第2話 ふたりの勇者

1:定番の始まりかと思ったら その1

 最後の仕事から1週間――。

 非常に落ち着いた日常を送っている。

 誤解がないように言っておくと、仕事がないわけじゃない。というか、2日と開けずにどこかの世界で召喚があり、そのうち、半分くらいが所長を通して僕にやって来る。つまり、1週間で3回授業中に抜け出して異世界に派遣されていたわけだ。

 ちょっとは遠慮して欲しいね、どこかの召喚士!

 幸いにも、クラス召喚とか魔王を退治なんて面倒なことにはならないで、召喚すぐの勇者を回収するだけだった。

 それだけなら何のことはない日常だったんだけど――。


「ノア、知ってたろ?」

(妾が何を知っておったと?)

「あいつだ」


 窓の外で僕に向かって手を振ってアピールしている万里子を示す。

 近くの高校の1年下という万里子は3日と空けずに放課後にやって来るようになった。《ディヴィジョン》には報告していないが、報告したとしても扱いに困るだろう。スキルは抵抗のみで、レベル1の戦闘力では何をさせればよいのかわからない。かと言って記憶消去も出来ないとなれば放置するか永遠に黙らせるしかない。


(はて、何のことかのう?)

「抵抗のスキルがあるから記憶消去が効かないって」

(無論じゃ)

「なんで知らせてくれなかった?」

(主様はこの世界との繋がりが薄いからのう)

「知り合いならいるだろ」

(仕事上の付き合い、それにほぼ無関心なクラスメイトばかりじゃろう?)

「話をするくらいはしてるし」

(このままでは主様はこの世界から切り離されてしまうぞ?)

「どうなるの、それ?」

(何かの拍子に別の世界に飛ばされたり、漂流するハメに陥らんとも限らぬ。妾は主様の影にいる故、どこへなりともご一緒できるがのう)

「だから、あいつを重石の代わりにってか? 趣味が悪いぞ」

(そうかのう? 幼馴染みの話をした時、主様の反応は――)


 ノアは急に言葉を切った。僕の機嫌が悪いのを察したのだ。


(すまぬ。少し踏み込みすぎたのう。しかし、主様のためと思ったのは信じて欲しいぞ。もし、お邪魔とあらば、妾が始末してもよいが?)

「殺すな!」

(うむ、承知じゃ)

「くそう……。相手するくらいならしてやる」


 いいように転がされたような気がする。とにかく万里子に騒ぐのを止めさせないと。せっかく目立たない生徒に徹しているのに。


「よう、イタルちゃん? なんだかいい身分だなぁ?」


 言ってる尻からオークじゃない加師がからんできた。


「あの女、結構可愛いな。イタルちゃんにはもったいないと思わないか? 紹介してくれるよな?」

「あの子のお友達でもいいんだぜ?」


 手下コンビまで調子に乗って厚かましい。


「わかりましたよ。呼びますから好きなだけ口説いてください。結果は責任持てませんよ」

「俺を振るわけないだろ」


 その自信はどこから出てくるんだろ。女の子と一緒にいるところなんか見たことないんだけど。

 そんなわけで、帰る準備をして万里子のところに行く。


「至クン、今日は遅かったね」

「紀里さん、僕の知り合いに口説かれるつもりはないよね」

「お友達?」

「いや、僕をパシリに使ってる筋肉バカ」

「えー、至クンって冗談言うんだ」

「言うんだよ」

「面白くないけどね」

「そう?」

「だってさ、勇者が相手になんない人をパシリに使うお馬鹿さんがいるなんて考えられないでしょ」

「いや、それは秘密だからね」

「そっか。人目を忍ぶナントカマンってヤツかぁ」


 万里子はひとりで納得してるけど、僕は正義の味方になる気はない。面倒だし。


「まあ、伝えたから、後は好きなだけ口説いてね」


 合図を送ると、3人にかけた暗示が発動する。桜子先生を生徒だと思い込んで口説いて痛い目にあうはずだ。退学になってくれると面倒がなくなって嬉しいなぁ。


「で、今日はなんの用?」

「ん? 別にー? 至クンの顔が見たくて」

「なにその付き合い始めの恋人みたいなセリフは?」

「ええっ!? 至クンにそんな経験あるのっ!?」

「失礼だな。そんな経験のひとつやふたつ……」


 万里子がじーっと見つめてくる。


「あるの?」

「いや、ウソです。そんな甘ったるい経験ないよ」

「だよねー。私もないし!」

「なんで自慢げなんだ?」

「いやー、なんとなく? 初物アピって価値アゲとこうかなーとか」


 万里子はペロッと舌を出してはにかんだ笑みを浮かべる。むう。生意気に可愛いじゃないか。


「なんか、好感度上げるようなことしたっけ? 結構邪険にしたよね」

「ピンチ助けてくれたし。馬の王子様的な?」

「白馬だろ! 僕の顔は馬みたいに長くないし」


 思わず突っ込んでから続ける。


「言っとくけど、そんなつもりはないから」

「うん。わかってる。ノアさんに聞いたから」

「なんて?」

「この世界じゃないどこかに好きな人がいるんだよね。ノアさんも知らないって言ってたけど」

「いつの間にそんな話をする仲になった?」

「あれ? 聞いてないの? じゃあ、言えないな~」

「言え。さもないと殺す」

「無理でしょ? 私の抵抗があるし、至クン、そんなコトできないよー」

「人殺しなど魔王としての僕ならば軽いものだぞ?」

「声音変えたって似合わない~」


 ケラケラ笑う万里子を見て真剣に殺してやろうかと思った時、スマホが特徴的な音を立てた。所長だ。


「ふっ。命拾いしたな。仕事だ」

「そっか! じゃあ、早く戻って来てね!」

「恋人が『私の胸に戻って来て』みたいなセリフを吐くな」

「胸に戻って来たいの? いいよ?」


 胸を突きだしてホレホレと迫って来る万里子。

 思ったよりも自己主張のある胸だが、雰囲気があまりにもない。それにたとえ胸に飛び込みたいと思ったとしても、少なくともこの胸じゃないのは確かだ。


「いってらっしゃ~い」


 恋人に送り出されるような気分で、アンカーのスイッチを押す。

 これがサフィだったらどうだっただろうかなんて益のない考えが脳裏をよぎった。




 いつものように《ディヴィジョン》の個室から出ると、ホールには先客がいた。ちょうど異世界から戻って来たばかりなのだろう。勇者ともうひとりは――


「あ! あんた!」


 柊木ひかるが僕に気づいて声を上げる。


「こないだはよくやったみたいね。所長から聞いたわ」

「まあ、なんとかなりま――」

「また機会があったら組んで上げてもいいわ。じゃあね!」


 ひかるが慌ただしく勇者を処置室へと連れていくのを待って、オペレータの真津貴子まつ たかこが僕に歩み寄ってきた。

 前回は顔を出さなかったけど、疑似召喚システムのオペレートと、カウントダウンは彼女の担当だ。僕たちのスケジュール管理など秘書のような役割も担当しているという先入観のせいか、細いメガネが似合うクールな美人だ。


「柊木さんが他の人を認めるのは珍しいですね」

「そうなんですか?」

「ええ。では葛見さん、今回の資料です」


 事務的な口調で差し出されたのは1枚のメモだった。

 前回のクラス召喚のような複数名のミッションなどの特殊なケース以外は簡単なブリーフィングもない。前回、尊巳が出てきたのが例外だった。そう言えば、なんで尊巳が出てきたんだろう? もうひとつ、一緒に呼ばれた雷人は何だったんだろうか。まあ、なんとなく予想はつくけどね。

 いや、今は仕事だ。

 資料を読んでいる間、貴子の遠慮のない視線が突き刺さる。


「加津羅所長から指名がありましたが、大丈夫でしょうか?」

「多分、大丈夫だと思いますよ?」

「そんな頼りない」

「すみません。こういう性格なので」


 貴子は冷たい目で一瞥すると、オペレータールームに戻っていった。うう、苦手だ。


(主様に得意な女子はおるのかのう)


 それを言っちゃおしまいだろと、突っ込みながら資料を読み進める。

 今回の異世界はシータ19。中世レベルの魔術が発達した世界だ。新しい世界なので一瞬期待したが、多分望んでいた世界じゃなさそうだ。魔術ではなくて、魔法が存在する世界――前回のようなイオタなのだ。しかし、可能性はある。

 今回も事後。勇者召喚が行われた後だ。探知が遅かったので、下手すれば契約が終わっている可能性もある。その場合は契約を終了させる必要がある。無理ならごめんなさいするしかない。

 楽な仕事ならいいな。

 まあ、勇者36人とか勇者と戦うなんてのよりは簡単だろう。

 いつものようにアンカー座標は自宅にセットしたままで、僕は異世界に飛ばされた。

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