4:魔王軍キャンプにて その1
先の勇者一行を追って魔王城へと向かっていると、進行方向を偵察してきたノアが影の中から上半身を突き出して報告した。
(この先で戦闘があったようじゃな。双方とも数百の損害。生存者は数体というところかのう)
「ってことは、魔王軍も引き上げた?」
(そうじゃな。周辺に陣はないぞ)
「決戦は先延ばしになったかな」
どういうことか尋ねる未緒にかいつまんで状況を教える。近くで戦いがあったが、双方の被害甚大で魔王軍は引き上げたようだと。
その方向に歩いて行くと、鼻を突く臭いが漂ってきた。元の世界で普通に暮らしていたんじゃ嗅げない類のものだ。
不意に未緒が動きを止めた。血と死体の臭いにひるんだのかと思ったけど、そうじゃなかった。
「人がいます」
「お? 目がいいな」
「見えませんか?」
「全然」
実際には探知スキルで誰かいるのはわかっているんだけど、レーダーの点のようにしか見えないので、誰がいるのかまでわからない。
あちこちに死体が転がり、赤と緑の血だまりの広がる平原を進むと、倒れた馬車の陰に茶髪に銀色の甲冑を着た若い男がしゃがみ込んでいるのが見えた。血臭漂う戦場にいるとは思えないほど甲冑は綺麗なままだ。
「サカキユウヤ?」
「ああ、坂木勇也だ! 援軍か!? 遅いぞ!」
あー、第一印象で人を判断するのって好きじゃないけど、こいつは嫌いだわ。
そんな思いを未緒も抱いたのか、目が明らかに細くなった。ジト目と言われるヤツに、さらに殺気を孕んだ感じ。近寄っちゃいけない。
「うん、まあ、そんなもんかな」
「で、どれだけ連れてきた?」
「僕とこの娘だけ」
僕が自分と未緒を指さすと、勇者様は顔を真っ赤にして声を荒らげた。
「なっ!? ふ、ふざけてんのか!?」
「いやいや、真剣な話だって。ところで、勇者様の兵士は? 確か騎士団一個中隊引き連れてきたんじゃなかったっけ?」
「ああ、あの役立たずの兵士どもね。俺を守れってのに、殺られるだけで壁にもならねーの」
「貴君は戦っていないのか?」
未緒が能面のような表情のまま尋ねる。
「俺の出番は魔王だろ? その前に怪我したらダメじゃん?」
「なるほど。だからレベル1のままなんだ。それでどうやって魔王を倒すのか教えて欲しいなー」
うん、真剣に。
「んなこぁ知らねぇよ! 考えんのはこの世界のヤツらの仕事だろ!? 俺は何も知らねーんだからよ!」
正論ではある。過去の経験に照らし合わせて共感するところもある。でも、圧倒的に気に入らない。それは未緒も同じだったようだ。
「拒否することなく戦場に赴いたのなら戦え! 貴君はそれでも
「なにこれ、セクハラ? うほー、ビキニの女の子にセクハラされちまったよー!」
「葛見殿、この者は何を喜んでいるのだろう?」
「さあ? 性癖に刺さったんじゃないかな」
「それにその髪はなんなのだ?」
未緒はよほど腹に据えかねたのか勇者クンの茶髪を指摘した。自分で脱色したのか、まだらになっているのが情けない。
「なんだよ、センコーか、あんた?」
うちのオークこと加師みたいなチンピラっぽいしゃべり方になってきた。誰だよ、ヤンキー召喚したのは。絶滅危惧種なんだぞ。
「とにかく、君は魔王を倒さない限り、元の世界に戻れないからな。帰りたいなら手伝ってもらうよ」
「はあ? 『どうか手伝ってください、勇者様(土下座)』の間違いだろ?」
真剣に殺したくなってきたぞ。
「帰りたくないならいいよ。行こうか、佐久良さん」
僕は未緒に目配せして踵を返す。未緒も同じ気分だったのか、期せずして動作はシンクロしてしまった。
と、物凄い勢いで立ち上がった勇者クンが声を上げる。
「ま、まあ待てって! ははっ、ジョーダンだよ冗談! 気持ちに余裕のない人は困るなぁ」
勇者クンは引きつった笑顔で言う。一番余裕がないのは君だろ。
「つまり、帰りたいのかな?」
「こんなクソみたいなところなんてすぐにでも出たいに決まってんだろ!」
「そうか。じゃあ、まずやることがあるよね?」
「な、なに?」
「弔いだよ」
それから3時間かけて、騎士団の死体を運び、薪を積み上げて火葬した。
「うわ……ハンパねぇな、あんた。ソンケーするわ」
勇者クンが僕を見る目が変わったのは、骨までなくなるほどの火力で死者を燃やす魔法を使ったからだ。
「じゃあ、魔王軍の陣へ行こうか」
ゴウゴウと燃えさかる炎を見上げながら、僕は2人にそう言った。
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