第1話 多すぎる召喚
1:新たな任務
アンカーで飛んだのは、僕が所属している《ディヴィジョン》の転移室だ。
この3畳ほどの小部屋はアンカーを登録した個人しか入れず、転移事故が発生しないようになっている。
転移事故っていうのは、あれだ、同じ空間に重なって出現してしまうという不幸な事故。ハエと人間が一緒になってしまうとか、有名な事故もあるけど、たいていは自然と回避されるらしい。ま、そうでなければ、転移した先にはすでに空気が存在してるのに問題が起こらないという理屈が通らない、とかなんとか。
そういう万が一を回避するためだけの部屋なので、小さなロッカーくらいしかない。中身はなにかあった時のために替えの服一式くらいだ。
なにかあった時というのは、まあ考えたくないけど、肥だめに落ちた時とかだな。異世界はほとんどが中世レベルなので、転移した場所が清潔かどうかわからない。それにもちろん襲われることもある。
ドアを押し開けて外に出ると、そこは広いフロアになっている。周囲には同じような小部屋に繋がるドアが並んでいる。
フロアの中心には円形の台座があり、その上には天井から複雑な機械が突き出している。機械と言っても、電子部品の塊と言うよりは、もっとレトロな、いや、もっと古い遺跡っぽいものだ。
見る度にパレンケの遺跡にある石棺を思い浮かべてしまう。宇宙飛行士だとか言われているアレだ。あるいは古い映画の『エイリアン』に出てくる巨大なエイリアンの死体が座っている正体不明の機械。魔術だとか魔法がらみとなると、どうしてもこういうデザインになってしまうんだろう。
台座の周りには先客がいた。
ひとりは
もうひとりのセーラー服姿は
ひかるだけでなく、雷人も会釈を返してこない。いや、殺気が返ってきたぞ。
幸い、そんな殺伐とした空気はすぐに払拭された。
「やあ、待たせたかな」
場を一瞬で明るくする朗らかな声で入ってきたのは
180を越える長身で足が長くて引き締まった体つき。爽やかで社交的なイケメン。僕と比べると見事なまでに正反対だ。
「悪いね、葛見君。戻って来たばかりなのに」
「いつものことですから」
わざとらしい。そういう契約にしてるくせに。
そう思ったけど、顔には出さない。これはウィンウィンの秘密の契約だから。
「今回の任地はイオタ75です」
イオタ75と言うのは世界番号だ。
この世界はアルファ01――ここを起点として、世界の文明度合いと発見順に番号が振られる。イオタは中世レベルの文明があり、魔法が発達した世界で、75番目に発見されたと言う意味になる。
「75ということは新しい世界ですね」
ひかるが言うように、イオタは74まで確認されていた。今回の召喚で75番目が観測されたってことだ。ちなみにイオタが一番多く、さっきまで僕が行っていた世界もイオタ04だ。中世レベルの文明は多く、同じ中世レベルで魔術が発達したシータが52で2番目に多い。
「では、イオタ75での仕事の説明をしましょう」
《ディヴィジョン》は異世界へ理不尽に召喚された一般人=勇者を救うためにある組織だ。
そして、仕事には2つのパターンある。
ひとつは同時。
もうひとつは事後だ。
僕がさっき姫巫女の世界に行ったのは召喚と同時。上手く召喚が観測できれば、迅速に救出が出来る。異世界とは時間の流れが違うため、召喚の儀式が行われてもすぐに召喚されるわけではない。そのタイムラグを利用するわけだ。
今回は事後だ。すでに召喚が終わり、異世界とのゲートが開かれた状態。それが消える前に救出者を送り込む。
いずれにせよ、一刻も早く送り込まなければ、召喚された者は契約を行い、契約を果たすまで、あるいは死ぬまでその世界からは出られない。多くの場合、勇者という名の奴隷となる。こうなると面倒なことになる。
「今回も悲惨な目に会う前に勇者様方を助ける仕事です」
尊巳の言葉が示す意味に、ひかるが真っ先に気づいて尋ねる。
「所長、『勇者様方』と言いました?」
「おい、まさか、複数かよ!?」と雷人。
「正解です。今回はクラス召喚でした」
「クラスって、学校の一クラス?」
「はい。36名です」
僕は思わず喉の奥でグッとおかしな音を出してしまった。他のふたりも勘弁してとでも言いたそうな顔だ。
と、雷人が僕を親指で示して訊く。
「それで、そこの自称オメガ01帰りの新人は俺たちのサポートか?」
揶揄するような口調だ。
あ、やっぱりそこにこだわってるんだ。
オメガ01の世界番号は最終段階。人間の文明が滅びかけた世界を意味する。オメガは今まで観測されたことがなかった。召喚されたとみられる者はいたが、帰還した者がいなかったからだ。僕はそこから帰還したわけだけど、色々あって正式には認められていない。そのため、ウソつきだとかふかしてるなどと因縁をつけてくるヤツが多いわけだ。僕も別に反論しないからますます付け上がってくる。正直どうでもいいんだけど。
「いえ、今回の任務は葛見君と柊木君にやってもらいます」
「なっ!? おい、ひかるはともかく、こんな採用1ヶ月のヒヨッコに、こんな難しいヤマを!?」
「そうです」
「なんでだ!?」
「いいですか? 高校生の中に入って、異世界人とやりあう必要があるんですよ。君じゃ高校生に見えないでしょう?」
ひかるが吹き出し、雷人はとっさに言い返す言葉が見つからず、ひかるをにらんで唸った後、ようやく反撃する。
「25の俳優が高校生役することだってあるだろうが!」
「武南君ではいくら頑張ってメイクしても無理がありますね」
「じゃあ、なんでオレを呼んだ?」
「君には別件があります。先にこちらを済ませましょう。時間がありませんからね、葛見君、柊木君」
「ふたりで36人を戻せって言うんですか!?」
ひかるが血相を変えて詰め寄る。
「ええ、そうです。アンカーは40人までなら大丈夫です。ふたりなら余裕でしょう? ねえ、葛見君?」
そう言うと、尊巳は挑戦的に僕を見る。いつもの無茶振りだけど、仕方ない。今回は他人を巻き込んでるのが気に食わないけど。
「わかりました。クラス全員戻せばいいんですね」
「そういうことです。そろそろ時間ですね。荷物は持ちましたね。残念ながらバナナは持たせてあげられませんが」
尊巳はたまに大真面目な顔をして冗談を言う。が、ひかるには冗談も通じなかったようだ。
「バナナは嫌いなんです」
「そうですか。残念ですね。栄養があって消化もいいんですよ?」
「食事はキットの糧食で充分です。それ以上に、食事が必要なほど時間をかけるつもりはありませんから」
ひかるは珍しく強い口調で尊巳に言うと、中央の台座に軽やかに跳び上がった。アンカーを取り出し、ロックする。これで異世界から帰還した時、ここに戻ってこられる。
「ほら、行くわよ」
ひかるに言われて慌てて台座に上がると、先輩が教えてあげると言わんばかりにアンカーを示される。
「ほら、アンカーロックして」
「僕は別にロックしてあるからいいよ」
「なにそれ? そんなこと許されないでしょ!」
「いや、かまわないよ」
ひかるが僕に食ってかかるけど、尊巳はあっさりいなした。
「ええっ!? そうなんですか!?」
「安全さえ確保できればね。出張から会社に戻るより、直帰の方が気が楽でしょう?」
「それは……ちょっとわかりません」
「高校生には無理だったかな」
尊巳はそう言って笑うと、真顔に戻った。
「今回は状況次第では行ってすぐ帰れるとは限りません。しかし、アンカーの期限は72時間です。それまでにクラス全員の帰還を目指してください」
「なるべく早く帰り――」
「任せて下さい、所長!」
ひかるが僕の返事にかぶせてくると、僕をにらんで小声でささやく。
「足引っ張ったら承知しないからね」
返事をすべきかどうか迷っているうちに、尊巳が声を上げる。
「では、頼みましたよ、葛見君。疑似召喚システム作動」
尊巳の指示に応えて、天井から下がった機械が唸り、ほのかな光をたたえる。遺跡のレリーフのような紋様にも光が走る。
床面に複雑な紋様が浮かび上がる。それが目にも止まらぬ速さで動き、次々に異なった紋様へと変化していく。まるで数匹の蛇がからみ合い、のたうち回っているようだ。こうやって目指す世界との同期を探っているらしい。やがて、固定される。
「同期完了。召喚に割り込みます。カウント3……2……1……」
オペレーターのカウントダウンと共に光輝がさらに強くなり、僕とひかるを包み込む。
「行ってきます、所長!」
ひかるのアピールに尊巳がうなずいた次の瞬間、唸りが一瞬轟音に変わり、光が弾けた。
サングラスをしていても目映いほどの光に飲み込まれ、僕は世界を渡った。
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