3:勇者激突
「これでスッキリしたかな」
クラスメイトとひかるが消えた召喚部屋には、僕の他には2人の勇者、異世界人だけになった。
ひかるの魔法で動けなくなったままの召喚士がこっちをにらみつけて詰問する。
「汚らわしい魔族め! 何をした!?」
「何って元の世界に戻ってもらったんだ。委員長をクラスメイト殺しにするわけにもいかないし。あ、それとも、殺したいほど憎んでたとか?」
大輝と呼ばれたクラス委員長に尋ねると、委員ふたりが応じた。
「大事の前の小事だ」
「そう。レベル上げをするためよ。ここの人たちを助けるにはそれしかないんだから!」
「うわ……。見事に洗脳されてるな。クラスメイトよりも見知らぬ異世界人かぁ。願わくば、その記憶が残らないことを祈るよ」
「覚悟しろ」
言いながら委員長はクラスメイトの鮮血がついた長剣を一振りすると、僕に突きつけてきた。
「こいつでもいい。倒せば少しはレベルアップするだろう」
「少し? 失礼だな。笑っちゃうくらいレベル上がると思うよ?」
最高に面白い冗談を聞いた。思わず吹き出してしまった。ムッとした顔の委員長に笑いながら付け加える。
「倒せればね」
さっきので彼我の力の差を理解できないなら、異世界で勇者なんてやっていけない。ラスボスどころか序盤――最初の中ボス辺りで死ぬのが関の山だ。昔の僕みたいに。
「なめるなっ! 俺は勇者だぁっ!」
委員長が長剣を腰だめに構えて突っかかってきた。
一瞬で距離を詰めて来ると同時に長剣を薙ぎ払う。ドンッと軽い衝撃が起こったのは、一瞬切先が音速を越えたかもしれない。
軽くかわしたところに副委員長が炎を放ってきた。連携もピッタリ。嫌なカップルだな。戦闘中にまで見せつけてくるなんて。ひょっとしてぼっちへの精神攻撃?
炎を風で吹き飛ばしながら石柱に向かって飛び上がる。
僕を追って委員長の長剣が翻って駆け上ってくる。
宙を蹴って攻撃をやり過ごし、長剣が天を指したところで、切先に舞い降りる。動揺した委員長が長剣を戻すと、僕も一緒に降りる。ついでに右足で委員長のイケメンに靴底を食らわそうとした。軽い抵抗があって僕の靴底は弾かれてしまった。
ここでトンボを切って床に降り立つ。
「おお、凄い凄い。身体強化に縮地、物理防御と魔法防御ってところかな。チートスキルのオンパレードだなぁ」
思わず拍手してしまったが、ふたりの勇者のステータスを鑑定した時に特異なスキルについて把握していた。委員長は19、副委員長は16ものスキルがあった。
もちろん1回の召喚でそれだけ付加されるわけはない。35はクラスの人数には少ないけど、かぶってたスキルもあったんだろう。つまり、召喚士は大量に召喚して、基礎能力の高いふたりに、他の全員からスキルを奪って与えた。さらに洗脳した上、クラスメイトを殺させてレベルを上げさせようとしたってわけだ。
「真っ黒だよなぁ、ここの召喚主は」
凍りついたままの召喚士に詰問する。
「首謀者はどこ? よく言い含めとかないと、また同じことをされたら面倒なんだよね」
「へ、陛下にお目通りなどさせん!」
「ああ、王様なんだ。じゃあ、行こうか」
「なに?」
「国王陛下に会いにだよ。謁見の間? それとも私室?」
(私室で真面目に仕事をしておったぞ。感心よな)
ノアが僕の影からひょこっと顔を出して教えてくれた。到着から城の中を調べてもらっていたのだ。
「きっ貴様っ、やはり、魔物か!?」
(失礼極まりないのう。これほど美しい魔物がおるわけがなかろう?)
甲高い叫びを上げる召喚士にノアはケラケラ笑う。
「じゃあ、王様のところに行こうか」
(こちらじゃな、主様)
「させるか!」
ノアの先導で歩き出した途端、大輝委員長が僕の背後から斬りかかろうとした。
その時、女の子の叫びが割って入った。
「大輝クン、ダメーッ!」
「え?」
驚いて振り向くと、女生徒がひとり柱の陰に立っていた。
制止の叫びにもかかわらず、委員長の長剣は止まることなく僕の右肩に振り下ろされた。
悲鳴が上がる。
「なんだ、柊木さん、運び残ししちゃったのか。とりあえず、君は柱の陰で見守っててくれる?」
僕は肩越しに左手で長剣を受け止めて、女生徒に言う。
刃は手を斬るほどじゃないけど、さすがに衝撃は食らった。手のひらが真っ赤になっている。
驚愕した顔の委員長が長剣を引き戻そうとしたので、素直に刃から手を離す。
委員長は風をまとって物凄い勢いで飛び退いた。
「なぜ斬れない!?」
「防御魔法陣が張ってあるわ、大輝!」
「うん、副委員長、まあ正解。本当は防御だけじゃなくて、対ショック、対魔法・魔術とか色々組み込んであるよ」
「ありえない!」
いきなり大きな声を上げたのは動きを封じられたままの召喚士だ。
「それだけの効果のある魔法陣をあの一瞬で、しかも無詠唱で産み出すなど大魔法使いでも不可能だ! 貴様、やはり人間ではないだろう!?」
「いやだから、ただの異世界人だって」
なんかもう、このやりとりやめたいんだけど。
そう思ったら、今度は別方向からの非難が飛んできた。
「あなたに大輝を殺させないから!」
「え~、いや、逆でしょ? 大輝クンに斬られかけたの、僕だったでしょ?」
「え? そう言えば、そうだったかも……」
「うん、そう。だから僕は被害者ね」
女生徒は首を傾げて考え込んでいたが、僕をジッと見つめてから不意に僕から飛び退いた。これはあれだ。不審者扱いされたね。
「やっぱり違うよ! 警察を呼ぶから! 大輝クン、今のうちに逃げて!」
女生徒はスマホを耳に当てていた。いや、電話通じないから。
「常識的なのは良いけど、ここは君の常識じゃ測れない世界なんだって」
「やってみないとわからないでしょ!」
「うん、まあ、アンカーでかろうじて接点はあるから可能性はゼロじゃないな」
「でしょ! ……繋がらない。アンテナが立つ場所が絶対どこかにあるから!」
スマホ掲げて歩き出したよ、この娘。緊張感ないなぁ。
「あのさ、あんまりウザイと殺っちゃうよ?」
「ヒイッ……。や、やっぱり、悪魔なんでしょ!」
あ、つい昔のクセで脅しちゃった。いけないなぁ。
そんなコントみたいなことをやってる間に委員長カップルは狙いを変えたようだ。
「ちょうどいい。あの女でレベル上げしよう。最弱モンスターでもレベル1くらいは上がるだろ」
大輝は手軽に殺れる相手を見つけたようだ。
「おまえ、いくら洗脳されてるからって幼馴染みをモンスター呼ばわりはないだろ?」
「え? どうして幼馴染みって……」
「ステータスに出てるからね」
「ふええっ!? じゃあ、私が小さい頃に大輝クンに飛び蹴りかまして怪我させたこととか、大輝クンが5年生までおねしょしてたこととか、大輝クンがオタク趣味を隠してることとか全部バレてるの!?」
「そこまで書いてないよ」
「ええっ!? じゃあ、私の言い損?」
「恥をさらしたのは大輝クンの方じゃないか、これ」
「ああっ、もうお嫁に行けない! 責任取ってもらうから!」
「大輝クンの方がダメージでかいだろ」
……調子の狂う子だな。いっそ、委員長が殺っちゃった方が面倒がなくていいかもしれない。仕事が減点になるけど。
僕の思考を読んだように大輝が女の子に斬りかかっていった。
「でもやっぱり査定が下がるからさせない」
僕は右手のひらを女の子に向かって突き出した。
「なにっ……?」
大輝は確実に捕らえたはずの相手がいつの間にか僕の隣にいるのに気づいて棒立ちになる。予想外の展開に対する対応がまったくできない。昔の自分を振り返れば、僕もあまり他人のことは言えないけど。
僕の腕に抱かれた女の子の方も目を丸くして自分の状況を把握しようとしている。
「え? え? なにこれっ!?」
「付き合ってもらうよ、きりきりまい」
「
「見たって言ったろ。ほら。王様のところに行くよ」
万里子はここに放置しておけば確実に殺されるから連れていくしかない。
「な、何するの!? やっぱり責任――」
「口閉じて。舌噛むよ」
「ひゃいっ!?」
言った瞬間、僕は万里子と共に落ちた。
周囲は手を伸ばせば触れられそうなほど濃密な闇。前方に青い光が灯って、誘うように揺れている。ノアだ。
「ここここここどこっ!? どこーっ!?」
「ニワトリか?」
万里子に突っ込み、仕方なく説明してやる。
「闇の精霊が作った異空間の道だ。あのまま放置しておいたら殺されるからな」
「そっか……。大輝クン……どうして私を忘れちゃったんだろ」
「洗脳されてるだけだ。解除すれば思い出すさ」
「ホント!?」
「おまえを殺そうとしたことも思い出すかも知れないけどね」
「う……。それはちょっと……」
万里子はかなり深刻な顔をしてうなだれた。
幼馴染みと言うが、多分大輝が好きなんだろうなと感じた。でなければ、ひかりが連れていこうとした時に飛び出してきたりしないだろう。ああ、青春だなぁ。
闇の道を進んでいくと、ノアの声が聞こえた。
(主様、ここじゃな)
「え? 出るの?」
「キミらを召喚するように命じた首謀者に、よく言い聞かせないとね」
闇の中でキョロキョロと見回す万里子に、僕は笑みを浮かべて答えた。
「あ、悪魔っぽい笑い方……」
失敬な。
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