5:勇者たちの襲撃 その1

「サフィール! ローンスの娘が掠われた!」


 走ってきたのはエルフ男――昨日会ったシェイーだ。

 しかし、僕とサフィの様子を一瞥したと同時に、用件など忘れたように手に持った槍を構える。


「貴様、サフィールに何をした!?」

「だっ、大丈夫だから! ちょっと目にゴミが入っただけだし」


 慌ててサフィが目をこすると、シェイーは一旦槍を下ろしたが、すぐに疑わしげに僕をにらみつけた。


「こんな時間になに――」

「それより! ローンスの娘がどうしたって?」

「ああ! そうだ! 例の連中に掠われたみたいだ。村の外に向かったって報告があった」

「やっぱり、あいつらが誘拐犯か。追うよ!」

「僕も行こうか?」

「よそ者は関係ない! まして怪しい人間なんぞ一緒に連れて行けるか!」


 申し出は冷たく蹴られた。サフィは一礼し、ふたりは駆け出す。


「助力は要らないでしょうか?」


 未緒が尋ねる。言葉はわからなくても状況で理解しているのだろう。


「この世界のことは任せといた方が良いよ」

「そうですか」

「うん。そう。戻ろう」


 僕はサフィの走り去った方を一瞬だけ振り返ると、すぐに宿に戻り、ベッドに寝転んだ。

 寝る気になれないまま、天井を見上げて過ごす。


(主様も素直になれぬのう)


 ノアがおかしそうに笑った。


(あのエルフの女子が気になっておるのじゃろ? 素直に助けてやればよいものを)

「この世界のことならこの世界の者が対処した方が良い」

(しかし、相手はこの世界の者ではなかろう?)


 自分でもおかしな理屈を言っているとはわかっている。これ以上サフィに関わると、離れたくなくなる。それが怖かったのだ。


 そんなことを考えながら、ノアとやりとりしているうちに時間は過ぎていった。そろそろ寝ようかと思った頃になって、不意にノアから伝わる声が急に変わった。


(主様、外に何者かが這いずっておるぞ。これはさっきのエルフ男じゃな)


 這いずって来るって、邪神じゃあるまいしと突っ込みながら窓から飛び下りると、シェイーが本当に這うように歩いていた。


「おい、どうした!?」


 助け起こすと、シェイーは焦点の定まらない目で僕を見て声を上げた。


「た、助けてくれ! サフィールが連中に掠われた!」


 スウッと背筋に冷たい物が通り抜けて頭が凍りついたような感覚になる。気がついたらシェイーの胸ぐらを掴んでいた。


「なんだって!? あんたは何してたんだ!?」

「いきなり背中を狙われて、全身が痺れて動けなくなったんだ。やっと回復して、ここまで来た」

「診せてみろ」


 シェイーの背中を見ると、服に焼け焦げた痕がふたつ。距離が離れているのでスタンガンじゃなくて、テーザーガンのプローブが当たった跡だとわかった。あいつらこんな代物まで持ち込んでるのか。


「連中の気配は4人だった。全員前方にあったのに、いきなり背後に現れてこのざまだ」


 エルフの策的能力は人間以上だ。それが把握できなかったと言うことは、空間跳躍系のスキルの持ち主。そいつがテーザーガンを持ってるわけだ。日本じゃ販売出来ないから、密輸か。HOWにはヤバいルートがあるらしい。まさか拳銃やサブマシンガンなんて持ってないだろうな。さすがにそっちの経験はない。

 気は急くが、情報はできるだけ欲しい。息を落ち着かせてシェイーに尋ねる。


「前から誘拐事件はあったのか?」

「半年ほど前からだ。比較的若い女ばかりだ」

「比較的?」

「100歳以下だな」

「あ……」


 エルフの年齢はぱっと見じゃわからない。成年までは人間と同じように成長するけど、その後いきなりスピードが落ち、100歳以上にならないと大人という感じではない。

 つまり、HOWの連中は見分けがつかないから100歳でも平気で掠ったんだろう。自分の婆さん以上の女性を犯しているなんて知らずに。


「犠牲者は、その、乱暴にされただけか?」

「いや、抵抗して殺された者も多い。エルフは気位が高いからな。人間などに辱めを受けるくらいなら死を選ぶ」


 そうだよな。16年もエルフの近くにいればそれは理解できる。村のエルフは比較的対等に接しているけど、それでも何かの拍子に態度に表れる。まして村の外、森のエルフはあからさまで隠そうともしない。そんなエルフが人間に辱められたらどうなるか。サフィならどうするか。


「そいつらはどこに行った?」

「森の奥へ。多分、小屋だ」


 森で木こりや薪を集める時の作業小屋がある。夜なら人がいないので、打ってつけということか。


「わかった。あんたはここで待ってろ」

「いや! 俺も――」

「その体じゃ足手まといだ。行くぞ、未緒」


 相変わらず忍者のように従ってくる未緒に声をかけ、森に向かって走り出す。


「時間がもったいないな。未緒、おんぶと抱っこ、どっちがいい?」

「え? あの……」

「じゃあ、抱っこね」


 返事を聞かずに未緒をお姫様抱っこする。


「へっ!? あ、主殿!? まさか、また!?」

「口閉じておいて。身体強化」


 全身を強化し、一気に駆け出す。アスファルトないけど地面に斬りつける勢いで暗闇を走り出した。


「この前と違うううううっ! あるじどのおおおおおおおーっ!」


 未緒の悲鳴が深夜の辺境に響いていた。

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