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 純魔法系の上位職″賢者″は、かなり特殊な職業だ。



 上級魔法使いから″賢者″になるためには、伝説級の希少アイテムが必要となる。それは困難をきわめる。実際、″賢者″は世界中を見ても指折り数えるほどしかいない。



 ただ、希少アイテムを用いずに″賢者″になるための裏ワザが存在する。



 初級魔法使いのまま、膨大な魔力ポイントを溜め続けていれば、三段階ぶち抜けで、アイテムなしで″賢者″となれるのだ。



 だが、通常、初級のままレベルを上げずに魔力ポイントを溜め続ける者などいない。冒険者であれば、ポイントが溜り次第中級魔法使いへと昇格するものだ。



 早くに親を亡くし、遺された広大な農耕地の中ただ一人で生きてきたベル・ノーライトは、魔力を生まれ持ち、一応、魔法使いの資格を得つつも、ずっとそれを持ち余してきた。



 昇級することもなく、初級魔法使いのまま地味に魔力ポイントを溜め続けてきたのだ。




 それを、近くの村に住んでいた幼馴染、メアリー・シープは知っていた。




 メアリーは、魔法学院へ入るため幼い頃に村を出たのだ。ベルは知る由もないが……メアリーは、ベルに対して密かに熱い思いがあったよう。


 彼女は、学院に通いながらベルに手紙を送った。そのやり取りで、ベルが魔法職を持て余していることを知ったわけである。



『ベルさん、お久し振りですね……。えっと、いま私、学院時代の友人と一緒に冒険者ギルドに入って、パーティを組んでるんですけど、

 そのパーティで、ちょうど″賢者″になれる人を探してまして。


 どうですか? ベルさん、私たちのパーティに、ぜひ、入りませんか……?

 ベルさんなら、このまま魔力ポイントを溜めれば″賢者″になれますから。

 ――私と一緒に、冒険、しませんか……?』



 ――半年ほど前。十数年ぶりにベルのもとを訪ねたメアリーは、彼にそう言った。




 ベルは彼女の誘いを受け、冒険者パーティ『太陽のキャノウプス』に入ったのだ。




        /




「ベルさん、あの……すみません。私、たとえ″賢者″になれなくてもベルさんには一緒にいてほしい――って思うんですけど、でも、パーティの都合だとそうはいかないみたいで……」


 メアリーが、悲しそうに言う。


 悲痛な面持ちの彼女に対し――しかしベルは、平然とした顔で、言うのだ。


「俺にはもともと田舎暮らしが性に合ってたよ。迷惑かけて悪かったな。それじゃあ」





 朝。


 パーティを脱退し、田舎へ帰ろうとするベル。



 彼と対面し、見送るのはメアリーのみ。


 その他メンバーの四人は、そんな二人を遠巻きに見ていた。二人の別れの邪魔にならないでおこうとする気遣いなのか、あるいはベルの門出に興味がないのか――。





「ははっ。あの根暗ヤローがいなくなるのは、せいせいするな」



 ――後者であった。



「ちょっとザブ、声大きいって。聞こえちゃうよ? ま、聞こえても言い返して来やしないでしょーケド」


「ベルはずっと無口だったからな……。彼の言う通り、田舎の方が性に合っているんだろう」


「べつにキョーミないデス」




 順に、ザブ、エリカ、ロイド、テオ。


 『太陽のキャノウプス』のメンバーである。メアリーとは学院時代の同期となるが、ベルは、彼らにとってはただメアリーの紹介で入った部外者……。別れを惜しむ感慨はなかった。




「あ、あの、ベルさん。私、ベルさんに渡したいものがあって……」



 いささか逡巡しゅんじゅんするような素振りを見せ、また、離れた位置にいる仲間たちがもう飽き飽きといった様子で雑談をし、あまりこちらを見ていないのも確認したうえで、


 ――メアリーは懐からある物を取り出して、ベルに差し出した。




 それは、懐中時計。


 蓋つきで、上部にはネジと、その左右に小さなスイッチが並ぶ。




「ベルさんが″賢者″になったら、お渡ししようと思っていたモノなんです。せっかくだから、もらってください」


「いいのか?」




 ″賢者″になったら渡そうと思っていた……というものを、″小説家″になってしまった自分が受け取ってよいものだろうか。


 見れば、かなり年代物のようで、しかしそれでいて作りはよく、それなりに価値がありそうだ。




「はい。でも、みんなにはナイショで……。みんな、もうあっちでお話ししていますし、私たちのことなんか……見てませんね」



 悲しそうに言うが、それでいて、少し意地の悪そうな笑顔を浮かべてもいるメアリー。




「私、ベルさんには、何も『恩返し』できていません……。私がベルさんにできるのは、これぐらいです」



「『恩返し』?」



「――い、いえ、なんでもないです。それよりホラ、早くこれをポケットに入れちゃってください。……このまま、行っちゃってください……」



 急かすも、反して名残惜しさもあり、なんとも複雑そうな顔のメアリー。


 なにやらよくわからないが、とにかくベルは懐中時計を懐に仕舞う。





「――――メアリー、じゃあ、俺からもこれを……」



 そう言って、懐中時計の代わりに差し出したのは、……分厚い紙束。




「″小説家″のスキルは、小説を書くことだから。昨日の夜、いくつか小説を書いてみたんだ。これ」


「わ。いっぱい! これを一晩で……!?」


「せめてみんなの旅のお供になればと思って。暇なときなんか、ぜひ読んでみてくれ」



 メアリーは、ベルから紙束を受け取る。




 イラネー、と、遠く聞こえた。

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