3:自分語りは恥ずかしい その2

「こんなとこで何してるの?」


 いきなり背後から声をかけられた。心臓が口から飛び出すってのはこう言う状態かと初めて実感した。

 油断していたとは言え、ここまで接近されるまで気配に感づけないなんて初めてだ。

 でも、動揺した理由はそれだけじゃなかった。それ以上に聞き覚えがある声だったせいだ。

 振り向いた瞬間、暗闇の中に浮かび上がった煌めく金色の髪が目に飛び込んできた。風などないのにさわさわとなびく短い髪は風の精霊の祝福を受けているせいだ。そこから突き出した長い耳は麦畑に突き立った槍のようだ。髪を長く伸ばすエルフが多い中で、目立っている。

 ああ、記憶と全然変わってない。もっとも、エルフの成長は特殊なので、何年たったのかはわからない。


「……サフィ……」


 思わずつぶやいた声はなんとも間が抜けていた。それほど不意を突かれて緊張が霧散していた。

 案の定、サフィがピクッと耳を動かして聞き返してきた。耳が小さくピクッと動かすのは、不審・疑惑・驚きとかそういう感情だ。


「キミ、どこかで会ったっけ?」

「え?」

「今さ、ボクの愛称呼んだよね?」

「あ!? いや、違って。寒いって言っただけで」


 慌てて苦しい言い訳を口走ると、サフィは冷たい目で僕と未緒を見る。


「そう? まあ、村の外で盛ってたら寒いよね」

「いや! そういうわけじゃなくて、休んでただけ。もっと早く着くつもりが襲われて逃げてる間に大回りになっちゃってね」

「武器も持たずに?」

「魔法なら少しは使えるからね。こっちの未緒は剣があるし」

「ふうん」


 サフィは疑わしげに僕を見る。そうだよな。見るからに怪しいよな。知らない顔だし。

 慌てて話題を変える。


「そちらは女性ひとりで見回りですか? 危険じゃないですか?」

「ひとりじゃないよ? ほら後ろに」


 確かにサフィの後ろに、槍を持った男のエルフがいた。エルフが気配を消すのに長けてることを忘れてた。しかも、この無愛想なエルフ男は僕に何かにつけて突っかかってきたシェイーじゃないか。突っかかってきた原因はサフィなんだけど。


「そっちは恋人さん?」

「あ、いや、冒険者のパーティです」

「ふ~ん、そちらが前衛であなたが後衛か。いいね!」


 サフィは最後に会った時と同じように明るく、そして、目映いくらい輝いていた。夜なのに光を放っているように見える。


「ボクも冒険者になりたかったんだよね。でも、ダメだったけどね。もう村からは出られそうもないし。羨ましいよ、キミたちが……」


 一瞬、サフィの表情が曇る。こんな表情は見たことがなかった。胸が痛む。

 しかし、サフィはすぐに元に戻って尋ねてきた。


「村に入るんだったら案内するけど、どうする?」

「それじゃ、よろしくお願いします」

「わかった。じゃあ、着いてきて」


 サフィが先に立って歩き出し、僕は未緒を促して後を追う。


「面倒は起こすなよ、人間」


 シェイーは僕たちにうさん臭そうな目を向けて背後に着く。不審な動きをしたら躊躇なく槍を見舞うぞと言わんばかりだ。相変わらず人間嫌いのようだ。前は僕に対しては汚物を見るような目をしたもんだけど、今はそれほどじゃない。いや、僕がレオだと知らないせいか。


「ところで、夜の見回りっていつもしてるの?」

「どうしておまえがそんなことを訊く?」

「いや、隣町は別にそんなことしてなかったから」


 シェイーは舌打ちをして続ける。


「最近、怪しい連中がうろうろしてるんだよ」


 おまえみたいなねと言外に告げている。


「人間の男ばかりだったからな。おまえが女連れでなければひっ捕まえていたところだ」


 やはりHOWの連中はこの近くにいるようだ。


 その夜は人間側の宿に問答無用で押し込まれた。監視の目もあるだろうから、部屋に入ってノアの報告を待つことにした。


(主様、探し回ったではないか。この苦労に報いてくれような?)


 ノアが戻って来たのは、案内された宿に入ってから1時間ほどしてから。


「ウソつけ。契約者の居場所はわかるだろ」

(む? 失敗じゃ。対価を体で払ってもらおうと思うたのに……)

「体が目的かよ」

「体?」


 未緒が何か言いたげにノアと僕を見る。部屋はひとつしか空いてなかったので、未緒と同室だ。幸いベッドはふたつある。


(なんじゃ、アヤツの体が目的じゃったか)

「違うから!」


 咳払いしてノアに報告を促す。


「で、どうだった?」

(出歩いていた者はおらぬが、この宿と別の宿にそれらしき者どもがおった。言葉は主様と同じじゃ)

「やっぱりHOWの連中かぁ。面倒だなぁ」


 勇者として召喚されたものの《ディヴィジョン》に救出されたなら、まだレベル1のままだ。しかし、契約を果たして帰還したなら、それ相応のレベルとスキルを持っているはずだ。連中の目的はレベル上げ。近くの森や山でモンスターを倒すつもりだろう。そのついでにエルフ女を襲おうって魂胆だろう。


「サフィに危害が及ばなければ放置してもいいんだけど」

「主殿、サフィというのは先ほどの耳が尖った女性ですね。どういったご関係なのですか?」


 未緒が言いにくそうに尋ねる。答えはなんとなくわかっていそうだ。


「サフィは……僕の……いや、レオの幼馴染みで、許嫁だよ」

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