龍の里にて

 高位の龍王から低位の飛竜までが一丸いちがんとなって、住まう山頂にあるのは彼らの里である。里の外見上は狭いが、里の周囲は濃度の高い魔力溜まりによって空間が歪んでいるため、そこに入ったら山頂にも関わらず、森が見える。空を飛竜が飛び、地面を地竜が歩き廻り、中心都では龍王とその配下が日々を送っていた。

 しかし、その日は中心都が騒がしかった。それは龍王の咆哮から始まり、中心都以外の竜は住処へ帰り、配下は機嫌取りを行なっているが、いちじるしい効果は無い。その原因を作ってしまったのは龍王の配下の中の1人が飛竜を下界の森に放ったことであった。飛竜を放つことは普段から狩りで出す習慣を行なっているが、向かわせた森は龍王が少しずつ目を向けて大事にしている森だった。その所為もあってか、咆哮には殺意も剥き出しである。そして、その森はマキの住んでいる森であった。

 龍王が配下に問い続けるが、一向に口を開かない。だが、そこで龍王のきさき候補である数十人を呼び、そこで違和感の窺える妃を御前に出した。他の妃は龍王の側に控え、その妃の動向を睨みながら窺っている。妃は各部族の竜人から出されており、滅多なことでは下界に出て来ない。しかし最近まで悪戯好きの飛竜と会話をし、龍王と配下に森について頻繁に聞きに来ていた。それが急に途絶えたと思えば、この始末である。


「なぜ我が御前に連れて来たのか、分かっておるな?件の飛竜とそなたが関係…しておるのか?」

「ひっ!? はっ、はい、陛下。」

「では飛竜に何を命令して、何をさせに向かわせたか申してみよ。内容によっては穏便に済ませようぞ。さあ!」

「はい、陛下。の森へ、竜王様のお眼鏡に叶ったという"ある不思議なヒトの子"を連れて来るように命令を出しました。」

「そのヒトの子とは誰のことだ?まさかと思うが、彼女のことか?」

「………。」

「なぜ答えぬか、さっさと答えよ!せめて穏便に済ませようと申しているうちに…」

「はい、そうで…御座います!あの話に出てくる"ヒトの子"を連れて…いえ捕らえて来いと命令しました!」

「なっ!」

「これで今頃は、ふふふ…」

「お前は何ということをっ!何をしたかわかっておるのか!?」

「え?」

「それは…な。その…森には…」


 龍王が言葉を押し出す手前、玉座の間へ向かってドタドタと足音が聞こえて来たため、言葉を切った。配下も敵襲かと警戒するが、足音は扉越しでノックを掛けてきた。『何か用か?』と答えれば、『王は居るか』と聞き返された。


「ここに居るぞ!誰だ、ここに連れて来たのは…」

「我が女王より伝令を預かって来た。なにぶん急だったので、兵を撒いてきた。」

「む? まさか…良い、発言を許そう。 …女王の使いよ。」


 「「「龍王様!?」」」


「では伝える、『恩を仇で返すとは何事だ。もう貴方のことは知らないことにする。』…との事だ。」

「陛下、どういうことですか!誰に恩を作ってきたのですか?その者を招待した方が良いのでしょうか?」

「落ち着け、その方は命の恩人である!ある少女に、な。 以前、動けなかった私を介抱してくれたのだ。そしてその獣は少女の配下の1人だ。かといって、ここへ気軽に招待できる者ではない! だから何かあれば、伝言を伝えに来ると思ったのだがな。まさか些細な誤解で敵視されてしまうとは…」

「ならば尚更、招待せねばなりますまい。そこの配下に言えば、あちらに届くでしょう。さあ、誤解を解きに行くのです!」

「無理だ、私には出来ない。それに配下ではあるが、使い魔ではないのだ、届くはずがない。それにだ、あの少女は……族…なのだ…」

「まさかとは思いますが、…ヒト族なのですか?」


「そんなわけがない!王は滅多に外には出ないのに、会えるはずがない。」

「ああ、何かの間違いに決まっておるはず…」

「どこぞの誰が、王をたぶらかした!」

 竜王が押し黙ると、今まで見守っていた配下や兵士からマキに対して批判される。大勢の罵声に竜王が動く。


「うるさいぞ! そうだ、その恩人はヒト族だ。それの何が悪いのだ。」

「では本当なのですか、恩人がヒト族であり、そこの狼が配下というのは…」

「そうだ、言いたい事のある者は我の前に出て話すが良い!」


「そうである。ヒト族の娘の何が問題か!」

「「「なっ!?」」」

「そちらで言う、女王側は我らと敵対するということか?できれば、話し合いで誤解を解きたいのだが…」

「そうである。我が女王は此度の件が竜王に関することであるのか、という事を確認しに来たまでのこと。それと今から会おうと思っているならば、出来かねる。」

「なっ、なぜじゃ?」

「それは女王が住まう村を救うために、飛竜を討伐しようと戦力を集結させているからだ。もちろん、女王が前線に出るだろうが、な。」

「でっ、では我らも加勢しよう。それか、援軍を…」

「無理であろうな、女王の許可以前に我が許可を下さない!既に各種族へ書状を送り付けている。また我らがは竜王の裏切りをきっかけに集結しつつある。」

「なに?」

「陛下、ここは何を言ったところで無駄ですぞ!すぐに向かってくだされ、我々で動きを留めます故…」

「だが、この者に何かあれば更に誤解を招くかもしれんのだぞ!」

「その時はコレを交渉の1つにしましょう。おい、封印をせよ!」

「「はっ!」」


 森の主は竜王の配下一同に捕縛され、魔法によって封印されてしまった。その封印は不完全であるにも関わらず、簡単に封印できてしまった。その対価に数名が魔力の枯渇で倒れていく中、竜王1人だけが背を向けて歩みだす。

「すまん、後は頼んだ!」

 しかし外に近付くに連れて、外が騒がしいことに気が付いた。急ぎ足で門へ向かえば、攻防が起こっていた。相手側は友好を結んでいた黒竜、炎竜、更には獣人族、エルフ族が門前まで迫っていた。だが門前では兵士が弓を射っているが、陣取るだけで進行して来ない。矢が当たって火を吹く竜がいるが、それ以外は静かであった。

 竜王が門の上へ登り、姿が彼らに見えるくらいに近付いていると、大勢の中から数名が門に近付き、頭を垂れてきた。意図が分からず、竜王は頭を傾げるしかなかったが、兵士達は代表者なのだと分かったようだった。


「此度はなぜ軍を連れてきたのか、聴かせてもらっても良いか?私が何かしたのか、或いは配下の者が…」

「おい!」

「なんだ、獣人の者よ?」

「アンタが森に飛竜を放ったと聞いたのだが、事実か?」

「確かに配下の者が飛竜を放った事で審議していた所だが、それがどうした?」

「そうか、それで森から使者が来たはずだが?」

「ああ、それなら飛竜に対して謝罪をしたよ。流石に恩人に刃を向けてしまったからな…」

「で、あるならば、その使者に会わせろ!」

「それはできん。」


「何? ならば一体…『あっ!? 気配が…』」

 その時、獣人の代表が問いただそうと竜王に詰め寄ろうとしていたが、側に控えていたエルフ族の男が顔色が青くなって体が震えながら、獣人の方を見ていた。そのエルフの表情から竜王を除いた代表者には理解できたようであった。

「もう話は無用となった。爺さんに伝令を出せ、"緊急"だと! 竜王は裏切った、森の…いや、女王の使者を探し出せ!」

「どういうことだ、何を言っておるのか聞いても良いだろうか?」

「黙って見ておけ。全軍、急げぇー」

 竜王の言葉を無視して獣人、エルフ、黒竜、炎竜が率いる軍勢が城門を壊し、兵士に目も向けずに、城内に侵入していく。竜王は防ごうにも両足と胴体を地面から生えてきた植物によって身動きができず、すぐ側には老いた竜人が煙管きせるくわえて胡座あぐらをかいて崩れていく城を眺めていた。竜王には、それが誰なのか分かってはいたが、口にも植物によって閉ざされており、呻いても声にはならなかった。


「おうおう。情けないのう、儂の孫に譲ったから安心しておったのに、こんなにも早く崩れる時がくるとはなぁ。」

「む~!む~!」

「…何を言っておるか分からんが、そこにおれ。お前の間違いを正すために尽力してやろう。」

「ぐ~」

「そうそう、大人しくしておれば良いのじゃ。」

「………。」

 とうとう、老竜人の言葉に竜王は黙ってしまった。老竜人はそのまま、封印されてしまった森の使者を、獣人などが連れて来るまで煙管を焚き続けるのであった。当の竜王は黙ったまま、只々崩れていく城を、襲撃に逃げ惑っている配下を、襲撃者である竜に対して魔法を撃っている仲間を見続けた。

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前世は猫でした。今世は異世界で冒険します! 青緑 @1998-hirahira

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