ウソ偽りない姿で出勤 2

「は~。ここは涼しいわね~」


手でパタパタと顔を扇ぎながらロビーを歩いていると、


「津田部長、お早うございます」


と、すれ違う社員達が私達に声を掛けて来た。


「はい、おはよう♡」


「津田部長、今日もお綺麗ですね」


「あらん、ありがと♡」


そんな声に紛れて、「美園さんも、お綺麗ですね」と珍しく私にも声をかけて来た男性社員がいた。


「え!?…あ、ありがとうございます」


一瞬、言葉に詰まったけど、私はビックリ&照れながらその人にお礼を言う。


その瞬間、グイッ!と雪ちゃんに腕を引っ張られ、事もあろうに公衆の面前でほっぺにチューをされた。


誰かが発した、『キャーッ♡』と言う声が、ロビーに響く。


「なっ!」


私はチューをされた頬を押さえながら雪ちゃんを見る。


「江奈はアタシのだからね♡ダメよ♡」


声を掛けて来た男性社員に向かって言っている雪ちゃんの顔は、笑ってるけど目は笑っていない。


男性社員は、すごすごと通り過ぎて行く。


私の口から、はぁ……と、溜め息が口から漏れた。


「……雪ちゃん。恥ずかしい」


グイッと、近すぎる雪ちゃんの顔を押し戻し、エレベーターへと歩き出す。


この嫉妬深さ、どうにかならないかな。


私の態度が気に食わなかったのか、雪ちゃんはブゥ!っと頬を膨らませて


「だぁって!あの男、イヤらしい目で江奈の事見てたんだもん!」


とありもしない事を騒ぎ立てる。


「……気のせい」


「気のせいなんかじゃないわよ!アイツ以外にもそーゆー目で江奈の事見てるヤツ、多いんだから!」


「だから気のせいだってば」


「気のせいなんかじゃないですー」


朝から「気のせい」「気のせいじゃない」を言い合っている私達を見て、通り過ぎる人たちがクスクス笑っている。


周りの人達は『微笑ましい図』として見ているかもしれないけど、私にとっては凄く面倒な時間。


だって、毎朝これだよ!?


最近は嫉妬を通り越していちゃもんに聞こえて来ちゃって。


(毎日こんなんじゃ、アレを言ったら雪ちゃんどうなっちゃうんだろ……)


実は、雪ちゃんには言っていないんだけど、あの事件から何人かの男性から交際を申し込まれた。


みんな口々に言うのは、『俺はノーマルだよ』って。


これを言えばOK!みたいな感じで。


私は女性の姿の雪ちゃんも、男性が好きな雪ちゃんも、全部をひっくるめて好きだし、そもそもそんな下らない事を言うヤツなんか興味ない。


だから、全部お断りしている。


こんな事を話されても気分悪いだろうし、このヤキモチが加速しそうだから雪ちゃんには一切言ってない。


「とにかく!注意しなさいよ!?」


「分かったよ」


「本当に!?」


「ホント、ホント」


「言い寄って来るヤツがいたら、すぐに報告しなさいよ!?」


「分かったって、しつこいなー。全部断ってるし、もうそんな人いないよ」


私のこの言葉に、ピタッと雪ちゃんの足が止まる。


「雪ちゃん?」


「『全部断ってる』………?」


雪ちゃんが反芻はんすうしたのを聞いて、私はハッ!と口を押さえた。


ヤ、ヤベー……。


今さっき、言わないって思い直したのに。


自分の中で気にしていたから出ちゃったんだろうな。


「……江奈ちゃん?それはどう言う意味かしら?」


笑っているけど笑ってない。


雪ちゃんの後ろで、ゴゴゴゴッ!と地響きが鳴っているかの様だ。


「いや、あの……」


丁度その時、社長兼秘書課専用のエレベーターが開き、私はラッキー!とそれに飛び乗った。


「じ、じゃあね、雪ちゃん!」


『閉』のボタンを連打し、ヒラヒラと手を振る。


「江奈!帰ったら覚えてなさいよ!?」


扉が閉まる直前に、雪ちゃんが叫んだ。



今日の夜は、こりゃあ大変だな……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る