2:既知の異世界 その1
興奮を抑え込み、冒険者協会に向かう。
まずは依頼達成の報告と、素材買い取りだ。僕たちも報酬をもらうために同行する。
冒険者協会は町でも2番目に大きな3階建ての建物だった。
3人はモンスターの処理について話をしてくると言って先に入った。
見覚えはある。建物の感じも並びも記憶とそう変わらない。あれから10年もたっていないのは確かだ。
とすると、まだサフィも……。
そう考えると落ち着かなくなって周囲を見渡してしまう。可能性がないわけじゃない。エルフの姿を見かけると、つい視線が引き寄せられる。
未緒は周囲に誰かがいる間は話しかけてこない。町のメインストリートなので、人通りも多い。誰かに聞かれると面倒になるというのがわかっているんだろう。賢い娘だ。
今も目の前を若い冒険者風の3人組が笑いながら歩き去って行った。レベルが3つも上がったとか倒したモンスターの自慢らしい。
と、未緒が緊張した声でささやいた。
「主殿、さっきの者ですが……」
「え? なに?」
周囲に目を泳がせていたせいで未緒の声を聞き逃していた。
「どうしました?」
「いや、なんでもないよ」
「そうですか? なんだか、上の空ですが」
「悪い。えーっと、さっきのって、3人組か?」
「はい。私にも会話が聞き取れました」
「まあ、でかい声だったからな」
「そうではなく、内容が理解できたのです」
「ん?」
未緒にはこの世界の言葉が理解できない。それが出来たと言うことは、あの連中はこの世界の人間じゃない。というか、日本人ってことだ。
浮ついている場合じゃない。気を引き締めないとマズい。
「《ディヴィジョン》が送り込んでるわけじゃないなら、他の組織――HOWか」
追おうかどうか迷っていると、冒険者協会からリックスが出てきた。
「待たせたな!」
僕は歩いて行く3人組を指さした。
「リックス、あいつらが誰か知ってるか?」
「ああ、さっき話した最近都に来てる新人冒険者だろ。ひとりは見覚えがある。こっちまで出張ってきたのかぁ。また仕事が減るなぁ」
困ったように舌打ちすると、リックスは僕を手招いた。
「じゃあ、モンスターの査定だ。さっきのを解体場で出してくれ」
気にはなるが、今はリックスに着いていくしかない。
(任せるがよい、主様)
察しのよいノアに任せて、僕は冒険者協会の裏手に向かった。
裏手は広い作業場になっていて、動物と血の臭いが漂っていた。今は作業が一段落していたのか、人が少ない。
「獲物を持ってきたんだって? ちゃっちゃっと片づけるから出してくれ」
責任者らしき親父が僕たちを見て鷹揚に言う。僕がリックスを見ると、彼はニヤッと笑う。意図を察した。
「大丈夫ですか? 人が少ないですけど」
「すぐにやってやるよ」
「そうですか。じゃあ」
僕は空間収納を解除して、中に収めておいたモンスターのぶつ切りを一気に出した。
「なんじゃこりゃーっ!?」
予想以上の親父のリアクションを見て、リックスが僕に笑みを向けた。
「さあ、ちゃっちゃっと片づけてくれよ」
「い、いや、ちょっと時間をくれ! もう夕方だし、明日の昼にはなんとか!」
「だってよ? どうする?」
リックスに言われたが、それほど時間に余裕があるわけじゃない。肉の分はいいから、今もらえる分だけで手を打つことにする。
「じゃあ、ちょっと少なくなるけど、これでいい?」
魔法士がすまなさそうに渡してくれたのは結構重い袋。開けてみると銀貨がぎっしり入っていた。ざっと見て計算すると、20万円程度だろうか。2日生活するには充分だろう。
「大丈夫です。後は好きにしていいですから」
「じゃあ、飯をおごるよ。それくらいさせてくれ」
リックスの強引な申し出に僕は未緒を振り返る。無言でうなずく未緒。
「わかった。甘えようかな」
「よし決まった! さあ、行くぞ!」
リックスは僕の肩に腕を回し、グイグイと進んでいく。魔法士と弓士は苦笑しながら、未緒と共に後をついてきた。
なんだか、こういうのは懐かしいな。
酒場で食事を食べ、エールを飲みながら、つい、かつての自分が思い出された。
勇者として召喚され、パーティと一緒に旅をして、野宿して、町に着いては酒場で食べた日々。別の世界では旅人や商人を助けて、お礼に飯をおごってもらったこともあったっけ。ヤケになってモンスターを殺しまくっていた時もあった。
それも、これで終わるかもしれない。
ようやくサフィに近づけた……。
「主殿?」
未緒が遠慮がちな声をかけてきて、我に返る。
「どうした?」
「いえ、その、泣いていらっしゃいます」
「へ? まさか!」
笑って誤魔化そうとしたが、頬を伝うものを自分でも感じた。
「あ……いや、ちょっとアクビが出たかな。ははっ」
その後、少し微妙な空気が流れたが、宴会は完全に陽が落ちた頃にお開きになった。
「本当にいいのか? 俺たちが泊まってる宿に口を利いてやるぞ?」
「ええ、大丈夫です。当てはあるので」
「そうか。じゃあ、またな!」
去っていくリックスたちに手を振って見送り、見えなくなると、未緒に振り返る。
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