3:悪夢の世界 その1

「主殿を……殺した?」


 未緒が信じられないという顔をする。僕の強さをある程度知っている未緒からすれば、僕が殺されるなんてことは信じがたいのかも知れない。


「いや、殺された時って召喚されて2年間訓練しただけで、実戦は10回くらいだったかな。まだ全然剣技も魔法も使えない状態だからね。未緒と同じくらいだったかも」

「なるほど……」

「ボクの世界に来る前のことか。そこで殺されなかったら、レオに転生しなかったってことだね」

「まあ、そうなるね。感謝した方がいいのかな。真っ二つにされて手足をもぎ取られたと思うんだけど」


 ぼそっとつぶやくと、ふたりが顔を見合わせる。ぎこちない沈黙が居心地が悪い。


「あ、いや、気を使わなくてもいいよ。もう忘れてるから。なんせ20年以上前の話だし」

「じゃあ、これはなに?」


 僕の腕に手を添えたサフィが僕の顔をのぞき見る。


「なにって……」


 言われてようやく自分の腕がまだ震えているのに気づいた。


「忘れてるなんて嘘ですよね」


 未緒はサフィとうなずきあうと、僕の腕に手を重ねてきた。


「私もご一緒します」

「ボクも行くよ」

「妾も当然一緒じゃ」

「いくー」


 僕の影から跳び出したノアが僕の腕に手を乗せ、最後にアルジェがポンと肉球を重ねた。


「これだけいれば戦えるよ、レオ」


 笑いかけるサフィの顔を、僕は言葉も出せずに見つめていた。


「主殿?」


 我に返ったのは未緒の咳払いが聞こえてからだった。


「あ、うん、そうだね」


 かろうじてそう返す。

 思い返せば、サフィの笑顔と決断力にどれだけ助けられてきたのか。

 いじめで折れそうになって自殺まで考えていた時に召喚されて、訓練で鍛えられて何とか闘えるようになった。調子に乗って挑んだ中ボス戦では教官だった中隊長も粉砕され、僕は魔王軍の恐ろしさにまた折れて、そして、為す術もなく殺された。

 転生して赤ん坊からやり直せるとなった時、サフィの笑顔は僕の行動の指針になった。また召喚されて引き離された後も、サフィの笑顔を思い出して耐えてきたんだった。


「うん、大丈夫だ。その勇者を助けに行こうか」


 僕は立ち上がって部屋を出ると、尊巳の待つ部屋に戻った。




「受けてもらえますか!」


 返事をすると、尊巳は珍しく感情を表に出した。


「実を言いますと、武南がああなってしまったこともあって、なかなか志願者がいないのです」


 あんなヤツでも《ディヴィジョン》ではそれなりに強かったわけだ。こっちもそれなりに準備が必要だ。


「但し、交換条件つきです」

「わかりました。サフィさんの戸籍はなんとかしましょう。それと、追及しない……というところですか」

「理解が早くて助かります」

「仕方ありません。個人的には色々と伺いたいところですが……」


 尊巳がなにか言いたそうに僕を見る。イケメンの上目づかいに負けて、少しだけ譲歩する。


「まあ、後で少しなら」

「それはありがたい! 是非よろしくお願いしたい。しかし、今は仕事ですね。こちらにどうぞ」


 広間に向かう間、尊巳はあらかじめ用意していたアンカーふたつを未緒とサフィに渡した。


「帰還先はこちらに設定してあります。万が一のこともありますから」

「仕方ないか」


 いつもは自宅直帰なんだけど、不測も自体もありうる。


「では、お気をつけて」


 こうして、僕たちは尊巳に見送られて、異世界に送り出された。

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