6:回収&やらかし その2
「こっちはまだだったか……」
気が重い。
出来ることならこのままここでサフィと暮らしたいくらいなんだけど、そういうわけには行かない。何と言っても、今の僕はレオじゃない。
「キミはいったい……」
「えーっと、それ以上訊かずに忘れてくれると助かるんだけど」
「こんな光景を見せられて忘れるなんてできっこ――」
サフィは言葉を途中で切ると、首を振った。
「そうだよね。多分、ボクなんかの理解の及ばない世界から来たんだよね。だったら、聞いても無駄だよね」
「サフィは昔から理解が早くて助かるよ」
マズい。つい口が滑った。が、何も知らないふりをして続ける。
「あー、そうだ! シェイーもそろそろ動けるようになるだろうから、小屋で迎えに来るのを待つといい」
「あ、ありがとう……」
サフィは礼を言うと、素直に小屋に向かっていった。とりあえず、これで問題はなくなった。僕の気持ち以外には。
メランコリックに沈み込んでいると、ノアが影から現れた。
(ふむ……。主様、ここから世界を繋ぐラインが伸びておるぞ)
「ここから?」
ノアが示したのは何の変哲もない森の一角。小屋から森へ入る辺り。目印になる物もない。どうしてこんなところに……。
(繋がっておるのは、主様の世界じゃのう)
「僕の? 元の世界ってこと?」
(妾たちがやって来た世界じゃな)
ノアはそう言って空を見上げた。
上位世界は上にあるイメージだが、ラインも上に繋がっているのか。それとも、ただの比喩なのか。
僕は周りを見渡した。見覚えはある。何度もこの小屋で薪を拾ったり、狩りをしたりしていた。サフィとも来たことがある。
そんなことを考えていて、不意に思い出した。
ああ、そうか。ここは僕が召喚された瞬間にいた場所だ。サフィとの結婚式のための料理に使おうと、木登りウサギを捕まえようと思ってやって来たんだ。
「僕……か……」
(そのようじゃな。主様の魂がこの場所と繋がり、そして、世界同士を繋げておる)
「HOWの連中がたどってきてこの世界に来たのは、僕のせいなんだな……」
つぶやいた途端、怒りがこみ上げてきた。
サフィの世界を勇者どもに! 危険に! さらしたのは、僕だったなんて! 守るが聞いて呆れるじゃないか!
「佐久良さん、僕を殴って!」
「あの、主殿?」
「そうでもしないと気が済まない」
「いや、しかし、それは主殿のせいでは……」
「殴ってくれないと、僕は全力で自分を魔法で叩く!」
「殴ります! 殴りますから! 行きますよ!」
未緒は目をつむって平手で頬を打った。パチンと頬が弾ける。
その様子は未緒らしくないけど、かわいいのだけど――
「殴ってって言ったよね? 蚊でも止まってた?」
「わかりました! 本気で行きます! 主殿、失礼する!」
拳を固めると、未緒は今度こそ右ストレートを頬にえぐり込むように打ち込んだ。
「……う……」
「主殿!?」
「ちょっと効いた」
「申し訳ありません!」
「いや、いいんだって。僕が言い出したんだから」
熱を持った頬をなでながら、ノアが示した事実に向き直る。
「じゃあ、このラインを消せば、もう誰もこの世界には来ないってわけか」
(そうなるのう)
「消せる?」
(妾ならば可能じゃ)
「でも、それじゃ、主殿はもう……」
未緒が言いたいことはわかった。僕はこの世界には来られなくなる。あれほど焦がれてきたこの世界――サフィのいる世界に。
「いや、いいんだ。僕はこの世界とは関係ない存在なんだよ」
「主殿……」
(かくて主様は妾と愛欲の日々を過ごすのじゃ。悲しいわけなどないであろうが。のう?)
「そういう予定はないけど、ノア、やってくれ」
(承知じゃ。妾たちの未来のために過去を切り離そうぞ)
ノアは僕の影を伸ばすようにして移動し、ラインがあるという地点に立ち上がった。そこで祈るように手を重ね、屈み込んで地面に額をつける。
ぼうっと地面が光った瞬間、かすかな痛みが全身に走った。
別に自分の体を切られたわけじゃない。しかし、なにか大事な物が切られてなくなったという感覚だけがあった。
(滞りなく終わったぞ、主様)
「そうか。ありがとう。じゃあ、戻るか……」
アルジェは小さいサイズに戻り、ノアと共に僕の影に引っ込んだ。未緒が脇に並んだところでアンカーを取り出し、安全装置を弾いて外し、ボタンに親指をかける。
一瞬、このままアンカーのボタンを押さずに、この世界に留まることも考えた。しかし、未緒にとってはただの異世界でしかない。未緒だけ戻っても、彼女にとってあの世界は異世界だ。連れてきてしまった責任を放棄したくない。
もうこんな想いを味わいたくない。味わわせたくもない。異世界召喚はどんな方法を使っても終わらせてやる。
僕はそう誓った。
「……さようなら」
サフィのいる小屋に背を向けると、僕は爪が白くなるほど強くボタンを押し込んだ。
一瞬、何かに引っかかったような抵抗を感じたけど、すぐに目の前の光景は見慣れた我が家の庭になった。
戻って来たな……。もう2度とあの世界には戻れない。もう少し……アンカーの限界までいてもよかったかな。
「あの……主殿?」
横にいる未緒が戸惑った声をかけてきた。
「ごめん。後にして……。今は何をする気力も出てきそうもないんだ」
「それが、その……お気持ちはわかるのですが、早めに対応した方がよいかと思います」
珍しく曖昧に濁したような言い方に違和感を感じる。
ん? なんか、服を引っ張られたような感覚がする。塀の出っ張った釘に裾を引っかけたかと思って振り返る。
「へっ?」
サフィが僕の裾を掴んで、固まっていた。
ああ、その瞳に見つめられていると心臓がドキドキするじゃないか。
いや、そうじゃない!
「えっと、イタル……? ここ、どこかな?」
ここは僕の家の庭で、僕はイタルで、君はサフィで……。
ダメだ。頭が混乱して現実の認識に追いついていかない。
こ、これは――。
(主様よ、やってしもうたのう)
ノアが面白そうに笑う。
おもしろくない! ライン消しちゃったのに!
「異世界誘拐しちゃったよ!」
しかし、この時、僕は重大な見逃しをしていた事に気づいていなかったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます