偽装彼女 1

津田部長のヒミツを知った翌日のお昼休み。私はコソッとある部屋を覗いていた。

お昼休みなのに電話は頻繁に鳴り、パタパタと社員達が忙しそうに走り回っている。


目線でオフィス内をグルッと見渡した。


(あ…居た……)


大体中央奥の窓際。目当ての人は、そこに座っていた。


昨日とはうって変わって、濃紺のスーツをビシッと着こなしている。短髪の艶やかな黒髪をオールバックに上げ(昨夜のロングヘア―はもちろんウィッグ)、銀縁の品がある眼鏡をかけていた。


ここは海外事業部。津田部長のオフィスだ。


なぜ私がここにいるのかと言うと、昨夜、津田部長が別れ際に『明日の昼休み、アタシのオフィスに来て頂戴』と言い残して去って行ったからだった。


何の意味があるのかいまいち分からず来てみたものの、なんだか入り辛い。部外者だし、みんなも津田部長も忙しそうにしているし。


私は、トン……と壁に背を付き、天井を見上げる。


「一人でご飯行っちゃおうかなぁ……」


「それじゃ意味がないでしょ」


「わぁっ!」


突然耳元で囁かれ、私はめちゃめちゃビックリした。そして、4~5cm位飛び上がった。


……ごめん、ウソ。そんな感覚がしただけで、実際飛んだのは1~2mm。でもビックリしたのは嘘じゃないから、驚かして来た人をキッ!と睨み付ける様に振り向いた。


そこには、目を丸くし私の驚きに驚いている津田部長の姿。


「津田部長!ビックリするじゃないですかっ!」


ったく、なんなのよ!?


私は囁かれた耳を手で押さえた。


う~。まだくすぐったい。


「そんなにビックリしなくても」


津田部長が、プッと吹き出し笑い出す。昨日見た儚い笑顔とは全然違う。

口を大きく開け、まさに大笑い。


(こんな顔して笑うんだ……)


私だけじゃない。大爆笑している津田部長に周りの人達も呆気に取られ、一瞬、業務がストップする。


シーン…と静まり返ったオフィスから、チラホラとコソコソ話が聞こえて来る。


『え?今の津田部長の笑い声?』


『津田部長、笑ってねぇ?』


『あんな風に笑うの、初めて見た』


『いやーん、部長笑ってる~♡』


それから、


『てか、部長の隣にいる女、誰?』


『秘書課の美園さんじゃない?』


『なんで?』


『秘書課がなんの用?』


と言う、段々私に矛先ほこさきが変わって来るコソコソ話が聞こえ始める。


そりゃそうだ。昨日までなんの接点もなかった私達が急接近しているんだから。


段々喧騒を取り戻したオフィスから、私達の動向を横目でチラチラ気にしている女子社員が数名。直視したら殺されるんじゃないだろうか、と言う殺気まで感じ取れる。


(怖っ……)


私はなるべくそちらを見ない様に務めた。

しかし、津田部長はそんな事には興味なさげに、「じゃ、お昼行こうか」と言って私の手を取り、恋人繋ぎをして来た。


「え、あの、手!」


「ん?ああ、嫌か?」


「い、嫌じゃないですけど……」


こんな事したら、さっき以上の殺気が……。


「だったらこのままで良いだろう?」


パチンっと津田部長の悩殺ウィンクが飛び出し、私含め数名の女子社員のハートを撃ち抜く。その証拠に「はぅっ!」と言う声が色んな所から聞こえた。


「さ、早く行こう」


津田部長に腕を引かれ、私たちはそのままオフィスを出る。



――数秒後、後ろから「いやーっ!」と言う女子達の叫び声が、地響きの様に鳴り響いた。

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