2:既知の異世界 その2
「行くぞ、未緒」
「主殿、夜に出かけるのは危険です。夜が明けるまで待っ――」
「それじゃ時間がないんだよ!」
思わず声を上げてしまった。未緒の表情が驚きで強ばっているのを見て、自分の反応がいつもからは考えられないのだと思い知る。
「……いや、悪い。ちょっと焦ってた」
「わかりました。大事なことなのですね。では、参りましょう」
「いいのか?」
「主殿が行くと決めたのでしたら、嫌も応もありません。主に従うのは当然です」
「そんな古い考え……」
「どうせ私は古い女ですから」
しまった。明治生まれ大正育ちだった。
「主従関係がお嫌でしたら、旦那様でもかまいません」
「だ、旦那!?」
「はい。異国に嫁いできたつもりでいますと言いましたよね?」
「う……」
「ですが、私など欲しがる殿方などいないでしょうが」
「いや、そんなことないよ! 未緒は充分魅力的だと思――」
未緒が僕を見てニコニコしている。しまった。はめられるところだった。
「残念ですが、私は刀一振りで生きていくつもりですので、ご心配いりません」
「今時、剣道じゃ食っていけないと思うよ」
「元の世界とは言っていません」
「……確かに、未緒の腕とスキルなら普通の異世界なら大丈夫かもしれないけど」
「どうするかはまだ決めていません。今は主殿の用事を先に済ませましょう。で、どちらまででしょう?」
「隣村なんだけど」
「なんていう村?」
(フレンネ?)
いきなりノアの声が割り込んできた。
「早かったね、ノア」
(主様の命令じゃからな。隣村というのはフレンネのことじゃな?)
「うん、そう。どこでその名前を?」
(調べておった相手がその話をしていたのじゃ)
「どういうこと?」
つい声が険しくなるのを抑えつける。
(あの者たちがフレンネの近くでエルフを捕まえるとのたまわっておったのじゃ)
「捕まえる? 捕まえてどうするんだ?」
(エルフは美人ぞろいなので、一度やってみたいと)
「やっ……? なんだって!?」
(主様、そのような表情も出来るのじゃな。ゾクゾクするのう)
ノアがとろけるような笑みを浮かべて僕を見上げる。自分の表情は見えないけど、今どんな顔をしたのかは想像できる。殺意がわき上がってきたからだ。
「主殿、エルフというのは?」
未緒が困惑した顔で尋ねてくる。ノアの声は聞こえないはずだと思ったけど、どうやら僕の影と未緒の影が重なっているせいでノアが行き来できるようになって、その影響を受けているようだ。
「さっきの弓士のような種族だよ」
(エルフというのはのう、人よりも高級だと勘違いしている人に似た生き物じゃ。妾のような精霊から見ればたいした違いはないのになあ。多少寿命が長く、魔法に長けておるだけで傲慢も甚だしい)
「傲慢じゃないエルフもいるぞ。さっきの弓士もそうだったろ」
(おお、これは失敬したのう)
「エルフは僕らの感覚からすると美形が多いから、特に男が誘拐して奴隷にして無理矢理やる事件が多いんだよ」
「奴隷にして無理矢理とは……それは、つまり、男女間で、その、いたすということでしょうか?」
未緒は顔を真っ赤にしてもじもじとする。
「自由を奪って無理矢理な」
「ひどい! それが同じ世界の人間だと思えません! 女性は平等で自立した存在です! 平塚らいてう先生もおっしゃっています!」
今度は怒りで顔を真っ赤にして、未緒は叫んだ。
「耳が痛いな……。大正時代からあんまり進歩してないし……」
(主様、対処するなら早く動かぬといかんぞ? 他のグループが先に向かっておると言うておったしのう)
「それを先に言ってよ。すぐに行くぞ、ノア」
(主様、妾は行ったことのある場所にしか行けませぬぞ)
「……そうだった。しょうがないな」
僕は未緒の足と背中を支えて抱き上げた。
「あっ!? あああ主殿!? その……この態勢は!?」
「ちょっとこのまま動かないで。手を離したら危ないから」
「こ、こんな格好……ますます主殿に責任を取っていただかなくては……」
「責任持って運ぶから。舌を噛むからしゃべらないで」
僕は未緒に注意すると、意識を集中した。ひとりなら多少狂っても自力で立て直せるけど、未緒を抱きかかえている状態ではそれは難しい。
「行くよ」
短く合図すると、足に意識を集中し、脳内に術式を描く。イメージはバネだ。助走し、それを一気に解き放つ。
風が髪をなでつけ、耳を打つ。
前面に展開した魔法障壁は空気抵抗を減らすために最小限にしてある。
「えええっ!? と……飛んでる……」
「跳んでるというか落ちてるというか。弾道飛行だね」
「落ちてる?」
「そう。そろそろ自由落下だよ」
加速がなくなると、後は落ちるだけだ。ただし、運動エネルギーはそのままなので、前に進みながら落ちる。風の抵抗はあるが、無重量状態。
それが頭から抜け落ちていた。
未緒の体がフワッと浮き上がり、抱えていた腕から逃れようとする。未緒が慌てて手足を動かしたおかげで、さらに離れていこうとする。
「あ、主殿!?」
「捕まってて」
パニックになった未緒を捕まえ、引き寄せる。ふわりとスカートがめくれ上がり、未緒が両手で押さえつける一瞬の間だったけど、真っ白な何かがかなりのインパクトを持って僕の眼に焼きついた。これがラッキースケベっていうヤツだな。ありがとう!
そして、未緒は顔を赤らめながら言う。
「あの……体勢を少し直したいので、一回止まっていただけますか?」
「ゴメン、佐久良さん! 途中で止まれないんだ、これ」
「ええええーっ!? やはり責任をーっ!」
未緒の悲鳴が尾を引いた。
両足で着弾。衝撃を軽くするためにグンッと沈みこみ、2、3歩助走してジャンプ。未緒は僕の首に手を回してギュッと力を入れる。美少女と密着するなんて役得は、もうないかも知れないので、じっくり味わいたいけど、ちょっと難しいコントロールをしながらじゃその余裕はあんまりない。
これを8回繰り返して、ようやく暗がりの中に松明の明かりが見えてきた。記憶通りならここがフレンネのはずだ。
(主様のやることはいつも面白いのう)
影から顔を出したノアは楽しそうだったけど、地面に下ろした未緒は膝が笑って立てなかった。そうだよなぁ。ジェットコースターにも飛行機にも乗ったことがないのに、いきなり高速で弾道飛行なんだから無理もない。
それでも未緒はへたり込むことなく息を整え、村の方を見た。
大きな村じゃない。記憶の通りなら、1000人くらい。半分がエルフだ。ここから半日ほど進むと、エルフの住む森があり、村は緩衝地帯のようになっている。双方が商売をする窓口なのだ。
つまり、冒険者などではないエルフが住む最も確実な場所ということだ。
「主殿、この村はなんなのですか? 何か特別な意味が?」
未緒は真剣な顔で僕を振り返る。まあ、気になるよね。
僕は息を吸い込んで溜めると、一息に吐き出した。
「ここは……僕が生まれた村なんだ」
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