第5話
どこかから察知したヨタはすぐに倒れたニアのもとへと駆けてきた。ニアの周りには続々と他の樹人達が集まりすぐに人でいっぱいになった。みんな年齢や性別でこそ風貌に違いはあるが、ニアとほとんど変わりない見た目をしていた。しかし、一つだけ決定的に違う点があった。他の樹人たちの髪はみんな綺麗な緑色で白い部分など一切なかったのだ。
ある大木の一室に運び込まれたニアは平和そうに静かな寝息を立てて眠っている。その部屋には僕とヨタ以外にもう一人リリという女性が残った。リリは大人の女性で見た目の上ではほとんどニアと変わらないのだが、落ち着きはらったその態度のせいで何もかもがニアとは違って見えた。リリはニアをこの部屋に運んだ時からじっと動かずニアを見つめている。リリの表情は虚ろでほとんど何の色も示さないので、何を思っているのか分からない。
「ナギ」リリが言う。
「ニアは他の樹人とは違うんだ。多分、もうそれについては気付いているだろう。ニアにとって樹人が守られているこの森から出ることはそれだけで危険なんだ。ニア自身もそのことは分かっている。それを承知で、ナギを助けるために森を出たんだ。ニアに助けられずあのまま進んでいたらお前は森の呪いで死んでいたよ」
リリの声はひどく抑揚に欠けていて一切の感情をくみ取ることができない。だから、怒りも凄みも感じなかった。ヨタがリリを制止する。
「リリ、ナギは悪くない」
「私はナギを責めているわけじゃない」
僕の心には罪悪感がひしひしと積もっていた。ニアはほとんど命がけで僕を助けに来てくれたのだと分かって申し訳ない気持ちでいっぱいになった。このままニアは目覚めないのだろうか。何かしてあげられることはないのだろうか。
「ヨタ、ニアはどうなるんだ」
「いずれ目覚める」
そう言って、ヨタは切り株から腰を上げて部屋から出ていった。それからしばらく沈黙が降りた。やがて、リリが静かにゆっくりと口を開く。相変わらず抑揚はない。
「一週間やそこらで目覚めると思っただろう」
リリはこちらを振り向き、その虚ろな目で僕を見た。どの点を見つめているのか分からないその目は全てを見つめていた。綺麗な緑の瞳は僕の動揺を見逃さない。
「100年」
と、リリは言った。
「寿命が樹人と人間じゃ違うんだ。100年なんて樹人からしたら大した時間ではない。当然ナギにとっては違う。そして、ヨタにとってもまた違う」
「どういうこと? ヨタだって」
そこまで言ってなんとなく気付く。
「ああ、ヨタは長くない」
「ニアを、目覚めさせる方法は」
僕は一語一語ゆっくりと発音した。最後まで言う前にリリが答える。
「唯一ある。そして、それにはナギの協力が必要になるだろう」
リリが口角を少し上げた。
「教えてほしい」
「ニアは樹人として不完全だ」
リリはニアの白髪を一房つまんで眺めた。
「ニアはうまく自然の恵みを受け取ることができないんだ。気の毒だけど、自然の力に満ち溢れたこの森に閉じこもっていることしかできない。低濃度な森の外に出ると、ニアは一種の昏睡状態に陥る可能性がある。しばらく樹人として活動ができなくなり、植物としてしか活動ができなくなる。私たちがいる限り100年も経てばニアは何事もなかったように樹人として目覚めることができるがな」
リリは一度話を切ってニアの頭を撫でた。まるで病床の娘を見守る母のようだった。
「今すぐに目覚めさせるためには欠乏症に陥ったニアの核に高濃度の
「深緑石?」
「緑色の玉がそこら中に浮いていただろ? それが緑石だ。愚かな人間はこの緑石を求めて森に侵入してくるんだ。そういった愚か者は結局ここにたどり着けないし、最後には森の呪いで死ぬことになる」
「深緑石とは違うの?」
「ああ、深緑石は二種類の緑石が溶け合った石だ。樹の緑石と花の緑石。それらが一対になったものが深緑石だ。樹の緑石は既にあるな、そこらに浮いているのがそうだ」
「じゃあ、花の緑石さえ手に入れば」
「そう。だが、それはそう簡単に手に入らない。樹の緑石が樹人によって生み出されるのと同じように花の緑石も花人によって生み出される」
「カジン?」
「花人も知らないのか。ナギ、お前今まで監禁されていたのだな。同情しよう」
リリは憐れみの目で僕を見つめた。監禁されていたわけじゃない。この世界のことを全く知らないのは僕が異世界人だからだ。伝えようかと迷ったけれど僕は言わないことにした。今はこの居たたまれない状況を早くなんとかしたかった。
「花人は樹人と同じような種族だ。自然の意志の集合体。特に花の意志に偏った集合体だ」
樹人と花人と人間。この3種族がこの世界の構成要素なんだ。もしかしたら他にもいるのかもしれない。
「花人の森に行って花の緑石を手に入れることができればニアは目覚めるんだね?」
「ああ、まあ正確に言えば花園だ。花園に行けば手に入る。が、花園はもう失われた。人間の手によって焼かれたのだ。花人は今や人間によって存在を脅かされている。生き延びた少ない花人は各地にばらけて隠れてくらしているようだ」
「なんてひどい」
リリは目をつむって頷いた。
「花人がどこにいるかはなんとなく分かっているが、人数までは分からない一人かもしれないし、複数人で暮らしているのかもしれない。私たちと花人は同じ根から派生した種族だ。深いところではあるが、確かに樹人と花人は繋がっている」
「どこにいるんだ」
「サファーマだ。大胆にもあいつら人間に紛れて生活しているようだ」
聞いたところで意味のないことだった。僕はこの世界のことを何も知らない異世界人なのだ。リリは人をよく見ている。
「どこか分からないという顔だな。安心しろ、私もともに行く」
やはり、印象通り頼りになる人だった。初めから、そのつもりで僕にこの話を持ち掛けてくれたのだろう。リリの綺麗で優しい緑の瞳が僕の姿をくっきり映していた。
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