第3話 面倒くさいヤツら
1:助けていただいた勇者です
「主殿、いってらっしゃいませ」
深々と礼をする未緒に見送られて学校に行くのも慣れてきた。
当初はこそばゆいというか、どちらも馴れない感じでぎこちなかったが、3日もすれば当たり前の感じになってきた。
未緒は現代の服装にも馴れてきたようで、元々闊達なせいもあって今ではジーンズがお気に入りのようだ。ちなみに服や下着を買うなんて高度なミッションは僕じゃ不可能なので、万里子に助けを借りた。貸しですからねと笑っていたが、後が怖い。なんでクラスメイトじゃなくて他所の学校の万里子かというと、ぼっちの僕に女の子の知り合いなんているわけがない。他に理由なんてない。
結局、《ディヴィジョン》としては先に召喚された坂木勇也を遅れて探知し、佐久良未緒については時代が違うので探知できなかったのだろうという結論になった。イレギュラーながらも、ふたり救えたのは確かだ。
しかし、未緒を元の時代に返すことは不可能だった。
意外にも未緒はその事実を落ち着いて受け入れた。
「異国に嫁に出たと思えばよいのです」
道場主の娘だからか、スパッと切ったような割り切り方をする。
しかし、嫁って言うけど婿は誰なんだよと思っていても、僕からは口に出来なかった。訊けば何かが決まってしまいそうで。どうせヘタレなのだ。それに僕にはどうしても会わなければいけない相手がいた。それに決着がつくまでは、恋愛だとか結婚だとか考えている余裕はない。
未緒は将来的には《ディヴィジョン》の仕事をすることも考えられたが、その前に現代に馴れてもらわなければいけない。
そんなわけで、僕が学校に行っている間は義務教育の教材と映画で勉強してもらうことになっている。女学校に通っていたので日本語の読み書きは出来るわけで、異世界でやり直すよりは楽なはずだ。
「では、後ほど」
僕の背中にかけられた未緒の言葉に手を振って歩き出した。
何かおかしいと振り返った時には、すでに未緒の姿はなかった。
学校はいつもと変わらず、僕は隅っこに座って気配を消していた。
もちろん先生は僕を指名しないし、プリントは回ってこない。だから、僕を呼ぶ声がした時は驚いた。
「おおい、葛見? 呼んでるぞ」
僕を呼ぶのに「?」がつくのが、クラスの中での僕の立場を表してる。元々目立たなかったのでクラスメイトは存在自体を認識していなかったし、召喚から戻ってからはスキルを使って自分で目立たないようにしていたので、ますます影が薄くなっていた。おかげで加師たちからパシリをさせられる回数も減っている。前は毎日昼飯を買いに行かされてたもんな。
呼ばれたというので誰だろうと廊下を見ると、未緒の姿があった。しかも、この学校の制服を着ている。
「お義兄様、お弁当をお忘れです」
未緒はハンカチに包んだ弁当箱を僕に押しつけた。
「佐久良さんどうして?」
「驚かせたくて黙っていましたが、2年に編入致しました。よろしくお願い致しますね、お義兄様」
「だから、そのお義兄様ってのはなに?」
「従妹という設定で書類を作っていただきました」
《ディヴィジョン》が公的書類に細工して、母方の親戚ということにしたらしい。召喚者の能力を悪用しないって建前はどうなってんの?
「朝に言ってくれればよかったのに」
「女学校ではこういうことはできませんでしたから」
「あ……そうか」
大正の女学校なら確かにこういう交流は不可能だろう。
「いやいや、こういうシチュエーションは現代でもめったにないから!」
それこそラブコメくらいでしか見ないよね。
「と言うか、なんでこんな事思いついたの?」
「万里子さんが教えてくれました」
「万里子? いつの間にあいつ……」
「主殿が不在の時、よく来ますよ?」
「は? 結界で入れないんじゃ……あ、抵抗のスキルか」
厄介なスキルだ。結界も効かないのか。家に出入り自由なんて恐ろしい。
まあ、おかげでラブコメみたいな事が出来たわけだけど。
しかし、ラブコメならこの後、邪魔者が乱入してくるのが定番――
「イタルちゃん、カワイイ娘連れてるじゃねぇか」
目敏く加師と手下コンビがやってきた。これだけ目立たないようにしてるのに、僕を見つけるなんて、ひょっとしてこいつは僕のことが好きなの?
「お義兄様、この方たちは?」
「ただのクラスメイトだから、放っておいて」
「イタルちゃん、ただのクラスエイトじゃないよな? 妹ちゃんを貸してくれるよな?」
「貸してもいいけど、責任持てないよ?」
「責任はきちんと持ってやるさ、俺たち3人でな」
手下コンビと一緒に加師はにちゃっと笑う。
「おい、人目につかないところに行こうか」
ああ、それは失言だよ。加師は自分が言ってはいけないことを口にしたと気づいていない。
「佐久……じゃない、未緒、穏やかにね」
「はい、お義兄様」
未緒はニッコリと笑った。可愛いけど怖い。
ぞろぞろと5人で屋上に向かう。
「鍵がかかってるけど?」
「気にするな」
加師はどこから持ってきたのか鍵で開けてしまった。自分で地獄に通じる門を開けてしまった事にまだ気づいてない。
「イタルちゃん、俺に隠し事は――ひぶっ!」
加師は最後まで言葉を吐けなかった。
「主殿に汚い顔を近づけないでくださいませんか?」
未緒が固めた拳を加師の腹に当てていた。それなりに鍛えてたはずの加師は体をくの字に曲げて言葉を失っている。
佐久流剣術というのは聞いたところ、剣術だけじゃなくて格闘術も取り入れた総合格闘技みたいな流派らしい。昔は今ほど細分化されていなかったようだ。
「……お、おまえ……こんなことしてただ――」
「まだなにかございますか?」
未緒がニッコリ微笑むのを見て、加師は真っ青になった。人間の顔ってこれほど青くなるんだなぁと感心した。
「い、い、い、いやっ! 何もない! ないぞ!」
「加師さん?」
手下たちが怪訝そうに尋ねる。ふたりの位置からは未緒の攻撃が見えていなかったのだ。
「い、行くぞ!」
「へ? 待ってくださいよ」
逃げるようにドアに向かった加師の目の前でドアが勢いよく押し開けられた。ガンッと派手な音を立てて顔面にスチールの一撃を食らい、加師はよろめく。
「おっと! 大丈夫ですか?」
出てきた生徒が加師に心配そうな声をかけるが、加師は何も言わずに逃げるように出ていった。
「あ、いた! 先輩ーっ!」
男子生徒は僕を見つけると嬉しそうに声を上げる。尻尾を左右にブンブンと振っているのが見えるようだ。
「誰だっけ?」
「忘れられてるなんて……」
「いや、ホントに記憶がないんだけど」
「助けていただいた勇者です、異世界で」
「異世界で……って、巫女姫に召喚されたアレか」
「そうそう。やっと思い出してくれた!」
10日ほど前の仕事で助けた勇者様だ。処理をどうするかは《ディヴィジョン》に任せていたんだけど、この様子だと組織で働くことになったようだ。
「ここの生徒だったのか」
「はい、1年の
「学校サボってゲーセンに行ってたんだっけ?」
「はい! もうしません! もっとおもしろそうなことがあるんで」
「異世界は遊びじゃないよ」
「いや、仕事でしたね! わかってます!」
本当にわかってるのかと不安になりそうな感じもするけど、《ディヴィジョン》が採用したなら教育はされてるんだろう。
「それでなにか用なの?」
「ああ、そうでした! 実は先輩にトレーニングを付き合って欲しくて」
「僕に?」
「はい!」
「もっと他に強い先輩がいるでしょ」
「いえ、先輩がいいんです!」
キラキラした目で真っ直ぐに見られると断り切れない。これがリア充の力かっ!
「まあ、いいか」
その力に圧し負かされて、僕は放課後に約束してしまったのだった。
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