4:魔王軍キャンプにて その2

 魔王軍はさらに進んだところに布陣していた。丘陵地で見晴らしも良いので丸見えだが、逆に敵が接近してくればすぐにわかる。

 ゴブリンやオークの他に、攻城兵器を持った巨大なトロールもいる。さっきのゴブリンは斥候だったのだろう。


「魔王はこんな前線にいるのか?」

「この世界じゃ魔王って言っても、一番強い魔族ってくらいの意味なんだよ。強いかどうかは戦わないと証明できないから前線に出てくるんだ」

「よくご存じですね」

「まあ、色々あってさ」


 未緒の不審そうな問いをなんとかかわす。


「……」


 未緒の視線が痛い。不審が刺さる。


「あー、あのクソでかいの、俺の隣にいた兵士を叩き潰したヤツっすね。ほっぺたに切られた傷があるっしょ?」


 空気を読めない勇者クンに助けられるなんて、思ってもいなかったよ。


「魔王がここにいるってんなら、こいつら全部倒せば終わりっすよね」

「まあそうなるよね。勇者クン、やってくれる?」

「俺が!? なんで俺がやらなきゃいけねーの!?」

「やれないことを無責任に人に頼まないで欲しいなあ」

「逆っしょ? やれないから人にやってもらうの」

「頼む時にはそれなりの対価が必要だと思うよ」

「あー、やっぱ金っすか? いやー、俺持ち合わせがないっすよ。なんせ召喚されたばっかりだし。まあ、元に戻ってもスッカラカンっすけど。このところ全然確変しねーんだよなぁ」


 どうやらパチンコで金をすってるらしい。

 邪気のない笑顔だけど、それが人に物を頼む態度かと言われてることがわかってない。苦手な人種だ。関わらなくていいなら関わりたくない。残念ながら助けなけりゃいけない対象なんだけど。クライアントに無茶振りされるサラリーマンの気分だ。

 その勇者クンが慌てた声を上げる。


「うおっ!? でかいのがこっちに来るぞ!」

「大きな声を出すからです!」


 未緒まで大きな声を上げなくていいだろ!

 頬に傷のあるオークがまっすぐにこっちに向かってきた。トロールほど大きくはないが、2メートルは軽く超えてるし、体重は関取以上ありそうだ。

 こいつを倒せばどうやっても目立つ。そうなればこの陣地の全員と戦わなければいけなくなる。いくらなんでもそれは無茶だ。

 が、オークは手を振って笑っていた。牙むき出しなので不気味だけど。


「うおーい! 先代じゃないですか!? 戻って来たんですかー?」


 ん? ステータスを見ると、結構強いオークだ。なんだか見覚えがある。とっちらかった記憶を探っていくと、思い当たった。

 人のよさそうなオークというのもおかしな表現だが、まさにそんな感じなのである。が、名前を思い出すより先に勇者クンが突っ込んで欲しくないところに突っ込んだ。


「へ? 先代? 何の先代だ?」

「もちろん先代魔王レオデスケード陛下ですよ」


 オークは真っ正直に僕を見て答えた。


「どういうことですか、葛見殿?」


 未緒が長剣を僕に向けながら尋ねる。刃物を人に向けたらダメだって教わらなかったの?


「僕は魔王なんかじゃないよー。ほら、顔も違うし」

「なに言ってんすか。魔族は魔紋で見分けるってご存じでしょ?」


 ああ、そんな話を聞いたことがあるわ。魔紋ってのは指紋みたいなもんで、固有の魔力の形――体から出る波動みたいなものが見えるから、それで個体識別してるって。


「葛見殿、どういうことですか?」


 未緒の勇者の剣が殺気を帯びてギラギラしてるよー。


「魔王レオデスケードというのは、葛見殿なのですか?」

「よし、殺そう! これで終わりだよな!」


 現勇者と先の勇者が長剣を振りかざした。威圧感だけはある。


「現魔王じゃないから僕を殺したって契約は果たされないよー」

「殺ってみないとわからないよな!」

「こ、こら! 本気になるなーっ!」


 勇者の剣を2振り突きつけられて思わず両手を掲げる。

 こんな緊縛した、いや、緊迫した状況だというのに、オークは世間話でもするように楽しげに話しかけてくる。


「で、先代はなにしてるんですか?」

「遊んでるように見える?」

「あれっすかね? 勇者ごっことかいうの」

「それはどんな遊びだ?」

「ガキどもが好きなんすよ。鬼役が『俺は勇者だーっ!』って叫んで殴りかかってきたところを、他のガキが寄ってたかってボコボコにするんすよ」

「おもしろいのか、それ?」

「どうなんすかねぇ。最近のガキどもの考えることはわかりませんや」

「少なくとも僕には面白くないな」


 今まさにその状況に刻一刻と近づいてるわけだし。

 オークは僕に剣を向けているのが勇者その人たちだとは気づいていないようだ。迂闊すぎるだろ。

 ともあれ、訊きたいことはまだある。その間に勇者たちこのふたりが攻撃してこないといいな。


「で、現魔王は誰なんだ?」

「ご指名通り、あの時の宰相がレオデスケード2世を襲名してますよ」

「あー、そうなんだー。それがなんで侵攻してるの? 僕言ったよね? 征服なんて非効率的なことするより、この世界には資源はいっぱいあるからやれることやれって」

「ほとんどはそれで満足なんすけど、主戦派の将軍の人気が高くてですねえ、戦うのは今でしょって煽って調子に乗った連中が突っかかっていったらあっさり勝てたもんだから、将軍が魔王になるかもって感じで」

「あー、あいつかー」


 単純明快腕力こそ正義って感じの将軍オークを思い出した。魔力より筋力! 物理で殴れば世界は俺のもの! いいなぁ、単純で。腕力じゃ異世界に行けないんだぞ。


「それじゃ、今は将軍派が多いってことか」

「そうっすね」

「おまえはどうなんだ?」

「あっしはあんまり強くないっすから、強い方に流されちまいますねえ」

「なるほど。面倒なことに――」

「あーっ! もういい! 元魔王だかなんだか知らねぇけどよ、魔物とくっちゃべってる段階でおまえは敵だ!」


 勇者クンがキレた顔で叫んだ。


「そのようですね」


 未緒も勇者の剣を僕に向ける。


「葛見殿? ここまでご案内お礼申し上げます」

「いやー、大したことしてないからいいよー」

「では、私を謀った礼をお返ししたいと思います」

「気を使わなくてもいいよー」

「いえ、それでは私の気が済みません」

「えー、カワイイ女の子と戦いたくないのになぁ」

「か、可愛い……」


 未緒は両手で頬を包むようにして顔を隠した。

 あれ? ひょっとして照れてる? ちょろい?


「佐久良さん、カワイイよね?」

(そうじゃな。幼くてカワイイわな)


 影から顔を出したノアは僕を冷たい目でにらんで機械のような声で同意した。


「まっ、また謀る気ですね! 剣術と武術に明け暮れていた私が可愛いワケがないではありませんか!」

「えー、真剣なのになー」

「ええ、真剣ですとも!」


 未緒はよく斬れるぞと言わんばかりにギラリと光る勇者の剣を僕に向けた。渾身のギャグいやボケのつもりだろうか。


「では、きちんとご説明いただきたい!」

「真剣に説明するから、まあ座って。ああ、オークは無理して座らなくてもいいよ。でも、ちょっと待っててね。後で話があるから」


 僕はその場に腰を下ろした。未緒と勇者クンは顔を見合わすと、剣を構えたまま座る。未緒は正座し、勇者クンはヤンキー座り。


「それで、どういうことなのですか?」

「いや、僕、昔召喚されたんだよ、こいつらに」

「召喚というと、私たちと同じということですか?」

「そうそう。でも、魔族にね」

「魔族のくせに人間様召喚すんの? 生意気だな」

「基本、上位世界にいる魔力の強い者を適当に選ぶのが召喚だからね。種族は関係ないんだよ」

「はあ? なんだよ、そういうことならエロフにんで欲しかったなぁ。美人ばっかりなんしょ? ダチのラノベに書いてあったし」


 エルフねと心の中で勇者クンに突っ込む。未緒はスルーして話を続ける。


「確かに、葛見殿は強いですからね」

「で、召喚された時、熟睡してたもんだから、起こされて名前聞かれた時に寝ぼけて答えたの、『レオですけど』って」

「れおですけど? どこかで聞いたような感じがしますが……」

「ああ! レオデスケード!」


 勇者クンがポンと手を打ってでかい声を上げた。


「うんそう。恥ずかしいからその名前言いたくないんだよね」

「しかし、名前は葛見至ではないのですか?」

「うん、まあ、そこは追究しないで」

「つまり、あれだ! 黒歴史ってヤツだろ? 中二病ってのか?」

「くろれきし……」

「佐久良さん、しみじみ言わないで!」


 寝ぼけて名乗ったなんて恥ずかしい過去を話したところで、これからの作戦の打合せに入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る