第3話
あまりに色々なことが起きすぎている。整理したいのに取っ散らかりすぎて何から手を付けていいか分からない。まず、目の前のこの子は何だ?
「大丈夫? 良くなった?」
「え? うん。だ、大丈夫」
緑に白が混じった特徴的な長い髪をした女の子は心配そうに色んな角度から僕の顔を見つめる。女の子は若草色のワンピースを身に纏っていて、優しい色合いから彼女は妖精みたいに見えた。意識がはっきりし始めると彼女は珍しい髪色をしているけれど、確かに人間であることが分かった。僕はさっき倒れた場所から移動していた。大きな木の陰で僕は仰向けになっている。
「もしかしてここまで運んでくれたの?」
女の子はにっこり笑って頷いた。
「ありがとう」
「うん、お礼に名前教えて」
「そんなことで良いならいくらでも教えるよ。
「え? ナギ? か、ずみち?」
女の子は首を傾げてとても困った顔をしている。見た目よりもっと幼いのだろう。
「な、ぎ、の、か、ず、み、ち」
僕は一音一音区切って繰り返した。しかし、女の子は首を傾げている。
「ナ、ギ?」
と、女の子は言った。どうしてもナギと呼びたいのだろうか。まあ、なんと呼んでもらっても構わない。僕は「ナギでいいよ」と言った。彼女は嬉しそうに笑う。
「君の名前も聞いていい?」
「ニア。に、あ。」
彼女は僕と同じようにわざわざ区切って繰り返してくれた。僕はその様子が愛らしくて思わず微笑んだ。
「わかった、ニアだね。ニア、助けてもらってばかりで悪いんだけどさ。今、とても困った状況に置かれててね。ここが日本のどこか教えて欲しいんだ。ここは何県の何市とか。分かるかな?」
ニアはさっきと同じように首を傾げて困った顔をした。僕の予感は次第に確実なものへとなっていく。
「分かんないか。うーん、できればでいいんだけど、ニアのお母さんがいるところまで案内してもらってもいいかな? ほんととんでもない頼みではあるんだけど」
急に娘がへんてこな格好をした男を連れてきたら母はびっくりしてしまうだろう。でも、ここがどこだか分からない以上手荒くてもこうするしか方法はなさそうだ。僕はとにかく助けを求めている。
「うん、いいよ」
「ありがとう」
ニアの警戒心のなさには今でこそ助かっているが、普段のことを考えると気が気でいられない。
僕は体が痛まないことを確認してからゆっくりと立ち上がった。そして、ニアが「こっちだよ」と指差す方向を見て慌てて止める。いたずらにしては度が過ぎる。あんな森二度と入りたくない。
「ちょっと、ニア。そっちは森だよ。こっちじゃない?」
僕は反対側を指差す。ニアは首を振る。
「そっちは人が住んでるから行っちゃだめ。私の家はこっちだよ」
「とにかくそっちはだめだよ。よく分からない樹人とかいう奴らの森なんだよ。すごく怖いところなんだ。立ち入り禁止って看板も立ってるんだよ」
「うん、私たちの森だよ。さ、行こうナギ」
ニアは僕の腕を引っ張って無理矢理連れていこうとする。引っ張る力には狂気的なものがあった。
「ちょ、ニア、やめろって!」
僕は思わずニアの手を振り払った。僕はニアが恐ろしい森の住人だと分かって急にニアが悪魔のような存在に思えてきた。ニアは最初から僕のことを闇の中に引きずり込む気で僕に取り入ったんだ。ニアはあの狡猾で巨大な蠢く手なんだ。
改めてニアを見ると、そこにあった溌溂とした笑顔はもうない。じっと僕を捉えるその緑色の瞳は泉のように澄んでいて虚ろだった。
「ねえ、ナギってどこから私たちの森に入ってきたの。みんなナギの気配が突然、森に現れたから警戒しているの。どうやって気配を断ってあんな奥まで入ってこれたの? みんなナギのこと危険な奴だから早く殺せって聞かないの。私はナギがどうも悪い人には見えなかったからこうしてナギの潔白を確かめに来たんだよ。私の中ではもう答えは出てるんだけど他のみんなは変わらずすっごく怒ってる。もうこうなったらナギが自分で証明しに行くしかないよ。危ない人じゃないってみんなを傷つけたのにも理由があるってそう言えば森は鎮まるから。ほら、行こう」
ニアは明るい笑顔で手を差し出した。ここでよし、分かったと笑顔で乗れる人間がいるだろうか。僕にそこまでの胆力はない。僕に対して殺意を抱いている奴らの拠点に易々と行けるわけがないだろう。
その手を取れずにいると、ニアの様子に変化が出た。白い部分がすーっと緑色に変わっていき、長い髪はすっかり綺麗な緑色に染まってしまった。目つきも鋭いものに変わり、威圧的に僕を睨んでいる。目の前にいるのはもうニアではなかった。それは重たい声を出した。
「ナギといったな。ニアがお前を信用しているものだから、殺さずにここまで留保していた。お前は何者だ。正直に言え、ごまかしは利かんぞ」
「え? あ、僕は凪野一道です。高校生です」
「ナギノカズミチ? なんだその名は。それにコウコウセイ? なんだそれは」
「は? いや、なんだと言われましても」
すると、ニアの格好をした誰かは深く考え込むように顎に手をやり、また顔を上げた。
「うむ、すまない。樹人は世間知らずなのでな。質問を変えよう。どうやって森の中枢まで侵入した? それも高度に気配を断って」
「気づいたら森の中にいました。知らない女に飛ばされたんです」
「ほう、転移か。あんな奥地にまで飛ばせるほどの魔術師がいるとはにわかに信じがたいが。見たところお前には魔力が無いようだ。来い、その方が手っ取り早い」
そうして、また僕は腕を引っ張られた。男らしい屈強な力で。
「嫌だ。あの森にはもう二度と入らないって決めたんだ」
振りほどこうとするが、ほどけない。
「そうも言ってられない。みなにお前のことを報せなくては。大丈夫だ、私がいれば森が牙を剝くことはない」
ずるずると引きずられながら僕はまた森へと戻ることとなった。
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