5:新たなる問題
召喚主である国王を泣かせてしまった。相手が誰でも、あんなきつい言葉を投げつけた後は気分が悪い。
とは言っても、こちらから干渉することは出来ないし、し始めるときりがないのを考えると、仕方がない。やっぱり異世界のことは異世界で片づけて欲しいし、犠牲者は少ない方がいい。
3人を救出し、アルファゼロ――元の世界に戻って来た。帰還先は自宅の庭だ。考えてみれば、36人連れて、ここに帰ってくるってのは無茶だったな。絶対あふれる。
後の問題は、3人の記憶処理をするだけだ。
委員長と副委員長は気を失ったままなので、問題になるのはひとりだけ。
「な……なに? その目? 私を食べるって意思表示みたいな?」
「誰が誰を食べるんだよ」
「食べるなら、そこの副委員長の方が美味しいよ?」
「うん、確かに引き締まった体してるね」
「でしょ? 身長も高いし、おっぱいも私よりあるし。食べ頃だから」
「でももう食べられてるでしょ?」
冗談のつもりで言ったら、万里子はしんみりした顔で肩を落とした。
「……だよねぇ。大輝クン、食っちゃってるよねぇ」
「惚れた幼馴染みに見向きもしてもらえないのは辛いか。だよなぁ、うん」
「なになに? 至クンにも幼馴染みがいるの?」
「いきなり食いついてきたな」
「女子は恋バナには無条件で食いつくでしょ! で? で?」
僕を取って食いそうな勢いなんだけど。
ちなみに僕を名前で呼んでるのは、しつこく訊かれて根負けしたから。こういう圧力に弱いのはぼっちだった頃からどうしても変わらない。
「幼馴染みの話、聞きたいな~」
「昔の話だよ。面白い話じゃないし、」
「うわ、遠い目~! 絶対面白いやつだ~! 聞きたいな~」
「後でね。それより、ちょっと手伝ってくれる?」
気を失ったままの委員長と副委員長を示し、僕は玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
ようやく家に帰り着いたのは、夕方5時。今日は2度も仕事に駆り出されたせいもあって、数日ぶりに帰ってきた感覚だ。
「ワンッ!」
アルジェの声が聞こえて、駆けてくる音がする。
リビングから飛び出してきたのはまっ白な豆柴だった。
「元気だったか?」
「あるじー、ヒマだったよ!」
アルジェが体をこすり付けながら文句を言う。
「シゴトいったな? ボクもつれていけー!」
「急に来たから呼べなかったんだよ。今度な」
「ヤクソクだぞ! でないとにげるぞ!」
「わかったわかった。お前らがいないと、この家は広すぎるしね」
郊外にある2階建て5LDKの築5年の一軒家。住人は僕だけ。
異世界召喚されて、色々あった挙げ句、《ディヴィジョン》の区分でオメガ01――人類滅亡寸前の世界で契約を遂げ、ようやく元の世界に戻ったと思った直後、別の世界に召喚された。そこを救出に現れたのが椚木桜子先生だった。
しかし、戻った世界には微妙な違和感があった。《ディヴィジョン》なんて組織は知らない。そして、オメガ01で使った転移機が《ディヴィジョン》のものとかなり似ていたのだ。元の世界はともかく、アルファ01とオメガ01は同じ時間線の現在と未来かもしれない。
その思いが確信に変わったのは、救出された後、この家に帰ってきた時だった。
僕の家はマンションの3階にあった。そして、同居していた僕の両親は生きていた。しかし、この家は住所こそ同じだが、一軒家なのだ。そして、両親は2年前に交通事故で死んでいた。
最初こそショックだったが、僕にはそれよりもやらなければいけないことがあった。そのために《ディヴィジョン》で仕事をする必要があった。
僕の世界じゃない世界で、たったひとつの世界を探す。
僕が帰りたい唯一の世界は、サフィのいる世界だけなのだから――。
「ちょっと手伝ってよー!」
ちょっとしんみりと回想してると、万里子が玄関から声を上げた。
仕方なく玄関に戻って委員長たちを見る。万里子がふたりを運ぼうとしていたが、当然無理だ。処置をするのに結界を張ったこの庭でも問題は無いので、これは時間稼ぎのようなものだ。
が――
「わーっ! 可愛いワンちゃん! もふもふだね!」
万里子はアルジェを見つけて駆け寄ってきた。白い毛並みを恐れる様子もなく触り、顔をすり寄せている。おまえ、そいつはただの子イヌじゃないんだぞ。
「もふもふってなにー?」
おまけにアルジェが不思議そうな声を上げてしまった。正体を隠すという発想はないのか、こいつは。
「もふもふってキミみたいなふわふわ……しゃべった!?」
「しゃべれるよー! 聖獣なんだぞー!」
「豆柴がいばってるんだけど……」
「イヌじゃないよー! ボクは――」
「うんうん、可愛くって賢いんだねー」
「あるじー、こいつ、くっていいか?」
「食わないでくれ。仕事の評価が下がる。我慢して遊んでやれ」
「クウ……」
アルジェはうなだれて万里子にされるがままになっている。
今のうちに委員長たちの処置をしてしまおうと、まだ意識の戻らないふたりを診る。
本来、これだけスキルがある勇者なら鍛えれば《ディヴィジョン》の戦力になる。しかし、そのためにはクラスメイトや幼馴染みを襲った記憶も残さなければいけない。部分的な記憶改変は不可能じゃないとは言え、いずれ齟齬が生じる。
となると、すべての記憶を消した方がこのふたりのためだろう。スキルをどうするかだが、勝手にやると、疑われそうだし、ここは触れない方がいいだろう。
《ディヴィジョン》に連絡を入れて、3人の引き取りと処置を頼む。
「よし、やるか。おい、いつまでも遊んでるんじゃない」
アルジェともふもふしている万里子に声をかける。
息も絶え絶えになっているアルジェから恨みがましげな目を向けられ、今日はご馳走を食わしてやるからなと心の中でつぶやく。
「悪いけど、処置させてもらうよ」
「へ? なに? まさか私を食べ――」
ややこしい展開になる前に、僕は万里子の額に人差し指を突き出した。
万里子はカクンと力を失って崩れ落ちた。倒れる前に抱きとめて床に降ろす。
なくす記憶は柊木の帰還から逃げたところ以降。それより前は委員長たちと同じように処置してもらえばいいはずだ。
おおよその時間を8分前として、術を組み立て、意識に潜っていく。
「ん?」
かすかに抵抗するような感覚を感じたが、すぐになくなった。初めての感覚だったけど、問題なく終わった。後は《ディヴィジョン》に任せる。
「ごめんね」
気を失った3人を回収に来たバンに積み込み、ようやく仕事が終わった。
(あれでよかったのかのう?)
家に戻ると足元の影からノアが出てきて納得できないという声を上げる。
「いつもの通りだろ?」
(そうではあるが……)
なにか言いたそうなノアを不思議に思って訊く。
「珍しいな。ノアが人間のことを気にするなんて。いつも『妾には主様だけおればよい』って言ってるのに」
(それはその通りじゃが……)
ノアはそれ以上言うことなく、影の中に沈んでいった。
「アルジェ、今日は肉を食わせてやるぞ」
廊下に倒れているアルジェに声をかけると、さっきまでのダメージなどなかったように激しく尻尾を振って跳んできた。
「ニク! ニクひさしぶり!」
足の周りを跳ね回るアルジェに落ち着けと言いながら、僕は着替えのために部屋に向かったのだった。
翌日は平穏なものだった。仕事の連絡がないと言うことは召喚もなかったんだろうし、委員長たちの処理にも問題はなかったということだ。
平穏がぶち壊されたのは放課後だった。帰宅部としての活動を果たすべく、チャイムが鳴るとすぐさま帰宅準備をして学校を出る。
「あ! 至クーン!」
門を潜ろうとした時、目の前で万里子が手を振っていた。
「なんで来るんだ?」
「だって、至クンの制服見て、この学校だってわかったから」
「だからって、なんで会いに来る?」
「会いたかったんだもん」
「というか、なんで記憶の処理ができてないんだ?」
「ん? さあ?」
万里子のスキルはすでに委員長たちに奪われていたはずだ。おまけに《ディヴィジョン》で処理されたはずだ。覚えているわけはない。
念のため、もう一度鑑定したが、何もない。が、違和感がある。なんだ、このいかにもなにか隠してありそうなスペースは? まさかと思ってレベルを上げた鑑定(超越)を試す。
――抵抗(超越)
そうだ。36人のクラスだったのに、委員長が19、副委員長が16のスキルを持っていた。ひとつ足りないのだ。ダブったせいだと思ってたけど、これはつまり……。
「おまえ、スキル強奪に抵抗したのか。記憶消去にも鑑定にも抵抗して、身を守ったんだな」
「ん? ん? 私、凄いの?」
「ああ、もの凄く面倒だよ」
「私も異世界の勇者を救ったりできるかな?」
「そのスキルで何するの?」
「わかんないけど、役に立つかも」
「ああ、面倒なことに……」
僕は額に手を当てて呻いた。
「それもこれも異世界召喚が多すぎるせいだ!」
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