5:魔王撃滅 その2

「なめるなぁっ!」


 将軍は轟と咆哮を放ち、責め立てる。さっきよりも回転が速くて、ほとんどチェーンソーだ。。

 カキンカキンと爪を弾き返すが、なかなかの威力に体ごと押し込まれる。よく持ってるな、バールのようなもの。偉いぞ。

 と思ってたら、ボキッとバールのようなものは真っ二つにへし折れた。さすがに無理だったか。

 将軍はチャンスと見て僕の顔を狙ってきた。

 僕はとっさに腕を前に伸ばして魔法で防御する。

 危ない危ない。開始早々殺られてしまったら盛り上がらないじゃないか。高揚感を与えないと上手くいかない。


「魔法障壁かっ! そんなもん壊せば関係ねぇ!」


 まさに獅子の咆哮を放ち、両腕を物凄い速さで振り回し始めた。鋭い爪が交互に襲いかかる様子はチェーンソーである。物理的な衝撃から守る魔法障壁は盾のようなものだ。当然、耐久力にも限界がある。

 パアンッと目の前の空気が震える。

 うわぁ、魔法障壁壊しちゃったよ。脳筋はこれだからなぁ。


「いいぞ! ドンドン出せ! 片っ端から壊してやる! ワシの筋力と貴様の魔力、どちらが先になくなるかだ!」


 魔法障壁を張り直したけど、10秒と持たずに破壊される。このままじゃ一方的なので、反撃しなければ。

 片手で受けて、もう片手で炎を放つ。虎の頭の左側に命中。


「どわははははっ! 毛皮が燃えたくらいで怯むか!」


 いやいや、皮膚まで焼けてるんだけど! もう嫌だ、脳筋相手は。

 高笑いを放ちながらさらにスピードを上げて攻撃してくる。ランナーズハイじゃないけど、アドレナリンが出過ぎてるんじゃないか。


「どうした? もう終わりか?」


 勝ち誇った顔で次々と魔法障壁を殴り壊していく。もうちょっと派手な見せ場を作りたいんだけど、この状態・・・・だとあんまり強い攻撃が出来ないんだよな。


「そろそろ終わりだっ!」


 将軍は一声吼えると、身を低く構えて猛然と突っ込んできた。

 アレを食らっちゃ僕も耐えられないよね。しかし、さっきの衝撃で体がは上手くコントロール出来なくなっていた。ふらふらと酔っ払いのように動くのが精一杯。


「葛見殿っ!?」


 女の子が僕の名前を呼びながら悲鳴を上げるのを聞くのって、なかなかない経験だよね。悲劇の主人公の気分って感じだ。見ていて自分でも感動する。

 角に肩を貫かれた上に巨体に跳ね飛ばされた。高々と舞い上がって地面に激突した時にはグシャってイヤな音がした。いやもうズタボロだ。


「とどめだっ!」


 それでもなんとか立ち上がった僕に将軍の尻尾が槍のように振り降ろされる。毒針が僕の心臓を貫いた。

 ビクンと痙攣すると、尻尾は虫を追い払うようにブンッと振る。

 うわあ、僕が真っ二つに千切れて転がったよ。思わず悲鳴を上げそうになったじゃないか。


「ぶわははははっ! 俺が魔王だっ! 文句あるか!?」


 将軍は現魔王と魔族たちに向かって吠える。魔王の座に戻った僕を倒したんだから誰も反対しない。無言の賛意が寄せられる。


「ようし、俺が魔王だな!」

「はい、みんな聞いたね?」


 僕は将軍のステータスを確認してから声を上げた。


「え? く、葛見殿っ!?」


 隣に座った未緒が亡霊でも見たように僕から飛びのく。


「え? ええっ!? どうして!?」

「いや、ずっとここにいたけど?」

「あ、あれは?」


 未緒は将軍の尻尾で半分になった僕を指さす。


「ああ、あれはゴーレムだよ。途中で入れ替わったんだ」

「ごうれむ……」

「身代わりか! かー、汚ぇなー、地味な顔のくせに」

「地味な顔で悪かったな。作戦だって言ったろ。じゃあ、魔王を倒してくるか」


 勇者たちにそう言うと、僕は立ち上がって中央に向かった。


「こ、この卑怯者めがっ! ワシを疲れさそうって魂胆か!」

「え? 今ので疲れたの? まさか、体育会系のくせにそれはないでしょ」

「無論だ!」

「じゃあ、魔法攻撃はなしでいいよ。さあ、どうぞ」


 僕は左足を前に出して構えると、左手の親指で鼻をこすり、人差し指でかかってこいと挑発する。


「後悔するなよっ!」


 魔王にクラスチェンジした将軍は猛然と殴りかかってきた。風を斬って僕の脳天に鋭い爪が打ち下ろされてくる。

 ああ、鈍い。ゴーレムを通した感覚ではここまでスピードを上げられなかった。今は道具さえあれば将軍の爪にマニキュアをつけて乾かしてあげる余裕がある。


「よいしょ」


 向かってくる爪を掴んでくいっとひねり、体をかわして軽く上から叩く。

 感覚を戻すと、その場をスッと離れた。

 ドゴッと派手な音がして土煙が舞い上がる。将軍の爪が地面に穴を穿った音。そして、咆哮。


「クオオオオッ! どこに行った!?」

「その前に自分の大事な爪を確認した方がいいよ?」


 土埃の中、新魔王が僕を探して地面から腕を引き抜いて叫んでいる。僕が注意してあげて、ようやく半ばで折れた爪に気がついた。全部へし折ったから長さは半分以下になっている。


「何をしたーっ!?」

「覚悟はあるんだよね?」

「貴様ぁっ!」


 突進してくる新魔王に左手を突き出す。

 ドンッと衝撃が走って巨体が動きを止める。見えない壁にぶつかったように顔をのけ反らせるが、それでも向かって来ようとする。これも腕力で破壊する気か。


「加減が難しいなぁ……。やりすぎると跳ね飛ばして周りに被害が出るし、弱いと突っ込んでこられるし。これくらいかな? 次はっと」


 フンッと突き出した手に力を込めると、新魔王を包んだフィールドが狭まっていく。早い話、壁を四方に置いて、押し潰す感じだ。もちろん、上にも逃げ場はない。

 新魔王は何が起こっているのか悟ったのか、ギロッと未緒たちを見ると、咆哮を放った。


「ぐおぉっ! お前たち、ヤツらを殺ってしまえ!」


 将軍派の魔族たちが未緒たちと僕に向かって一斉に動き出した。


「あー、それは反則だな。禁止ね」


 もう片方の手を一閃させると、あらかじめ狙いをつけておいた連中の動きが止まった。こんなことがあろうかと準備は怠らない。


「罰としてHP1の刑に処す」


 僕は新魔王を取り囲んだ見えない壁を一気に押し込んだ。

 新魔王はブタのような声を上げる。


「ほら、勇者クン、出番だよ! 行って止めを刺してきて!」

「え? なに?」


 勇者クンはキョロキョロして何をすればいいのかと目で問う。

 面倒だなと、僕は身体強化した腕で勇者クンの首根っこをひっ捕まえると、思いきり投げつけた。


「おうっ!? おううっ!? おううううううううう――ぅぅっ!」


 オットセイのような叫びを上げて、勇者クンはHP1の新魔王に激突した。

 最後の命の残り火は渾身の体当たりで儚く消え去る。


「よし、これで魔王は勇者によって倒された、ね?」


 僕が満足した声を上げると、なにやら微妙な空気が流れた。

 なんでだよ?

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