4:昔の恋人 その3
「……何もできなかった……」
夕方になった。
昼間1日サフィがつきまとっていたせいで、HOWの連中の動向を探る事がまったくできなかった。
「主殿、お疲れ様でした」
未緒の同情のこもった声に癒される。未緒も一緒にいたが、言葉が通じないので、相手していたのはほとんど僕だ。あまり感情を表に出さない未緒が同情するんだから察して欲しいレベルだ。
「とても……その、おもしろい方ですね」
「まあね。あれでも抑えてた方だと思うけど」
「え……?」
「僕のことを探ってた感じだし」
「正体を明かすつもりはないのですか?」
「言っても信じてもらえるとは思えないし、それにまた戻ってこられるとは思えないし」
「それでも、探していたのではないのですか?」
「うん。まあそうだけど、元気でいるのを見られたからいいよ」
「主殿が納得されているのならいいのですが……」
「この話はここまで!」
何度も自問して出した結論が揺らぐのが恐ろしくて、僕は話を一方的に打ち切った。
深夜、寝静まった頃、ノアが僕にしか聞こえない囁きで起こした。
(主様、起きておるか?)
ノアはいつの間にか僕の上にまたがっている。重さはほとんどないので、わからないのだ。そのくせ実体はあるのでシーツをめくって潜り込める。精霊はなんでもありだ。
(どうじゃ? この体でも主様の卒業をしてもよいぞ?)
ノアはそう言いながら股間をこすりつけてくる。
「幼女を犯す趣味はないの」
(これはこれで具合が良いと思うのじゃが……。レオの時の主様は泣いてよがっておったが?)
「ぐ……。あの時はメンタルぼろぼろだったんだよ」
(可愛かったのう。おっぱいにむしゃぶりついてきて、妾はなにやら初めて感情といえるものがわき上がってきおったわ。あれが母性本能というのかも知れぬなぁ)
「ええい、それ以上言うな」
(それはそうと、外にサフィなる女がおりますぞ)
「それを先に言え」
僕は未緒を起こさないように静かに身を起こすと、ノアの影の道に落ちた。
「なにか用ですか?」
「ひゃっ!?」
サフィの背後に現れると、サフィは驚きながらも僕から逃れるように跳び、身を翻しざまに短剣を抜いて構えてみせた。こりゃ凄い。エルフは総じて身のこなしが軽いけど、僕といた時、サフィはここまでじゃなかった。数年で腕を上げたんだな。
「おどかしてごめん。うろうろしてるのが見えたから」
「キミか!? エルフよりも気配を消すのが上手いなんてありえないよ」
自尊心を傷つけられたと、サフィは頬を膨らませる。まあノアの力は反則だけどね。
「話したいことがあったんだけど、迷っててさ。ちょっといい?」
「ここまで出てきてダメって言っていい?」
「それはダメ」
「だよね。じゃあ、ここじゃなんだし、人気のないところに行く?」
「恋人さん放ってボクを落とそうって?」
「未緒はそんなんじゃないよ」
「へー、そうなんだ。じゃあ、どうなってもいっか」
サフィはそう言うと、松明の明かりが届かない真っ暗な物陰に僕を引っ張っていった。
「ここなら何をしても気づかれないね」
明るい声でそう言うと、サフィは僕に顔を近づけてきた。ヤバい。鼓動がうるさいほどだ。
「で、訊きたいんだけどさ」
気づいた時には首筋に冷たい物を押しつけられていた。ナイフだ。エルフが使うナイフは切れ味が良い。手術で使うメスみたいだと思った。もちろん取り扱いも難しい。
「なんでしょう?」
「落ち着いてるね。わかってた?」
「いや、心臓バクバクだよ」
「……そうみたいね。買いかぶってたかな。それとも、こうやって襲われるのが好きなの?」
「そういう性癖はないと思うなぁ」
いや、実際にはサフィの息がかかる距離まで密着して踊り出したいくらい喜んでるだけなんだけど。
「……やっぱり落ち着いてる。修羅場を潜ってきた猛者みたいね。子供みたいなのに」
「ああ……まあ、色々経験してきたから」
「帝国の間諜? それともエルフを誘拐してる連中の仲間?」
「どっちでもないって言ったら信じてくれる?」
「……ダメね」
サフィはナイフを押しつける力を一瞬強くした。少し切れたかもしれない。が、すぐに力を抜く。
「あなたは自警団かと思ったら、王国の兵士なのかな?」
「傭兵みたいなもの。――って、どうしてキミにこんな話してるんだろ?」
急に真顔に戻ったサフィはナイフを持った手に力を加える。しかし、ナイフの刃は直接僕に当たっていない。
「ね? ボクを見た時、サフィって呼んだでしょ?」
「いや、だからあれは『寒ぃ』って――」
「エルフの耳をバカにするんじゃない!」
「バカにしてないよ。綺麗な形じゃないか。尖り具合が良い。芸術的だね」
「なっ、なに言ってんのよ!?」
エルフの耳の形を褒めるのは、称賛だ。特に女性に対しては口説き文句にもなる。サフィを口説いたことはなかったよな、そう言えば。
「サフィっていう名前は親しい人しか呼ばないの! あなたが呼んでいい名前じゃないの! 家族以外はレオだけ! 家族はこの村から出たことはないから、知ってるのはレオだけなのよ! あなた、レオを知ってるんでしょ!?」
「……いや、僕は――」
「レオは婚約者よ。結婚式の前日、狩りに行ってくるって言って森に行ったきり、帰ってこなかった! 探しても死体もない。逃げたんじゃないかって言われた。ボクに愛想尽かしたんじゃないかとか、エルフ相手は嫌だったのかとか、周りからも色々言われた」
うん、そんなことはないよ。絶対。
サフィは僕の世界の基準でも凄い美人だし、明るいし、ちょっとオタクっぽい思考は特徴的だけど、僕は気にならないし。
僕は死ぬまでここにいるつもりだったよ。だいたい、サフィとはまだキスもしてなかったんだから。
召喚さえなければ。召喚がまた僕の人生を奪わなければ。
「レオはボクから黙って逃げるなんて事はしない! レオが好きなんだ! キミ見てたら、どうしてかレオのこと思い出すの! 何か知ってるでしょ!? お願い、教えて!」
こんなに僕のことを想ってくれてたとはまったく知らなかった。というか、これほど情熱的だったなんて思いもしなかった。幼馴染みで何でも知ってるって思い込んでたのかもしれない。
「レオを……知ってるよね!? 会ったことあるでしょ!?」
「僕は……会ったことは……ないよ」
舌が強ばって上手く動かないけど、それだけを答えた。嘘じゃない。
「そう……思い違い……みたいだね」
サフィはナイフを下ろし、僕から半歩身を引く。
と、サフィの背後の暗闇に抜き身の刀を構えている未緒の姿が見えた。僕を守ろうとしていつでも斬れる体勢をしていたのだろう。僕が首を振ると、刀を収めた。
「ごめんね」
サフィはうつむいたまま、その場を逃げるように去ろうとする。
そこにノアが遠慮がちどころか面白がっているふうに割り込んできた。
(主様よ、愁嘆場のところ悪いのじゃが、誰か近づいて来よるぞ)
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