4:昔の恋人 その2
「主殿、起きて下さい」
朝、僕を起こしたのは未緒のモーニングコールだった。ただし、強ばった声の。
「ん? おはよう」
「どういうことかご説明をお願いしたい」
「ごせつめい?」
言うまでもなく、僕は寝起きが弱い。何と言っても寝ぼけて答えた名前が魔王の名前になってしまったくらいなのだ。
「なぜ、ノアと同衾しているのでしょうか?」
横を見ると、ノアの闇のように黒い体が僕の体にくっついていた。
「ああ、また潜り込んでたのか……」
「また? いつもこのような……ふしだらなことを?」
「毎日じゃないけどね」
「それでは家にいた時も……」
「うん、そうだね。ノアは僕の精気を食べるからさ」
「まさか、せいきを……口で……」
「口でも食べるのかな? だいたい体で吸い込んでる」
「体に……せいきを……入れ……ふしだらな!」
「ええっ!? どうして?」
(そこな女子は勘違いしておるのだ。生気ではなく、主様の硬い棒だとな)
ノアはいきなり布団を跳ねのけた。
未緒は朝で元気になっている僕の股間を凝視したかと思うと、風を斬って右手が飛んできた。僕のスキルを持ってしてもかわせない平手打ちだった。
それから口も聞いてくれない未緒にノアの生態を説明した。
ノアの食事は人間の精気で、それは肌から吸い取ること。そのためには肌を密着しているのが効率が良いこと。そもそもノアはいつも申し訳程度の布しか身につけていないこと。決してふしだらなことをしていたわけではないこと。
まあ、正直に言えば、初めて召喚したノアと契約した時はもっと大人の体だったし、契約のために体液の交換とか色々あった挙げ句、その結果が現在のノアの子供体型なんだけど。
かなり時間がかかったけど、なんとか納得してくれたようで助かった。
「おはよう!」
そんなことがあって疲れ切った後、未緒と共に朝食を取っていると、いきなり明るい挨拶が飛んできた。気分が明るくなると同時に、緊張もする。サフィの声だ。
気配が感じ取れないというか、あまりにも当たり前の気配に警戒感を覚えないのかもしれない。それくらいサフィは僕と一緒にいる時間が長かった。
「どう? ここのご飯美味しいでしょ、イタル、ミオ?」
サフィは空いたイスを持ってきて同じテーブルに就く。昨夜、宿に来る間に自己紹介は済んでいる。
「ここを紹介してくれた礼を言わないとね」
「でしょ?」
「うっすらと塩味のパンが美味しいね。それにペーコンがいい」
「そうそう。焼き具合が最高なの」
「カリカリで、燻し具合も最高」
「そう! 気が合うね」
サフィがニコッと笑った。
いけない。サフィと話していると昔を思い出して、つい以前のような会話になってしまう。バレないようにしないと。
それ以上に未緒の眉間にシワが寄っているのが気になる。
「大丈夫だよ? 取らないからさ」
サフィは未緒にも笑みを向ける。
美形が多いエルフにあって、サフィは贔屓目に見てもワンランク上だ。正直言うと、幼い頃は泥まみれになって遊ぶ男っぽい変人、いや変エルフと思われていた。僕も男の子のつもりで遊んでたんだけど。気がついたら幼馴染みは超絶美少女になっていて驚いたもんだ。
「それで、朝からなんの用ですか?」
「うん。事情聴取とかかな」
「なにか悪事を働いたかな、僕?」
「ううん。まあ、他から来た人からは話を訊くことにしてるの。協力してくれると嬉しいな」
「面白い話は知らないよ?」
「例えば、最近この辺りをうろついてる不審者とか?」
「見てないですね」
「じゃあ、ボクの目の前にいる人は?」
「不審者じゃないと思いますよ」
ニコニコしながら僕を見るな、サフィ。
冷たい顔で横目で僕を見るな、未緒。
居心地が物凄く悪いんだけど……。せっかくの朝食が喉を通らない。
「それでさ、今日の予定はなにかな?」
「特にないんだよね。ほら、荷物全部奪われたから冒険者登録カードもなくてさ」
「そっか。大変だね。じゃあ、ボクも一緒に冒険者ギルドに行ってあげるよ。とりあえずのお金も必要でしょ?」
「いや、金は隠し持ってた分があるから、これで町に戻ればなんとかなるから」
「奪われた荷物を取り戻しに行ったりは?」
「ん? 無理だろ、もう。逃げてるだろうし」
「まだこの辺りにいないかな?」
「いないだろ」
というか、存在すらしてないもんな。
「はあ~。ついてないな」
サフィは大仰なため息をついた。美少女エルフのため息。放っておくわけにもいかないよね。
「どうした?」
「冒険者になりたかったって言ったでしょ? せっかくだから本物の仕事ぶりを見てみたいなって思ってたんだ」
「仕事があるんじゃないの?」
「今日はお休み」
「は? 休みなのに僕を尋問してるのか?」
「だから、不審者を見逃してあげてるでしょ?」
「結局不審者なのか……。不審者と一緒にいてどうなるか責任持てないぞ」
「その言葉、そっくり返してあげる」
「……わかった。着いてきていいよ」
「ありがとう! キミ、いい人だね!」
仕方なく、サフィと行動を共にすることになった。サフィが興味のある対象に食いついたら離さないのはよくわかっていた。
6歳頃だったか、キャルットという一回り大きな野性のネコを飼いたいと言い出したサフィは生態を調べるために森の中に入って密着取材のようなマネをした。もちろん、僕も付き合わされたわけだけど、3日も家に帰らなかったせいで、ふたりとも大目玉を食らった。まあ、結果的に家で飼うのは難しいと諦めた。他にも弓を極めると言って、弓の材料を片っ端から調べたり、料理のレシピに凝ったり……。
ああ、今ならわかる。サフィはオタク気質なんだ。
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