6:回収&やらかし その1

 グリーンドラゴンはいつも緑色というわけじゃない。森に住み、目立たない姿と言うことで、緑だったり、茶色だったり、その場に相応しい色に変化する。カメレオンのような生体迷彩というところか。

 しかし、それ以上に面倒なのは気配を完全に消せると言うことだ。それで獲物に接近してパクリ。それが捕食パターンだ。

 エルフしかこの森で暮らせないのは、ひとつにはグリーンドラゴンが棲息しているせいだ。同じように気配を消せるエルフ以外は無理なのだ。


「こ、こいつ、なんだぁ!?」


 勇者たちは完全に腰が引けて戦意喪失状態。

 未緒は恐怖に足がすくんで動けない。

 今はパクッといった獲物をクチャクチャと咀嚼しているので動かないが、このまま放置すれば全員餌だ。


「アルジェ、出番だ」

「やっとー!」


 僕の影から真っ白なもふもふが跳び出した。不思議なことにこの闇の中でもアルジェの体は白く輝いて見える。


「おっきいトカゲ倒せばいいんだね?」

「うん、遊んでやって」

「はーい!」


 真っ白な豆柴がまるで遊びに行くように十倍もの大きさがあるグリーンドラゴンに向かって行く。

 うん、微笑ましい光景だ。

 腰が抜けた未緒に物理障壁を張り、同時にサフィも同じように守る。とりあえず、これで大丈夫だろう。


 勇者もどきたちは悲鳴を上げながら逃げ出した。ああ、勇者たる者グリーンドラゴン程度でこれはいただけない。まあ、僕も単独で倒せるようになったのはこの世界に転生して10年かかったけど。


 グリーンドラゴンは自分に向かって来た白いイヌを見ると咀嚼を止めて咆哮を放った。食われていた勇者もどきの残骸が顎からぽろりと落ちる。

 アルジェが怯むことなく突進すると、グリーンドラゴンは前肢を持ち上げ、アルジェを叩き潰そうとした。

 さっと横っ飛びしてかわすと、アルジェはドラゴンの肢に飛び乗って体を駆け上がる。

 ドラゴンは前肢で払いのけようとするが、アルジェの素早い動きにはまったく着いていけない。

 が、背中に回り込もうとしたアルジェをドラゴンの長い尾が捕らえた。弾き飛ばされて木に叩きつけられる。一抱えもある幹がへし折れ、アルジェは地面に落ちた。


「アルジェちゃん!?」


 我に返った未緒が悲鳴を上げる。


「だいじょうぶー! よいしょっと!」


 アルジェは平然と起き上がると、全身をブルンッと振るった。全身の毛が逆立ってさらに丸く見える。


「遊んでる途中悪いけど、殺っちゃって」

「わかったー、あるじー」


 アルジェは元気よくうなずくと、首をのけ反らせて雄叫びを放った。犬の、というより、狼の遠吠えをさらに深く力強くした長々とした叫び。

 両前肢をトントンと前に伸ばし、後ろ肢を左右に広げて踏ん張る。さらに雄叫びを放つと、一気にグンッと伸び上がる。比喩じゃなくて本当に膨れ上がった。

 その姿はすでに豆柴ではなく、巨大な狼だ。


「いくよー、トカゲさん!」


 僕の倍を優に超える体高になったアルジェは、それでもその倍以上あるグリーンドラゴンに挑みかかった。


 こっちは任せておいても大丈夫だ。僕は勇者もどきに注意を戻す。


「ひとり減ったけど、やったことの責任はとってくれるよね?」


 精一杯穏やかな笑みを浮かべたつもりだったけど、3人の勇者もどきは喉の奥に引っかかったような悲鳴を漏らしただけだった。無責任だなぁ。


「な、なんなんだ、あれは!?」

「グリーンドラゴンだよ?」

「そうじゃない! あの白いヤツだ!」

「僕の眷属、神獣フェンリルのアルジェだけど?」


 グシャとかバキッとか派手な破壊音を上げながらモンスターバトルが繰り広げられているのをバックに、仲間を紹介する。


「フェ、フェンリルってそんなモンスターがどうして……」

「おまえみたいな化物がいるなんて聞いてねぇぞ!」

「化物って失礼だなぁ。まだ全然力使ってないのに。ねえ?」

(そうじゃな。主様は指を動かしたくらいじゃのう)

「ひいっ!?」


 ノアが影から伸び上がっただけで飛び上がらんばかりの驚きよう。勇者向いてないんじゃないかな、こいつら。


「ノアみたいな美人に失礼だろ、その態度」

「あるじー、終わったよー」


 緑色の血まみれになったアルジェが戻って来て、勇者もどきたちがまた悲鳴を上げる。本気で異世界向いてないな、こいつら。


「ご苦労様。どうだった?」

「あんまり歯ごたえがなかったー」


 歯ごたえというのが戦いのことなのか、噛みごたえのことなのか、それは訊かないようにしよう。ドラゴンの尻尾を食ってる様子はイカのゲソを食ってるオッサンみたいだけどな。


「アルジェは犬じゃなかったのですか」


 未緒が緑の血まみれになったアルジェを見上げる。このサイズになったアルジェは犬には見えないだろう。


「聖獣フェンリルの子供だよ」

「フェンリル?」

「北欧神話の巨大なオオカミだな。以前いた世界で拾った」

「あるじ拾われたー!」

「僕に拾われたんだろ。しかも、僕を食べようとしたくせに」

「え?」

「あるじ、あんまり美味しそうじゃなかったー。おなか減ってたからぜーたく我慢」

「よく食べられませんでしたね」

「あるじ、ご飯くれたー」

「食べ物で釣ったのですか」

「まあ、あの時は必死で美味しそうなのを作ったなあ」

「料理が出来て助かりましたね」

「いやホント。異世界に行くならフェンリルに食われないように料理の基本くらいは覚えとかないといけないよ」


 そうこうする間に勇者もどきが集まってきた。死んだひとりを除いて全員を集める。さすがにアルジェを見て逃げようなんてヤツはいない。空間跳躍スキルの持ち主はどうやらドラゴンに食われたヤツだったらしい。


「じゃあ、全員のアンカー出してもらえる?」


 素直に差し出されたアンカーをまとめ、戻り先を《ディヴィジョン》本部に書き換える。座標を僕のアンカーにも記憶してあるものにコピペするだけなので、さほど難しいことじゃない。誰もやらないだろうけど。


「じゃあ、合図したらアンカーを作動して。その前に記憶を消させてもらうけどね」


 こいつらの性格からして《ディヴィジョン》に合うとは思えない。その上、僕のスキルも見てるので、先に処理しておくに越したことはない。


「はい行ってよし」


 処理を終えてぼんやりしている勇者もどきたちは素直に元の世界に戻っていった。後は《ディヴィジョン》に任せる。僕は知らない。


「片づいたな……」


 パンパンと手を払ったところで、サフィが僕をまじまじと見ているのに気づいた。

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