ストーカー笹木の強行 1

キーンコーンカーンコーン――。



終業を知らせるベルが鳴る。


時計を見ると、いつもの様に17時を指していた。


「もう終わりか」


私は「んん~」と唸りながら伸びをする。


「っ……あ~!さてと、今日は残業もないし、帰ろっかな」


カバンを手に取り、いそいそと帰りの身支度を整える私の元に、


「あ、そう言えば」


と、急に何かを思い出した様に、カラカラとキャスター付きの椅子ごと咲希子がやって来た。


「なによ」


「さっき、アンタがお昼から帰って来るちょっと前に、アイツ来てたわよ」


アイツ、と言った咲希子のその言葉に、身支度を終えようとしていた私の手が止まる。


「……マジ?」


「マジマジ」


「何しに?」


「津田部長との事、聞きに来た」


「マジか……」


私は机に手を付いて、ガクッと項垂れた。


来るかな?と多少は予測をしていたものの、まさか数十分後にやって来るなんて……。早過ぎはしないか?


「あっと言う間に広まったみたいね、アンタと津田部長の事」


咲希子は、持っていたボールペンを鼻と上唇に挟み、椅子の背もたれをキコキコと揺らしている。


私はそれを見ながら、「呑気でいいな、コイツは……」と思った。


「ケータイに電話とかなかったの?」


「今日、慌てて家出て来て忘れた」


「あー……。じゃあ、着信凄い事になってるかもねぇ」


「やーめーてー」


咲希子の言葉に、背筋がゾッとする。


「気を付けなさいよ。早く帰らないとまた来るかもよ」


咲希子の台詞に、ガバッと時計を見た。


17時を10分程過ぎている。


笹木は営業課で、秘書課から離れた位置にオフィスがある。しかし、終業のベルと共に仕事が終われば、そろそろここに着く頃だった。


ヤバイかもしれない。


「お先っ!」


カバンを掴み、挨拶もそこそこに私は勢いよく廊下に飛び出した。


「わっ!」


「キャッ!」


なんの確認もせずに飛び出した為に、廊下にいた誰かとぶつかって私はおもいっきり尻餅を付いた。


「……っ、た~……」


うっすら涙を浮かべながら、打ったお尻を擦る。


めっちゃ痛い……。


「大丈夫!?」


聞き覚えのある声に、パッと顔を上げる。


そこには、尻餅を付いた私に手を差し伸べてくれている津田部長が居た。


「え?なんで……?」


「急に飛び出したりしたら危ないでしょ!ホラッ!」


私は、差し伸べられた手を掴む。


と、津田部長は軽々と引っ張り起こしてくれた。


「ありがとうございます。すみません」


私は、起こしてくれたお礼と、ぶつかったお詫びを言った。


「まったく……」


津田部長が呆れ顔で、スカートに付いたホコリをパンパンと叩き落としてくれる。


「ねえ、凄い音したんだけど、大丈夫??」


物音にドアからひょこっと顔を出した咲希子が、私の隣にいる津田部長を見て、あっ……と少し驚いた顔をする。


「……なぁんだ。ちゃんとお迎えがあるんじゃない」


状況を瞬時に察知した咲希子が、今度はニヤニヤし出した。


「え?あ、ちがっ……」


私は慌てて否定しようとしたけど、


「いーからいーから!その方が安全安心だし!津田部長。その子の事、宜しくお願いしますね。何があっても守って下さいよ!江奈、今度ゆっくり話聞かせてもらうから!じゃあ、ごきげんよう」


勘違いした咲希子が、おほほほと笑いながらオフィスへと戻って行った。


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