ヒトとしての生活にて

 私の今世の名前は、マキであった。両親は狩人と呼ばれる狩りらしい。今の私は赤ん坊だが、猫と違う事が早速見つかった。足で頭を掻こうにも届かないのだ。ヒトは手で痒い所を掻くらしい。またヒトは猫と違って猫で言う後ろ足だけで立つ…と知った。初めはバランスが取れなかったが、壁伝いで歩いていると慣れた。歩けるようになったのは3歳であった。私には兄と姉と弟が居た。兄と姉は私が赤ん坊の頃は家に居たが、12歳になったため冒険者として働いているらしい。冒険者とは薬草を採取したり、魔物を狩ったりして金銭を稼ぐ仕事である。ダンジョンという"無限の宝庫"と呼ばれる場所もあるらしいが、この周辺には過去に攻略された洞窟しか無いらしい。…と母から聞いた。


 私は8歳になった。弟は私より1つ下で、7歳で病気がち。毎日のように近くの森へ行っている。森へは動物や魔物と争うこともなく、日々楽しんでいる。

「父さん、母さん、おはよう。」

「ぉ?おはよ。朝から元気だな!」

「あら、もう起きたのね!今日も森に行くのかい?」

「うん!」

「マキは熱心だね、ヨルも見習ってほしいもんだねー」

 ちなみに『ヨル』とは弟の名である。

「うるさいなー、マキお姉ちゃんと一緒にしないでよ!僕はマキお姉ちゃんよりも、んだから」

「おい!誰がか、父さんの顔見て言ってみろ?…ん?」

「ひっ」

「あんた、ヨルを怖がらせてどうするんだい。」

「良いから。ヨル。父さんとの特訓と、マキに着いて行くのとどっちが良い?」

「わわわ分かったよ!」

「何が?言ってみなさい。」

「分かったって!マキお姉ちゃんに着いて行くから、睨まないでー!」

「それで良し!」

「あんた!何が良いんだい、あんたの特訓なんて剣の素振りと畑仕事だろう?」

「でもヨルは剣の素振りでよく励むし、畑仕事なんて俺より初めから上手いんだよ。」

「それは、あんたがいい加減なだけさ!マキ、ヨルを連れて行きな!昼頃には帰ってくるんだよ。」

「「はぁーい」」


 私はヨルを連れて外へ出る。連れて行くと言っても、私が前を歩いてヨルが後ろから遅い足取りで着いて来るだけだ。困ったことに弟は、巣を突っついて魔獣が這い出てきたり、足元の石や木の棒を投げて蜂 もどきに追いかけられたりで、本当に手の掛かる弟であった!何かあれば頼られ、かと言って助けたからって擦り寄らずにそっぽを向く。

 私は転生してから今まで、大小関係なく動物や魔物は私を見るなり、こうべを垂れて道を譲ってくれる。だから、滅多な事でなければ襲われることは無い。これも、あの"神"のお陰なのだろう…と納得する。そのこともあってか、私の居る村から離れた周囲を守っている「森のヌシ」に毎日会っている。始めの頃はヨルが喧嘩を挑んでいたが、今では私の背後で森の主の顔色を伺うといった行動を取っている。そんなヌシも、私の前では喉を鳴らして頭を垂れている。ただし、他の大人や周囲を誰かが居る時は森の奥で佇んでいる。また私だけは彼ら動物や魔物の言葉が分かってしまうのだ。この能力を見るのは村人の他には、この森の魔物達くらいである!


「こんにちは。今日もよろしくね!」

『…ウォン!(はい、わたくしも会えて光栄です。今日はその子供も…いるの…ですね。)』

「ええ、両親が…ね。」

『…フォン。(心中お察しします。)』

「昨日は何かあったの?昨夜あたり森が騒がしかったけど、なんか遠吠えも聞こえたし…」

『…グルルル(ああ、昨夜は我々の縄張りに侵入者が入りまして。少々闘っていたので、聞こえたのでしょう。)』

「怪我は無かった?」

『…ウォン。(はい。幸いにも皆、大丈夫です。)』

「良かったわ!」

「ねえ、マキお姉ちゃんだけずるいよ!僕もモフモフしたいー」

「あ、こらっ!?」

『グゥ、ガアア…(こいつ、調子に乗りおって!女王の弟だからと…)』

「はぁ………。」

「ひっ!!」

『クゥ?(女王、何かあ…ありましたか?)』

「マキ姉ちゃん、何を怖い顔してるの?そんな顔してると、生きてけないよー!」

「あんた、何をしてるか分かってるの?なんで主の毛を引っ張っているの!」

「え!?」

「その子は、この森の長よ。悪戯に遊んだら、村が潰れるわよ。私、知ーらない!」

『…クゥ。(いや流石に、そこまではしませんよ。…女王が命令しなければ…)』

「ごごごごめんなさい!」

『フン!(女王の御前でなく、家族でも無ければ、デキたものを…!)』

「ん?」

『キューン。(な何でもないです)』

「そっ。」

 その日はリスや鹿擬きに囲まれて静かな森の中で過ごしたが、母からに帰る約束していたのを思い出した。森の主に別れを告げ、森の入り口へ戻ろうとしたが、主に引き止められた!




 森の主が言うには、森の入り口に山賊がおり、遠くから飛竜ワイバーンが数匹近づいているらしい。その飛竜の後方に大きな気配があるが、何か分からないという。急に足が痛いと思い、足元を見れば、弟のヨルが私の足をつねっていた。痛みが顔に出ないようにするが、主には簡単に見破られたようで、低く唸っている。

 そんな静かな遣り取りの中、頭上に飛竜が舞い降りてきた。飛竜は見下したような眼差しを向けてくる。先程までの静かだった森の周辺が、飛竜が地上に近づくにつれて騒がしくなっていく。


『グゥ…(なぜ飛竜が此処へ…)』

『ガウ?(また来てたぞ、あの子供!)』

『…?(おい!あの子供、女王の足を抓ってるぞ?)』


「姉ちゃん、魔物が集まって来てるよ!早く逃げようよ、ねぇってば」

「うるさい、少しは静かにしたら?そんな大声出したら、もっと警戒されるでしょ!」

「姉ちゃんこそ、冷静過ぎなんだよ!ななんで平然と出来る訳!意味分かんないよ、うううわぁーん」

「はぁー。あんた、それでも男でしょ!帰りたいなら、あんた1人で帰りなさい。この道を真っ直ぐ行けば森を出れるわ!さあ行くなら、行きなさい。私は動かないからね」

「あーもう、好きにしろよ!姉ちゃんなんか…ひっ!」

『グォォォ?(なんだ、こんな所にヒトの子?おい、何でヒトの子がいる?)』

『グゥ(王の情報と違う気がする。こいつらのだろう、だったら奪っても良いだろうし。)』

『ウォン(おい!なんの目的で来た、貴様らの住処は違うはずだろ)』

『グルル…(我らの王が住処に招待したいヒト族の女性がいると言われたので、探しに来た。しかし王は"女性"と言ったのだ、ヒトの子ではない。)』

「うん?」

『クゥ(ああ、いえ。何でもないです…)』

『グルル…(おい!ソレを持ってこい!おま…)』

「ヨル、帰ろっか。」

「え?う…うん。」

『『…(え?)』』


 それから山賊の居る入り口を迂回して、昼過ぎに帰った。家に入るなり、事情も説明できず母からの叱りが始まった。父が帰って来た頃には話が終わり、昼飯を食べた。しかし、そんな日常が一瞬で消えた。

 外へ出てみれば、先程の飛竜が何匹も飛びかって、山賊が飛竜と争っていた。

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