5:勇者たちの襲撃 その3
何度も何度も召喚を繰り返されて幾つもの世界で弄ばれてきた。正直、思い出すのも辛い目にあったこともある。文字どおり死んだことだってある。それでも耐えられたのは、サフィのいる世界だけは無事だって思っていたからだ。
この世界で暮らした16年間、異世界からの召喚なんて聞いたことがなかった。つまり、この世界はそんなにひどい脅威にさらされてないし、そういう技術もないんだろう。だから、僕は耐えられた。サフィが無事だと思っていたから。それだけが支えだった。
でも! それをこいつらが! 踏みにじった!
「なんだ、おまえ!?」
「《ディヴィジョン》か!?」
「はっ! あそこの腰抜けに何が出来る!?」
なんだおまえはだって? こっちのセリフだろ? サフィを襲って、あんな姿にして、なんで上から目線で僕をバカにしているんだ?
「殺るぞ! 術式展開:雷撃――」
「紅蓮の炎よ! 我が敵に至りて――」
「やかましい!」
腕を僕に向けて魔術と魔法の詠唱を始めたのを一喝し、僕は人差し指をピンと弾いた。
飛ばしたのは米粒。しかも、アイテムボックスに入れておいた握り飯から一粒拝借したもの。ちなみに具はほぐしたシャケ。
勇者だかなんだかは米粒を食らってもんどり打った。
「なっ!? なんだ、てめえ!? 詠唱もなしに魔術を使いやがって!?」
「魔術じゃない。物理だ。それに詠唱なんて飾りだよ。君たちにはわからないだろうけどね」
「すかしやがって! てめえも同じ穴の狢だろうが!」
「食らえ!」
死角にいた3人目が放ったのはナイフだった。死角と言っても別の勇者の陰にいたってだけで、索敵には引っかかってるから見えてるんだけど。
片手で障壁を作ってナイフを弾くと、跳ね上がったナイフの動きをコントロールして相手に投げ返す。狙い過たず、相手の手のひらを貫いた。
「ぎゃっ!? な、何だ、今のは!?」
「ただの障壁だよ。魔法障壁と言った方がいいのかな」
「魔術じゃなくて魔法だと!?」
「魔術も魔法も基本は同じだよ。ついでに言うと、超能力も大して変わらない」
「だからなんでどっちも使えるんだ!?」
「魔法と魔術の統一理論を見つけたからさ。違うのは精霊術くらいだね。興味あるなら説明するけど?」
「はぁ? ざけんなよ!」
「こっちは3人だ。一気に仕掛けるぞ」
「ああ、殺ってやるぜ!」
3人の勇者たちは1対3ということで気が大きくなったのか、それともただのバカなのか殺りあうつもりになった。僕からはステータスが丸見えなんだけど。
全員のスキルレベルからすると、まだゴブリンなどの初心者向けモンスターを10匹程度倒したくらいだ。まともにエルフを相手に出来るわけもない。スタンガンやテーザーガンで動けなくしてから拘束して運んできたんだろう。
「時間の無駄はやめようよ」
紳士的に提案したけど、まあ、聞く気はなさそうだよね。まあ、こっちも許すつもりはないけど。全然。
「なめるな!」
「術式展開:雷陣。湧き上がれ!」
「炎の槍よ、我が敵の頭上から降り注げ!」
ああ、アクビが出そうになった。
加速スキルで真っ直ぐに殴りかかってきた勇者もどきA。
魔術で下半身を狙って動きを制限しようとした勇者もどきB。
魔法の炎で僕の頭を貫こうとした勇者もどきC。
動きを止めつつ、炎と雷でダメージを倍増しようという狙いはいい。でも、すべての動きが遅い。アクビが出そうなほど遅い。大事なことなので2度言いました。
殴りかかってきた勇者もどきAは無視。なんせいつまで待っても拳が飛んでこないんだから。
魔術と魔法に対してはそのまま受ける。足元に閃光が走り、炎が僕の周りに降り注ぐ。外から見ると炎が当たっているように見えるかもしれないけど、三角錐の形に防御陣を張ったので全部外れてしまう。。
忘れた頃に勇者もどきAが突っ込んできて、弾き返された雷に感電して自滅。これはみっともない。
「「ばっ、バカな!?」」
無償で立っている僕を見て、勇者もどきB&Cが声を揃えた。
「で、次はどうする?」
僕が一歩踏み出すと、ふたりはじりじりと後退する。ひとりは感電して痙攣している。
と、ふたりの表情に笑みが浮かんだ。
「おい、てめぇ! そこまでだ!」
声に釣られて振り返ると、未緒が羽交い締めにされていた。背後にいるのは最初に外に放り出した男だ。大方気絶してるふりでもして未緒の油断を誘って襲ったんだろう。未緒は人を斬ったことはないし、倒れてる相手に対して疑いの目を向けられるほど経験もないから仕方がない。
「主殿……申し訳ありません」
「ほらほら、武器を捨てろってんだっ!」
未緒を羽交い締めにした男は大真面目に叫んだ。
正直言っていい? これほど間の抜けた脅しは初めて聞いた。素手で対峙してる相手に向かって武器を捨てろだって。
仲間たちもそう思ったのか、バカにした声を上げて笑い出す。
「かまうこたぁねぇ! 殺っちまえ!」
「こいつ、結構強そうだから、殺ればレベルひとつくらいは上がるぞ」
「覚悟しやがれ」
違った。僕を笑ってるらしい。
レベルねぇ。上がるだろうね。でも、ひとつやふたつじゃないよ。序盤でラスボス倒したくらいに上がると思うよ。
殺れればね。
(主様……来るよ)
ノアが注意を促すまでもなく、すでに察知していた。この森で大きな音を立てると面倒なことになる。
「未緒、しゃがめ!」
僕の叫びと同時に未緒は背後の男の脇腹に肘鉄を入れ、体重をかけて腰を落とした。
「てめっ! 殺し――」
男の罵声は途中で切れた。
代わりにネチョッと湿った音がして、グチャグチャと咀嚼音がする。
「未緒、後ろを見ずにこっちに走れ」
しかし、未緒は急に自由になった事を訝しんで振り返ってしまった。
そして、男が食われているのを見てしまった。
未緒の動きが止まる。完全に動きを封じられてしまった。
いくら剣術や格闘術を収めて、恐竜みたいなモンスターを切り倒せても、人を食っているところを見るのは強さとは別のものが必要だ。僕もずいぶんゲロゲロしたし、足がすくんだ。
この森の主グリーンドラゴンは食いちぎった上半身を飲み込み、地面に倒れた下半身を長い舌でからめ取って口に運んだ。
そして、次の獲物を物色するように目をギョロッと動かし、未緒に目を止めた。
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