぞこちらへ。可憐な花を飾り立てるお召し物がそのような有り様では困ってしまいますよね」
話しかけてきたのは一人の少年だった。
金髪の髪が切らキレしていてまぶしい。態度は、物腰柔らか。私に視線を向けているのは、この世のものとは思えない美貌を持った少年だった。
どこの金持ちのご子息だろうと、首をかしげる。
パーティーの招待客リストはみなに知らされているので、私も一通り目を通したはずだ。
だからこんな目立つ少年がいたら、忘れるはずがない。
しかし、そうでないと言うなら。
「王子? フィディル・ファム・ナッシュタルト王子」
この国の王子しかいない。
これまで人前に出てこなかった存在。
王位継承のごたごたとかで、命を狙われているとか、そのような噂がある人物。
王子は目を細めて「正解」と言いながら、呆然としているリリヤの手を取った。
思いがけないチャンスだった。
地方の令嬢が、王子と話せる機会は少ない。
まともに近づこうとしたら、先ほどのような者達に阻まれてしまうからだ。
だから、リリヤは両親のために、精いっぱい顔を売ろうと思ったのだが。
「先ほどはお見事でした。リリヤ様」
名乗る前に、相手がこちらの名前を口に出してしまった。
「私のようなものの名前を憶えてくださっていたのですか」
だから失礼だと思いつつも、正直な感想を口にしていたのだ。
苦笑する王子は少し寂しげな表情をうかべた。
「日ごろから様々な者達と交流を持ちたいと考えているのですが、なかなか機会が得られなくて。けれど、今日は運が良かったようです」
どうやら王子は、権力を持つ者にありがちな「高慢ちきな考えを持つ者」ではなかったようだ。
自身よりも下の者達と意見を交わしたいと考えてくれている人だ。
身分に見合った交友関係は、大事だ。
だが、それにばかり固執してしまうと、大切な事を見失ってしまう。
王子はそれが分かっているのだろう。
自分とたいして年が変わらないのに、聡明な少年だと思う。
王子に手を引かれて案内されたのは、更衣室だ。
王子がその部屋で控えていた者達に事情を説明してくれたため、代わりの衣装は手早く用意された。
こういった面でも、田舎のご令嬢に対する扱いの差は出てくるものだが、王子の手前私を差別するわけにはいかなかったのだろう。
衣装を出してきた彼らの仕事は早く、丁寧だった。
手渡されたのは、ほつれのある服でも汚れのある服でもない。
代わりのドレスが見つかったのを確認した王子は、一礼をして去っていった。
「では、また。次もお話できる機会があると良いですね」
嘘のような時間だったが、本当の事だった。
リリヤは息をついて、王子の行動を思い返す。
フィディル王子はきっと、良い王子になるだろう。
私は、同年代の少女がはしゃぐような恋愛感情は持たなかったが、尊敬の念と親愛の感情は抱いた。
パーティーに行って、こんなに気分が良いのは初めてだ。
何の脈絡もなく、他にも良い事が起きそうな気がしてくる。
しかし現実は非情だ。
部屋から出て歩く自分の視界の中に、明らかに田舎から出てきた貧乏貴族といった姿の少女があった。
自分と同じように誰かから飲み物をひっかけられたのだろう。
リリヤのようにはふるまえなかったらしい彼女は、しょんぼりとした様子でどこかへ歩き去っていった。
声をかけようかかけまいか迷う。
中途半端な同情は相手を傷つけるだけだからだ。
それでも、彼女の様子に気になって声をかけようとしたら。
しかし、それを邪魔する者がいた。
「おう、こんな所に田舎娘が紛れ込んでいたのか。さっきの見たぜ」
ちょうど対面からやってきた黒髪の男性が話しかけてきたのだ。
夜を、いや闇を閉じ込めたよな髪に、濁りのない鮮やかな赤い瞳。
彼はぶしつけにこちらをじろじろと見つめて、にやりと笑った。
それは先ほどの王子のような、人を安心させるものではない。
まったく真逆の、見る者を不安にさせるような笑みだった。
「誰でも良いと思ったがよ。気に入ったぜ、あんたを俺の嫁にしてやる」
これには私も思わず「はぁ?」と素の反応をしてしまった。
貴族であるならば、それにふさわしい態度を心がけなければならない。
と、そう自認していたのだが、それを忘れるほど相手の態度がひどかったのだ。
「あん? 俺の事知らねーの? まァ当然か。俺様は王子だ」
そうして、傲岸不遜な態度をとり続ける彼は名乗る。
「この国とはナカヨクさせてもらっている、コバンザメの国の王子だけどな」
次の瞬間、物影から現れた何者かに口をふさがれて、私は意識を失った。
この時の私は知る由もない。
波乱続きのパーティーがあったその日の内に、隣国に攫われる事になろうとは。
そして、その立ち位置はヒロインの立ち位置であるはずだったという事には。
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