第2話

 次に目覚めたのはどこだか知らない森の中。辺りには背の高い木々がどこまでも向こうに続いている。頭上には空を覆い隠すように葉が密生している。森は不気味なほど静かで冷たい空気で満たされていた。僕を脅かすようにどこかで鳥がばさばさと音を立てて飛んでいった。どうやらこの森は僕を歓迎してないようだ。わずかな葉の間から木漏れる日の光がこの場に正常性を持たせ、それだけが僕を安心させた。


  

 僕の腰には剣が携えられ、藍色の外套を羽織っていた。さっきまで着ていた制服の面影もない。未だ混乱する僕だったが、早くこの森を抜けるべきことは明らかだった。


 

 しばらく歩いても、同じ景色が続くばかり。等間隔に林立する木々はどれも変わらず、僕を威圧するように周囲にそびえ立っていた。耳を覆いたくなるような恐ろしい獣の声が聞こえる度に僕は委縮した。同じ種類の同じ形の木が全く様子を変えずに生えているので、僕はただ辺りをぐるぐる回っているような感覚に陥った。そんなはずはないと分かっていたけど、剣で木に刻み目を付けていくことにした。木は少なくとも僕の見聞には無い木だった。バオバブのように太い。しかし、それにしては幹が多いし、葉の密生している感じもバオバブとはかけ離れている。根は地中深くに潜っているのか、地表に少しも現れない。


 

 

 こんな訳の分からない森の中に飛ばしたあの女を僕は恨んだ。厳かで清らかな超常的な存在の女を恨むというのはかなり度胸のいる行為であったけど、僕はどこかに感情を預けていなければ耐えられなかった。


 やがて、遠くから微かに水音が聞こえ始めた。踏む土の感触も少し柔らかくなった。初めて訪れた変化だった。僕は砂漠にオアシスを見つけた商人みたいな気持ちで水音に向かっていった。


 

 流れは緩やかで水は綺麗だった。喉がカラカラに渇いていた僕はそれを両手にすくって飲み干した。川の水は唇を潤し、喉を潤し、胃を潤した。カラカラに干からびていた僕の体はみるみるうちに生気を取り戻していく。

 

 川には何の生物の影も見られない。一筋の川がまっすぐ伸びているだけだ。奇妙なほどにまっすぐ伸びている川はどうも自然のものとは思えなかった。水路というほうが似合っている。


 

 川か水路かはこの際どうでもいい。僕は水の流れとともに森の中を歩いた。もう木に刻み目はつけない。


 

 思っていたよりすぐに森をでることができた。日の光を思う存分全身で受け止めて体を伸ばす。緊張が解けてどっと疲れがやってきた。今ここで横になったらもうすぐにでも寝てしまいそうだ。


 森が終わっても川はずっと先へと黙々と流れていた。数歩先に橋が架けられている。そこから人の手によって踏み固められた道が続いていた。


 橋を渡った先に立てられた看板を見て僕は戦慄する。


 『コレヨリ先、樹人ノ森。立チ入リヲ禁ズ。』


 ジュジン?

 

 そこで改めて、僕が今しがた出てきた森の全容を眺めた。それは森と呼べるような姿をしていなかった。バオバブのように太い木が地中から真っ直ぐに伸び、遥か高いところで幹を伸ばし葉を生やしている。それら一本一本はまるで人の手のようだった。風に吹かれて動く木々は意志でも持っているかのように動く人の手だった。幾本もの蠢く手は僕をその闇の中に引きずり込もうとしていた。僕はその場から逃げた。肺が痛みを訴えても転んで膝が裂けても構わず狂乱しながら走り続けた。誰かに見られていたら、僕は獅子から逃げる小鹿とでも勘違いされていただろう。




 随分離れたところで僕はようやく止まった。呼吸がままならなくなって止まらざるを得なかったのだ。いくら酸素を求めて吸い込んでも肺は激しく痙攣していて息を吐きだすことしかできない。そして次第に視界が霞んで、僕はその場に倒れた。




 






 



 

 



 

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