1:穏やかな生活 その2

 サフィのいた世界シータ53から戻った時、サフィを一緒に連れてきてしまったのだった。なんのことはない。アンカーの範囲内にいたからだ。いつもなら周囲の確認をするところだったが、完全に忘れてた。もうこの世界に来ることはないし、サフィと会うこともないと思うと、かなりダメージを喰らっていたんだろう。

 で、とりあえず居間に通した。サフィというより、自分を落ち着かせるためだ。

 サフィが入ってくるまでの時間でどう説明しようかと考えを巡らせる。いやもうね、あれだけ必死に考えたのは生まれて初めて。最初にモンスターと戦った時よりも必死に考えたよ。

 よし、これで行こうってプランが出来たのは居間にサフィが入ってきた時。

 で、イスに腰を下ろしたサフィが放った一言でプランは吹っ飛んだ。


「どういうことか教えてもらえるかな、レオ?」

「へ? レオじゃないよ、イタルだよ?」


 わざと軽く応じたけど、サフィのすうっと細くなった目が怖い。

 それを見て、未緒が何かわかったという顔で僕にうなずく。


「主殿、覚悟を決めてお話しした方がよいと思います」

「ええっと? どういうこと?」

「私にはこの方の言葉が理解できませんが、『レオ』という名前と、それを口にした時の確信した口調は理解できました。主殿がレオだとわかっておられるのでしょう」


 バレてるのか。まあ、エルフは色々と鋭敏なところがある種族だし、サフィはとりわけ鋭いからなぁ。狩りじゃ相手にならなかったっけ。今は僕が獲物だけど。


「ボクとの結婚が嫌で逃げたのなら、それはボクのせいでもあるのでかまわない。でも、他に女の子を作っていたなんて」

「え?」

「しかも、顔まで変えて。そんなにボクが嫌いだったなんて思ってもいなかったよ」

「ええっ?」


 ちょっと待って!? 僕、二股した挙げ句、逃げた最低男みたいになってるの?

 鋭さが違う方向に行ってない、サフィ? 一周回って逆方向に行っちゃったみたいな。


「い、いや、落ち着こう、サフィ。な?」

「レオってやましいことがあると、顔に出るんだよね」

「え? 顔? 出てる?」


 さらなる混乱が呼ばれてもいないのに飛び込んできた。


「至クン、未緒ちゃーん、いるー?」

「ふあっ!?」


 なんでこんな時に、あの抵抗スキル持ちが来るの!?

 が、返事もしないうちに万里子は上がり込んでこっちにやって来た。


「あー、なんだ、いるじゃーん!」

「……なんで来るかな、きりきりまいのくせに……」

「至クン、なに真綿で喉絞められてるような顔してるの?」

「きりきりまいが絞めるのにちょうどいい荒縄を持ってきたからだよ」

「他にも親しい女の子がいるんだね」


 サフィの目がさらに細く鋭くなった。これは弓で獲物を狙って、確実に殺す時の目だ。この目で見られて仕留められなかった獲物はいない。


「え? なに? 修羅場ってる? わたしお邪魔だった?」

「自由に家に出入りできる女性がふたりもいるんだね」


 いや、待って! 二股どころか三股してた極悪男に格下げされてる?

 サフィ、鋭いどころか暴投になってるよ?


「うん、わたしは出入り自由なんだよ」

「ふうん」


 サフィの視線がレーザービーム並みになってきた。

 きりきりまい、おまえが出入り自由なのは合鍵を持ってるとかじゃなくて、結界が無効になるからだろ! 南京錠とか物理鍵を仕掛けるしかないな。

 が、サフィにはそんなことなどわからない。


「ボクから逃げて、こんなに可愛い女の子たちを集めて良い暮らしをしてるんだね」

「可愛いだって!」

「私もでしょうか」


 万里子だけじゃなくて未緒まで嬉しそうにする。いや、嘘じゃないけど、誤解の元だから。そもそも集めたわけじゃなくて、事故でたまたまこうなっただけで。サフィだって事故でここに来たわけで。


「あ、わかった! エルフちゃんはボクと未緒ちゃんが至クンの愛人で、愛欲にまみれてただれきった性活を送ってるって思ってるでしょ?」

「あ、愛欲にまみれ……ただれた生活……そうなの!?」

「何言い出すんだよ! 余計にややこしくなっただろ!」

「うんうん、健全な男の子の理想的な性活だもんね」

「いや、違うから!」

「え? 至クンって不能なの?」

「レオ、そうだったのか?」

「それも違うから!」

「では、やっぱり、ただれた生活を送っているんだね」

「だから! 僕がそういうことをしたいのはサフィだけだよ!」


 おお、言った~とか万里子と未緒が顔を見合わせて楽しそうにしているけど、サフィの方は僕のつい言ってしまった告白にも反応してくれない。


「なるほど。つまり、ボクと、そういうことをしたいのに、このふたりともそういうことをしていたってこと? それは不誠実だよ」

「してないし!」


 なんだか疲れてきた。


「だからね、サフィ。僕は――」

「まあ、いいや」

「え? いいの?」

「レオはボクを好きなままみたいだからさ。ボクは寛容だよ」


 そう言って、サフィは僕を真っ直ぐに見た。森のような深い緑の瞳が僕を映す。


「どういうことか話して」


 まだ誤解しているんだけど、とにかく話が出来る態勢になった。無駄に長かった……。

 そうして、ようやく、僕はこの世界のこと、召喚と転生のこと、今の状況を話すことが出来たのだった。

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