4:直談判
精霊の通り道から浮上すると、そこは豪華な一室だった。
魔王に侵略されている割には金目の物がいっぱい。壁に掛かった複雑な模様のタペストリー。煌びやかな絵付けの施された磁器の花瓶。窓には色ガラスの明かり取りまである。よく国民は暴動起こさないなぁ。
どっしりとした机の向こうには40代の男が座り、その傍らには白髪に白ヒゲの老人が控えている。まあ、ぱっと見で国王と宰相ってところだろう。
「何者じゃ、貴様ら!?」
「はい、黙って」
僕が腕を突き出すと、宰相は言葉が出てこなくなって無駄に口を動かすだけになった。
「初めまして、どことは知らない国の国王さん」
「ワシはこのオーディ――」
「ああ、名前なんて知りたくもないし、どうでもいいの。国王なんて見飽きたし。言いたいのはたったひとつ。異世界召喚を永久に止めて欲しい。わかった?」
僕は国王にかんで含めるように言うと、最後にもう一押しする。
「わかってくれないと面倒なことになるからさ」
「どうなるというのだ?」
「あ、それ訊くんだ?」
予想どおりの答えに落胆しつつ、だったらとことん体に教え込んであげるしかないよねと心を決める。
「あ、やっぱり悪魔の笑みだ」
万里子が失礼なことを言ったと同時に背後の扉が勢いよく開けられた。
「陛下をお守りするぞ!」
委員長カップルを先頭に、魔法使いと騎士が雪崩れ込んできた。召喚部屋からあんまり離れてなかったようだ。行き先も教えたしね。
「まあいいや。この方が国王も身をもって理解してくれるだろうし」
僕は扇状に展開した委員長たちに向かって右手を突き出し、人差し指をクイクイと動かす。一度やってみたかったのだ。
「さあ、来なさい」
「なめるなーっ!」
激高した委員長が長剣を振りかざして突っ込んできた。
まだ学習してないのか。がっかりだねとため息をついたところで、派手な動きをする委員長の背後に気がついた。副委員長と魔法使いが杖を構えている。
なるほど委員長は陽動か。少しは考えたようだ。これくらいはやってくれないと、これからのショウに説得力がないよね。
委員長が真っ向から振り下ろしてきた長剣を逃げずかわさずその場で受ける。どうだ、驚いたろう? かわしたところに魔法で狙うつもりだったんだからな。
「今だっ!」
委員長が叫ぶ。
ん? 僕、避ける動きしてないんだけど……。
委員長ごと攻撃か!
寸前で気づいて思わず笑ってしまう。こいつら勇者の素質があるかもしれない。それも自滅型、あるいは悲劇の英雄的な。
でも、僕はハッピーエンドしか認めない派なんで。
委員長の刃、副委員長たちの魔法。それらが僕に達するまでの2秒足らずの時間でそこまで考え、右腕に意識を集中する。歯を食いしばっていたせいで、端から見てると不敵に笑っているように見えたかもしれない。
「死ね、魔族めっ!」
委員長は自身が食らった魔法を一身に集めた長剣を僕の脳天に振り下ろした。
「はい、残念でした」
僕は右手で攻撃を受け止めた。正確に言うと、右手から伸びた光の刃で。
さらに力を入れて振り払うと、委員長の長剣はあっさりと断ち切られ、魔法は左手が描いた宙の魔法陣に吸い込まれる。
「返すね」
左手の魔法陣を目で見て書き換え、委員長たちに向かって突き出す。わずかに光を放って、解き放たれた魔力が跳ね返され、委員長と副委員長は意識を飛ばす。魔法使いはその場に釘付けだ。
「光の剣だとっ!?」
「無詠唱の魔法!?」
王様と魔法使いたちはどよめきを上げる。
ああ、そういう解釈するのね。
「魔族じゃないってわかったでしょ? ほらほら、聖なる光の剣ですよ~」
僕は右手から伸びたライトセーバーっぽいものをブォンブォンと振り回して見せた。全然、聖なるものじゃない。
「もう止めて!」
いきなり割り込んできたのは万里子だった。良いタイミングだ。
「そんな力があるのに、どうして大輝クンをいたぶってるの!? さっさと決着つければいいでしょ!」
「え? サクッと殺っちゃっていいの?」
ビームサーベルっぽいものをブブブンッと震わせて委員長たちに向ける。
「よ、よくないけど! よくないけど、殺るならネコがネズミをいたぶるみたいなことしないでって」
「いや、殺すのが目的じゃないし。元から断つ必要があるからさ。でないと、またわらわらと犠牲者が増えるし」
「Gと一緒ね!」
「なるほど。王様はGか」
万里子の言葉に上手いこと言うなぁと感心して、国王に振り返る。
「と言うわけで、そこのGさん」
王様に向かってライトセーバーを叩き落とした。
元の世界で言えば黒檀のどっしりした豪華な机が真ん中から真っ二つになり、煙をたなびかせる。中心からくの字に折れて、国王の膝で支えられて倒れる寸前。拷問にもあったっけ、正座のした膝の上に重い荷物載せるの。結構痛いんじゃない、これ。
「ば、化物め!」
「失礼だなぁ。僕はあんたたちが召喚した勇者と同じ世界から来たんだよ?」
「な、なんだと!?」
「複数のスキルを重ねた勇者がレベルを上げたら、こうなるのは予想がつくでしょ? 洗脳だって解けるよ、いつかは。その時、勇者があんたたちに牙を剥くって思わなかった? 全然? だったら、迂闊すぎだし、滅んだ方がいいよ」
「……我々に滅びよというのか?」
「世界なんか簡単に滅びるよ。もがけばいい。でも、もがく手で関係ない人を掴まないで欲しいんだよね。迷惑だし、他人の人生勝手にいじらないで欲しいわけ」
僕は優しく国王に身を乗り出した。ついでに斬った机に体重を掛ける。ミシッと木材が軋み、国王の足が悲鳴を上げた。
やっぱり悪魔だとか万里子がつぶやくのが聞こえたけど無視。
「掴むなら、掴もうとした手が斬りかかってくる可能性も考えろって話。こういう風にね」
国王執務室の惨状を示して納得をしてもらう。
「また召喚なんかして、僕の世界から誰か連れ去ったら、今度は僕たちが魔王の代わりに滅ぼしに来るから」
複数形にする。《ディヴィジョン》のメンバーが僕と同じ事をするかどうかはわからないけど、こう言っといた方が僕を大きく見せられる。
「お返事は?」
「……わ、わかった」
カクンカクンと首を縦に振る国王に、満足そうな笑みを浮かべる。
気を失った委員長と副委員長を床に寝かせ、万里子に様子を見させる。
「大丈夫でしょ?」
「……うん、息してるし、怪我もない」
「じゃあ、このふたり……と、この娘は連れて帰るから」
そう言い捨てて、僕はアンカーを起動した。
転移する直前、聞こえてきたのは国王の苦しげな嗚咽だった。
やだなぁ。これじゃ僕がいじめてるみたいじゃないか。
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