3
「ザブさん!? 何してるんですか!」
拠点としていた町を出て、冒険を再開させる『太陽のキャノウプス』。
夜。山のふもとでキャンプを張った。
ザブが焚火を熾おこす際――火種としたのは、分厚い紙束。
今朝、パーティを去ったベルが置き土産とした、小説である。
「あン? だってよ、こんなもん持って旅なんかできるかよ。邪魔だぜ」
「邪魔って……テオくんの結界魔法で収納してもらってたじゃないですか」
「あーでもザブが火種にするから出せって。僕はどうでもいーけど、でも結界収納もスペースに限りあるしね」
「そんな……。私、今夜ゆっくり読ませてもらおうと思ってたのに」
「そんな顔すんなよ……。だったらホレ、まだ半分あるからこれ読んどけよ」
ザブが手に持っていた残りの紙束を、メアリーに手荒く渡す。
メアリーは、粗暴な男に静かな怒りを湛えながらも、――しかし彼も学院時代からの大事な仲間、その感情を言葉にはしない。
彼女は、ぺこ、と小さく一礼すると、無言のままその場を離れた。
/
「なんだよ、メアリーのやつ……。メアリーはあのヤローと幼馴染みで、ぶっちゃ気があるんだろーが、俺らにとっちゃあんな根暗なヤツどーでもいいんだよ。メアリーが推薦すっから仲間に入れたが、失敗だったぜ、まったく……」
数時間後。
一人、ぐちぐちとぼやくザブ。
メアリーはあのあと、一人で女子テントに籠ったきり、ずっと出てこなかった。夕食もいらないと言って、ずっと。
夕食を終え、みなで焚火を囲っていた頃、メアリーはテントから出てきた。
だが、「ちょっと外の空気吸ってきます」なんて言って、そのまま少し離れた湖畔の方まで歩いて行った。
とぼとぼと歩いて、暗がりへと溶けていく背中をロイドは心配そうに見て、追いかけようとしたが、ザブは制止したのだ。
「ほっといてやれよ、どーせ明日になれば、あの野郎のことなんか忘れてケロっとしてるぜ」
焚火を囲った談笑がひと段落した頃、ザブは周辺をぶらぶらと歩いていた。彼が、女子テントの前を通ったとき、ふと、あるものが目に留まった。
テントの前に、腰かけるのにちょうどよいほどの石がある。
その上に、紙束が置いてあるのだ。
メアリーが読んでいた、ヤツの小説。
「ちっ。なんだよこんなモン。″小説家″のスキルで書いたかなんか知らねえが、どーせ、しょうもねえモンなんだろーが」
ハン、と鼻で笑いながら、紙束をひょいと手に取るザブ。
そして、品定めでもするかのようにパラパラとそれを流し見て――……。
/
「はあ……」
湖畔。投影された丸い月が波に揺れる。
ゆらゆら
ベルがいなくなったのはショックだ。
半年間、彼と共に入れたのはとても幸せだった。それがいきなり去られたのでは、心の空虚さは、一日やそこらで埋められるものではない。
だが、メアリーがもやもやとするのは、彼がいなくなったこと自体、だけではない。
彼の小説を読んで……。
/
「クッソ、これもだ! あぁーこっちもだ!」
「ちょっとザブ、あんたなんてコトしてくれたのよ!」
「うるせえなエリカ、俺のせいにすんじゃねえよっ。火焚くとき、お前も見てただろ!」
「て、天才の僕がこんなので……こんな気持ちにさせられるなんて。うぐ、くやしい……」
「ああ、もう、キミたち落ち着け」
「ロイドお前、そう言いながら独占しようとすんじゃねえ! よこせ、せめて読み返して……」
「だめよザブ、あたしが!」
・・・・
ベルが手渡した小説は五作あった。
それぞれ、前半後半で分けてまとめられていたのだが……ザブが燃やしたのは、各作品の、後半。
だから残ったものは、すべて、前半のみなのだ。
わちゃわちゃと騒ぐ四人。
あるいは湖畔で一人、悶々と溜め息を吐くメアリー。
それぞれ、心中にある思いは同じだ。
((ああ、もう、続きが気になる――!!))
″小説家″のスキルによって書き出された小説。それは、読んだ者の心をずいと惹き込む魔力を秘めていた。――そう、比喩ではなく、まさしく魔力が。
しかし彼らの手元にあるのはすべて前半だけ。
上位職たる強力な魔力を以って心を惹きつけられたところに、途中でおあずけだ。彼らは悶絶するのは必至。
/
――と。
『太陽のキャノウプス』の面々が騒ぎ立てている頃、町を反対方向へと出発したベル。
(ふう。――旨い)
彼は、湯気立つコーヒーをくいと喉に流し込み、口元をわずかに綻ばせていた。
田舎へ帰る道中。長い道のりだ。今晩は野宿。
彼らの中に、コーヒー愛好家はいなかった。この半年、彼らと旅をする中で、こうしてゆっくりとコーヒーを飲む機会はあまり得られなかったのである。
ベルは、そのとき、それを感じ取った。
彼らに渡した小説が、その後、どうやら半分ほどが燃やされてしまったらしい、と、感覚で分かった。
スキルによって書いたものだから、ベルの魔力が通っている。それが破られたり燃やされたりすれば、彼にも分かるのだ。
だが、気にしなかった。
旅の邪魔だと判断したのだろう。それでもまだ半分が残っているのは不思議だが、どうでもよい。
もとより、早くに親を亡くし、以来一人で自給自足で暮らしてきたベルは、他人に関心がない。
むしろ一人の方が、気楽でよい。
形の良い月に見降ろされながら、ベルは穏やかな夜を過ごすのだった――。
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