偽装彼女 2

会社を出て、食堂街へ向かう人達とは逆の方向に歩き出した津田部長。足が長いせいか歩く速度が速くて、私はかなり早歩きで付いて行く。


外に出た瞬間つないだ手は離れてしまったので、傍から見たら「個人個人で早歩きをしている人」の図になっているのではないだろうか?


やっと隣に追い付いても、津田部長は一言もしゃべらないので私は付いて行くだけ。


(どこに行くんだろう……)


結構な距離を歩いたから、とうとうお昼休みのOLやサラリーマンの姿は見えなくなった。


(一体、いつになったら着くの……?)


かれこれ5分は歩いただろうか、数歩前を歩いていた津田部長が急に閑静かんせいな住宅街へと続く路地にヒョイっと入って行った。


えっ!?と思い、一瞬足が止まる。


(ここ入るの!?)


どこからどう見ても、住宅街。この先にお店があるなんて、とても思えない雰囲気。


しかし、戸惑っている私なんてお構いなしに、津田部長はどんどん歩いて行ってしまう。このままでは見失ってしまいそうなので、慌てて掛け寄った。


追い付く手前で、津田部長が一軒の民家になんの躊躇ちゅうちょもなく入って行く。


(えっ!?)


私は再度驚きの余り、その民家の前で足を止めた。


別段お店をやっている様な雰囲気はなく、周りの家にちゃんと溶け込む様な、可愛らしいチョコレート色のレンガ造りの2階建ての家があるだけだった。


家主はガーデニングが趣味なのか、庭の手入れは行き届いており、草花が生き生きと誇らしげに咲き誇っている。


よくよく見てみるとその中に、小さい看板の様な板が埋もれていた。


その看板には、


『ガーデニングバー・*Hana*』


と、うっすらと書かれている。


(ガーデニングバー?って、え?バーって、お酒とか出す……?)


入り口で固まったまま動かない私を不思議に思ったのか、津田部長が「何をしてるの?」と声をかけて来た。


「いや、あの……」


「まあ、黙って付いて来なさいよ」


内心、大丈夫かな?と思いながら津田部長に付いて行く。


扉を開けると同時に、カランコロン――と、心地良い鈴の音が響いた。


津田部長の肩越しに、フワッとコーヒーのいい香りが私の横を通り過ぎる。


「……わぁっ!」


一歩足を踏み入れるとそこは、こんな都心のど真ん中とは思えない様な、レトロでどこか懐かしい雰囲気のお店だった。


お店の中をグルッと見渡す。


お店の調度品ちょうどひんはブラウンでシックに纏められ、店内には邪魔にならない音量でジャズが流れている。


コーヒーの香りとその見た目が、純喫茶を思わせた。


(あ、でも……)


よくよく見てみると、カウンターの向こうにお酒が並んでいる。


表の看板?にも書かれていたけど、ここは『昼はカフェ、夜はバー』になるお店なのだろう。


「あら、ゆきちゃん。いらっしゃい♡」


突然声がして、カウンターの下からヒョコッと一人の男性が顔を覗かせた。


ゆきちゃん……?


あああ。『津田雪哉つだ ゆきや』で『ゆきちゃん』か。


よいしょと言いながらその人が立ち上がる。歳は津田部長と同じか、少し上くらいだろうか。短髪黒髪で、耳には鮮やかなルビーのピアス。背丈は津田部長と変わらない位あって、大きい。

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