第3話 たまたまが重なった幸せ

おじさんのテリトリーは駅のロータリーだ。

いつもバス停の横の植え込みのそばで、胸のところに雑誌を掲げてただぼんやりと立っている。

ぼぉっと寂しそうに、表情も変えずに。

かなり遠くからおじさんめがけて歩いてくるのに、とても近くに来るまで気が付かない。

そして本当に目と鼻の先まで来てこちらに気づくとパッと明るい表情になる。

そのあと顔をくしゃくしゃにして慌てて野球帽をとりながら「ありがとうございます!」と何度も頭を下げる。

おつりなしでぴったり渡すと「あっ、とっても助かります!」とまた喜ばれる(なのでひさこは必ずおつりがないように準備することにしている)。

お天気だとか最新号の内容だとかちょこっとおしゃべりをして、別れ際に元気に「おつかれさまでしたぁ!」である。


おじさんはいつもいるとは限らない。

なのでひさこがたまたま北口に用事があるとき、たまたま2週間に一度の最新号をまだ買っていないとき、たまたまおじさんがいるとき、のたまたまが重なったときに「あ!」と思って慌てて小銭入れをごそごそする。

そして「おつかれさまでしたぁ!」のあとはなんだかとっても得したような幸せな気分になるのだ。

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