4

**************


『手癖の悪い猫』


少女の名は、シィナ。


彼女は捨て子であり、親の顔や名前さえ知らない。自身の出生について分かるのは、その猫耳と尻尾から、猫人族の血を引いているらしいということだけ。


猫の少女は、実に手癖が悪かった。


彼女は、猫の俊敏さを生かしてスリをはたらく。それを売って金を得、生計を立てているのだ。――あるいはその金は、小さな胸の内に抱く大きな夢をかなえるための蓄えともなる。



少女はそうして、一人、逞しく生きてきた。


独りでも、寂しくなんかない。


自分の力だけで生きていくのなんて、そんなのちょろいもんだ――と、そう思っていた。



・・その日、彼女は大物を狙った。


まず街の領主の息子。彼から腕時計を容易くくすねると、次に狙ったのはその辺一体で有力な冒険者パーティ。パーティのリーダーらしき″勇者″が持つ、高価そうな短剣に目をつけたのだ。


自慢の俊敏さで、気付かれることなくスリは果たしてみせる。


やはり大人なんてちょろいもんだ――なんて思っていたところ、少女の体に異変が訪れる。短剣には、盗人に備えての呪いが仕込まれていたのだ。



すぐにシィナは追い詰められてしまう。


呪いを受けて衰弱しているために逃げることもできない。



大人を舐めている小娘ににじり寄るその男どもは、実は――スリなど可愛く思えるほどのあくどい連中だった。シィナは男たちに連れ去られてしまい――・・・


***************





(ああ、シィナちゃん……。このあとどうなっちゃうのでしょうか。

 というか、小さいのに、独りで生きているなんて可哀想です……。

 この女の子はちゃんと幸せになれるのでしょうか……続きが、気になりますっ)



 メアリーは、きゅっと胸の前で手を重ねる。


 猫とか、あるいは孤独な者とか……そういうものには思うところがある。小説に登場する少女に想いを馳せていた。





***************


『バグだらけの勇者』


とある地区では指折りの女性冒険者パーティ『星のアクアリエン』。



実力者ぞろいのパーティを率いるのは、その中で最年少ながらに一番の実力を持つ少女。名はマルク・ルプル。14歳。


生家は厳格な剣士道場。強い男を育てたかった父によって男性名をつけられた彼女だが、その剣の実力はまさに男勝り、過去最年少で剣士系の上位職″勇者″へと至った。



ただし、彼女の昇級に際しては、通常では見られないような『バグ』が散見された。



まずその職名。……彼女に設定された職名はなぜか″女勇者″。通常、″勇者″職は性別によって区別されるものではないはずで、″女勇者″という職は存在しないはずなのだ。



さらなるバグ。……剣士系の職でありながら、なぜか彼女は剣技以外にも様々な魔法、召喚術、治癒術、さらに念話や超感覚などといった特殊スキルまで――職の枠組みを超えて多様なスキルが扱えるようになったのだ。

いささか防御系に乏しいのみで、彼女はおよそ万能と言える冒険者であった。



とある日、彼女らのもとへ舞い込んだ依頼は、″ヴァンパイア″の討伐。


地下迷宮に棲み、夜な夜な近隣の村の若い娘などをかどわかす卑劣な魔族である。



マルクらは、さっそくその地下迷宮へと足を踏み入れる。



地下迷宮に施された罠により、仲間たちは分断されてしまう。


散り散りになった仲間たちの身を案じながらも、一人、遺跡を進むマルク。張り巡らされた罠、次々と襲い来る魔物たちも難なく往なし、ついに最奥部へ。



ヴァンパイアと対峙するが――そこで、驚きの光景を目にする。



なんと、仲間たちが敵の足元に跪き、卑しく身を寄せているのだ……。


ヴァンパイア種族が持つ固有スキル――″魅了チャーム″だ。その魔眼を直視するとたちまち女は魅入られ、彼の支配下へ下る……。強い抗魔力を持つマルクはそれに耐えられたが、仲間たちでは抗えなかったようだ。



どれほど多彩なスキルを持っていようと、仲間を盾にされては手を出せない。マルクは、絶体絶命の窮地へと追いやられてしまう――・・・


***************




(14歳で上位職……。僕と同じ、天才ってコトかな。

 仲間を盾にされて追い詰められるなんて……天才なのに、実力を発揮できなくてさぞ悔しいだろ……っ!

 ああ、くそう、このマルクってやつはこのあとどうなるんだ、無事にヴァンパイアに勝てるのか? ……き、気になる……!)



 テオは、15歳ながらに上位職″結界術師″となった、魔法学院も飛び級で進学したほどの天才児である。同じように、子供ながらに上位職へと至ったマルクという少女に共感したのだろう。


 むう、と悔しそうな顔をしながら、残った前半部を何度も読み返していた……。




***************


『戦うお医者さん』


男の名は、モルジ・ローガン。



見る者を圧倒させるような武骨で強靭な肉体を持つ男。性格も、見かけに則していささか粗暴ではあるが、しかし他人に危害を加えるようなことはしない。


むしろ、その逆。彼は、治癒術師である。


傷付きし者、病みし者を癒したい。そんな思いから、彼が長い時間をかけて治癒系の術を習熟してきたのだ。


苦労した末、治癒術師として上級位まで至った。そんな彼が得たスキルは、『ヒールターン』。



ただ傷や病を癒すだけではない。癒した分だけ、それをエネルギーへと変換して自身の体内に蓄積、――それを攻撃波動として打ち放てるのだ。



とある町で、医者として町民の生活を支えていたモルジ。日々、患者が訪れる。一見こわもてだが、治癒を受けた患者が礼を言うと、彼はニカッと笑んでみせる。そんなギャップもあって、彼はすっかり町の人気者であった。


傷付いた人を治すことに喜びを感じていた。医者としての生活は充実していて、……いくら荒い言動なども見受けられるような彼でも、まさか他人に乱暴を奮おうなどとは考えもしない。



そう、それは本意ではなかった。つい、気を抜いていたのだ。



――ある日、治癒の最中、蓄積させていたエネルギーが波動として拳から打ち出てしまった。スキル『ヒールターン』を発動させてしまったのだ。


傷を治しに来たはずの患者は、逆にさらなる大けがを負うこととなる。


幸い、命に係わる重症とまではいかず、怪我をさせた本人であるモルジがすぐに治癒を行って無事には済んだものの……医者がその手で患者を傷付けたのだ、町民の彼への信頼はすぐさま地へ堕ちた。



モルジはひどくバッシングを受け、町を去らざるを得なくなる。


モルジはひどく後悔した。そして、自身のスキルを呪った。ただ他人を癒すだけでよいのに。それを攻撃へと転じるスキルなんて、持っていなければこんなことにはならなかったのに。



悲しみを背負った大きな背中が、静かに町から離れて行くとき。――そのとき、誰がそれを予期していようか。


モルジが去ったのち、町に、かつてない危機が迫り来ようとは――・・・


***************



(き、危機ってなによ、このオジサンどうなっちゃうわけ!? ああ、もう、鬼やべー!)



 エリカは金髪を振り乱して身悶えた。


 彼女は治癒術師である。しかしまだ中級。


 この小説の主人公・モルジは……上級治癒術師でありながら、強靭な肉体を持ち、しかもその治癒した分を攻撃へと転じられる。なんと、勇ましいことか。


 ぶっちゃけオジサンが好きなエリカは、文字で表現されるこの男に、ちゃっかり惹かれていた。物語の登場人物だから合うことは叶わずとも、せめて結末を知りたい……気になって仕方なく、鬼やべー、と、連呼するのだった。




***************


『JKストーリー』


『JK』。――それは、16歳~18歳までの女子にのみ発現する極めて希少な魔法職である。



リセ・リリックターナーは17歳の誕生日と共にその職へ昇級した。


スキルは、『ワンクールループ』。常時発動のスキルだ。


なんと、彼女の体の成長は12週間の周期のみを繰り返す。誕生日の瞬間から12週間経てばまたもとの日の肉体に戻る。もちろん12週間では体に大した変化もなく、要するに彼女は永遠の17歳の体となったのだ。



あるいはそれは『JK』という職が持つ一種の特性といえるが、――彼女の日常はとかく平凡なのだ。


不老となった彼女だが、まだスキルを得たばかりの彼女にとってはそれまでと何も変わらない、ただとにかくゆるい日常を過ごすだけ。


朝起きて学院へ赴き、友人と談笑し、遊び、家に帰って適当に時間を消費し、寝て、また朝。


代わり映えしない平坦な日々。それなりに楽しいけど、でも、何か漠然ともやもやとした気持ちが胸に駐在してもいた。自分の日常には、なにかこう、彩りが少ないような……そんな気がする。



そんな少女の生活が一変したのは、ある男が訪ねて来てから。



男は、街に新たな劇場を作ろうとしていた。都会とも田舎とも言い切れぬ街は、不自由こそないが、目立つ娯楽もなかった。そこへ、革新的な風を吹き込みたいと考えたらしい。


男は、リセを勧誘した。――その劇場で活躍しないかと。舞台に、立ってみないか、と。



『JK』とも並んで希少とされる魔法職がある。それは、『アイドル』。


曰く、若い女性にのみ発現する職で、歌や踊りでみなを魅了し、民衆に活力を与える。閉塞感を打ち砕き、生きる希望を与える――そんな、魅力的な存在である。


男は考えた。『アイドル』は、作れるはずだ、と。


職として発現させずとも、人為的に再現することは可能なのではないか。歌や踊りでみなを魅了し、希望を与える若い女性――そう成り得る人材として、男はリセを見出したのである。


自分がそんな存在になれるわけない。リセは消極的だったが、男の熱意ある勧誘に押されてしまった。流されるまま、学院通いの中、歌や踊りの練習に励む。


そして劇場は開かれた。少女は舞台に立ち、照明を浴びながら、歌った――・・・


***************



(歌や踊りでみなを元気に……。なるほど、興味深いな)



 ロイドは、くい、と眼鏡をつり上げる。


 彼の家系は、代々商人ギルドにて手広く事業を行ってきた。

 なりゆきで冒険者ギルドに所属しているが、将来的には転身を考えている。


 そんな彼にとって、この小説は実に興味深かった。


 希少な魔法職である″アイドル″を模し、舞台上で歌や踊りを披露する――今まで例のない興業だ。″JK″という職を得た少女がそれをするなら、適役だろう。


 これはあくまで小説だが……この物語の顛末が知れれば、将来の糧になるとも思えた。


 だからこそ、後半部が失われてしまったのが惜しい……。というか単純に、続きが気になる。眼鏡を支えるその手は、ぷるぷると小刻みに震えていた……。


***************



『二人の燃える恋』


伝説の召喚術師の子孫。名家、マクレイス家。


その家の一人娘であるヴァイオレットは、良家のご令嬢ならではの悩みを抱えながら日々、暮らしていた。



窮屈だ。……周りは、愛想のよい使用人か、清い振る舞いを絶やさない学友ばかり。自身も同じように、育ちの良さが根について、口調や所作などは令嬢然としたものであるわけだが、だからこそ、そればかりで日常を埋められているのが、窮屈でたまらなかった。


そんな中、ある日、彼女の人生の転機となる出会いがあった。


父が、魔族の軍に襲撃された地方の慰問の旅からの帰り――見知らぬ青年を連れていた。


道中、行き倒れているところを見かけたのだという。


記憶がないのか、黙しているだけか――素性について尋ねてもまともな返答は得られない。明かしたのはトウザという名だけだ。ただ、行く当てがないのは確かなようで、懐の深い父はその青年を屋敷に招き、住み込みの使用人として雇うことに決めたのだ。



凛々しく、爽やかな面立ち。それでいてなんとなく無気力なように見える目と、誠実そうに見えるのに、その奥にどこか獣のような野生味を秘めていそうだとも思える、不思議な雰囲気の男だった。


ヴァイオレットは、どきりとした。


そうテの経験がなく、浮ついた話などにはすっかり疎いご令嬢でも、自身の感情についてははっきりと自覚できた。一目惚れだった。お嬢様は、突然やってきた使用人に恋をした。



経験がないくせに、お嬢様はやたらと積極的であった。


父に口利きして彼を自分の専属の使用人ということにし、身の回りの世話をさせながらことごとく誘惑を試みた。着替えを手伝わせながら熱っぽい視線を向けてみたり、「あらトウザ、タイが曲がっていてよ」なんて嘘を言っては煽情的な手つきで彼の首元に触れて直してやったり。自分は、年若い男性を魅了でき得る器量があると自負していたので、それをこれでもかとアピールしたのだ。


だが、彼は一向になびかなかった。



トウザは、とかく、いつもクールなのだ。他の使用人と違って、愛想よく笑ってくれさえしない。落ち着いた雰囲気を崩さず、淡々とお嬢様に対応していた。



 ・・



トウザは、主人であるお嬢様が自分に恋心を抱いているとはつゆも知らない。


ただ、彼女がわざと艶のある雰囲気で迫ってきていることは察していた。きっと、からかわれているのだろうと思った。あるいは使用人として主人に変な気を起こすようなことがないか試されているのかもしれないとも。



正直、揺さぶられていた。


ご令嬢の渾身の煽りは、青年の胸にびしばしと響いていたのだ。


だが、決して惑わされてはいけない。――それは、屋敷に仕える身として主人にそのような気を起こしてならないから、ということだけでなく……彼が、人ならざるモノであるから。



トウザは、精霊界からやってきた。精霊獣――サラマンダー。


元々は、人間に召喚されたきり帰って来なくなった友人の精霊を追って、人間界へとやってきたのだった。だが、広い人間界で小さな精霊を見つけることはできず、さらに自身が精霊界へ帰れなくなってしまう始末。


途方もなく、行き倒れてしまったところで、マクレイスの当主に拾われた。



サラマンダーである彼は、人の姿に化けている。


それには、ある程度集中力を要するのだ。――ひとたび気を削がれてしまっては、たちまちその真の姿を露にしてしまう。小さなドラゴンの姿。


その姿をさらしてしまっては、もう屋敷にいられないだろう。


それどころか、迂闊に元の姿となっては、その身にまとう炎で屋敷を燃やしてしまいかねない。



――だから、気を強く持って、お嬢様に接していた。



惑わされてはならない。過剰に心を揺さぶられては、たちまち化けの皮が剥がされてしまう。



精霊獣として、人間に対してそのような感情を持つこと自体、自重すべきなのだが……彼も、ヴァイオレットに徐々に惹かれていってもいた。


だが、その恋心を強く燃え上がらせてしまっては、それは本物の炎となってしまう。


攻める令嬢と、耐える執事。


お互いの心中を知らないまま、二人は攻防を続けていった。


そんな折、ヴァイオレットに見合い話が舞い込んできて――・・・



***************


(ちくしょう、なんだこの男は。てめえから言い寄ればすぐにでも女とくっつけるってのに。身分の差だとか正体が精霊獣だからどーのこーのとか……ンなもん、何を考えてんだまどろっこしい!)


 ザブは、苛立たしそうに、前半部だけの紙束を持つ手をわなわなと震わせる。



 名家のお嬢様とその執事となった男との恋物語……実は思いを通わせていながらもお互いにその自覚がない、というのが、彼には非常にもどかしく思えたのだろう。


 危うく、せっかく残った後半部さえ破いてしまいそうになるほど、その紙束を強く握って身震いするザブ。誰よりも、小説の続きを渇望しているようだった。






 続きが、気になる――。


 『太陽のキャノウプス』のメンバーたちは、ベルの書き残した小説の虜だ。


 しかし、彼はもういない。


 物語の続きを知ることはできないのだ。



 もはや気が気でなく、果たしてこれからまともに冒険者として活動を続けることができるのかさえ危ぶまれる。ベルを脱退させてしまったことへの後悔が止まない……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る