1:定番の始まりかと思ったら その2
「勇者として魔王レオデスケードを倒していただきたい」
この世界における神職だという男の説明を聞きながら、
理解が追いつかないが、確かにこういう展開を望んでいたのかもしれない。
物心がついてから女だてらにと誹られながら父の道場で武芸に打ち込んできた。
しかし、竹刀を振り、居合いで斬るのは藁や畳のみ。綺麗な型にはそれなりの意味はある。しかし、武芸とはそれだけのものなのか。人を殺す技が本来あるべき姿なのではないのか。しかし、この太平の世の中で人を斬れば、それはただの犯罪でしかない。
「魔王の軍勢はこの都に迫っており、もはや一刻の猶予もありません」
未緒は身震いをした。
恐怖ではない。歓喜だった。同時に歓喜した自分に恐怖を感じた。
自分の中にそのような感情があったとは。
そう怯えながら、問う。
「つまり、斬り殺せということですね」
「は、はい。敵を倒していただきたい」
今度の勇者様は心強いとか喜びの声を上げる取り巻きを覚めた目で見ながら、未緒はうなずいた。
「承知いたしました。不詳の身でどこまでやれるかわかりませぬが、力をお貸ししましょう」
「おおっ! さようですか!」
「これで我が国は救われます!」
ひとしきり安堵や感謝の声、祈りの文言らしきものが続いた後、神職の者が話を続ける。
「まずは勇者の甲冑と剣を身につけていただき、その後、儀式に臨んでいただきたく存じます」
召喚の儀式として使われた部屋に繋がるたったひとつの扉が開き、数人の女官が現れ、恭しく何かを運び入れた。
女官たちは未緒の服を脱がせて甲冑を着せようとしたが、未緒はそれを断り、一旦全員を扉の向こうに行ってもらう。男性など論外だが、女官でも肌を見せるようなことはしたくない。
馴れない形の甲冑に苦戦しながら、何とか未緒は初めての異世界の甲冑を身につけ、両刃の長剣を腰に下げた。日本の鎧とも異国の甲冑とも違う妙なものだ。それに恥ずかしさもある。しかし、郷に入りては郷に従えだ。
なんとも頼りない甲冑だと、未緒は体を動かしてみる。
その時、未緒は背後に気配を感じて剣を抜きつつ一気に振り抜いた。
* * *
誓って言うんですが、本当にそんな気はなかったんです。信じてくださいよ。
異世界に現れた途端、目に飛び込んできたのは女の子の着替え風景だったんです。
お出かけでもしていたのか、上は矢が並んだような模様のある絣で、下は漆黒の袴だ。靴は革のブーツ。アニメで見たことはある。髪は長くて、ポニーテールいや三つ編みなのか。大きめのリボンで留めてある。
巫女姫もいいプロポーションだったけど、こちらの女の子は引き締まって無駄がない。かなりスポーツをやってそうだ。
女の子は慣れた手つきで着物を脱いで全裸になった。脱いだ服を畳む所作が見惚れるほど綺麗だ。良いところのお嬢さんなんだろうな。脱ぎっぱなしで放っておく僕とえらい違いだ。
生まれたままの姿になると、女の子は甲冑をひとつひとつ確認し、悩みながら身につけていく。なんだか、つければつけるほどエロくなっていく気がするのは僕の目がおかしいんだろうか。
気がつけばついつい甲冑を身につけ終えるまで息を殺して見てしまいました。動けばバレてしまうし、仕方がなかったんです。瞬きすら悟られると思って目も閉じませんでした。瞳にはしっかり焼き付きました。
着終わって動きを確認している女の子を鑑賞していると、思わずため息が漏れそうになる。
と、女の子はいきなり腰の長剣に手をかけ、裂帛の気合いと共に叫びました。
「何者ですかっ!」
一陣の風と共に、長剣の切先が僕の鼻先3センチで止まった。
おっと、これはいいねぇ。
召喚されてすぐの勇者とは思えない動き。それに気配に気づく鋭さ。多分、剣道かフェンシングかでインターハイに出るレベルだ。それか道場に通って腕を磨いている猛者って感じ。いずれにしても同い年くらいとは思えない。
「その姿……この世界の人ではありませんね」
「ええと、葛見至と言います」
「佐久良未緒と申します」
僕が立ち上がって礼をすると、未緒は折り目正しく頭を下げた。やはり武道の人間だ。
「葛見殿はこんなところでなにをされているのですか?」
抑えているけど、明らかな殺気がある。エロコメならラッキースケベの悲鳴の後、手のひらの跡が残るほど平手打ちって描写があるけど、あれの比じゃない。確実に殺すヤツだ。
ここから先は生死をかけた問答である。
「キミを助けに来た。僕は異世界に誘拐された人を助ける仕事をしているんだ」
「助けに?」
「そう。このままだと契約に縛られて魔王を倒すまで戻れなくなる」
「魔王を倒すというのはそれほど難しいと言うことですか?」
「そうだね。キミのレベルじゃ中ボスで死ぬね」
「ちゅうぼす?」
「途中に出てくる砦を守る敵ってとこだな」
「つまり、この世界はそれほどの強者がひしめいているということですね」
未緒は真剣な表情で腕を組んで考え始めた。なんだか目が輝いているように見えるのは気のせいかな。いや、輝いてるのはその姿のせいか。
「ところで、佐久良さん、その……甲冑というか、ズバリ言うと、ビキニアーマーは、どうしたんです?」
「びきにああまあというのですか? 西洋のものとも違いますね?」
ビキニアーマーを知らないか。いや、オタクじゃないと知らないかもな。未緒は上品なしゃべり方だし、どこぞのお嬢様かもしれない。
「婚姻もしていない女子が肌をさらすのは抵抗があったのですが、この世界では勇者たる者このような姿をするのが正式であると言われまして……」
この異世界はおかしいな。しかし、グッドジョブだ。未緒のプロポーションは控えめだが、引き締まった肢体にビキニアーマーがぴったりはまっている。
「嫌なら脱いでもいいんだけど……」
「不思議なことですが、寒くはないので大丈夫です。それにこんな格好はめったにできませんので。ハイカラでしょう?」
ハイカラなんて言葉、素でしゃべってるの初めて聞いたよ。
まあ、戻ってから着たら、ただのコスプレだからなぁ。
「それに、脱ぐとまたあなたに見られてしまいます」
「え? いや、後ろ向いてるよ?」
「結構です」
未緒は僕を冷たい目で見た。疑われている。脱衣シーンを見ることになったのは僕のせいじゃないのに。
とにかく、これ以上、ややこしいことにならないように仕事モードに切り替えよう。
未緒を鑑定したところ、まだ契約も終わっていないし、後は召喚士と首謀者に釘を差して帰るだけの簡単な仕事だ。
僕は未緒にここで待つように言って、お仕置きをしようと扉に向かった。
「いや! 待っていただきたい!」
不意に畏まった声をかけられ、まだセクハラについて何か言われるのかと怯えながら振り向く。
「えっと、なにか?」
「私より先に呼ばれた方がすでに魔王の元に向かってると聞きました」
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