第74話 ずるくてゴメン
「で、どのイベントなんだよ」
「これです。この武器の限界突破の為のクエストです。お願いできますか?」
「これか。これ別に全部解かなくてもいいんだ。最低ラインのポイントさえ取っていれば。……ほら出来た。これでいいな? じゃあ俺は行くわ」
俺は時雨のスマホを借りて頼まれたイベントをクリアすると、すぐに立ち上がろうとする。
しかし、それは腕を掴まれることによって阻止された。
「……なに?」
「師匠。何かあったんですか? さっきの師匠、闇堕ち寸前の顔をしていました。ゲームなんてついでです。それが聞きたくて断れないような事を言ってここに連れてきたんです。何があったのか教えて下さい。教えてくれるまで離しません。離そうとするなら胸に押し付けて叫びます。『あっ……もっとぉ……』って」
「待て! そこは普通『ちかーん!』とかじゃないのか!? なんで更に要求してんの!? つーか連れてきた理由とかって隠してそれとなく聞くもんじゃない!? なんで全部言ってんのかねぇ!?」
「ふふっ、やっといつもの感じになりましたね♪ 理由は簡単です。師匠は遠回しに言っても気付いてくれませんから。それで……何があったんですか? それはちゃんと聞きたいのです」
なんだよそれ。そんな気分じゃねぇっての。今のはあれだ……つい勢いで言ってしまっただけだ。別にいつも通りになったわけじゃ……。
「後二センチ」
「おぉい! なにこっそり胸に近づけてんだよ!」
「逃げる波動を感じましたので」
「に、逃げっ!? それがわかるなら俺が言いたくないっての分かるだろ? それなのになんでだよ! 嫌がられるとか思わないのかよ!」
イライラする。なんでコイツはこんなに自分に素直な行動が出来るんだよ。嫌われるとか思わないのか? 怖くないのか?
「そうですね。思わなくもありません。ですが私は昔嫌われていたのでその辺の精神耐性はちょっと高いのです。それに私は知っているんですよ? 相手が嫌がっていたとしても、そんな事お構い無しに必死になって笑わせようとしてくる人を。そしてその相手が笑った時、それ以上の笑顔で応えてくれた人を。その人のその時の行動が今の私の行動の指針になっているのです」
「誰だよその変わった奴は」
「そうですねぇ。誰でしょうねぇ。はい、という訳で話して下さいな?」
俺は立ち上がろうとしていた足から力を抜く。なんだかもう、変に意地になってるのが馬鹿らしくなってきたや。どうせ何を言っても時雨は引き下がらないだろうし。
「はぁ……。わかったわかった。言う言う。だから腕離せって。さっきから胸に当たってんだよ」
「え、あ、胸? ~~っ! す、すいません……」
……照れるところ、そこなの? 普段からアレなのに?
「ノ、ノーブラでごめんなさい……」
「な・ん・で・だ・よっ!!」
◇◇◇
で、俺は今日の事を時雨に話した。
少し前までは口に出すのが嫌だったはずなのに、今は何故か楽に話せる。
「ってわけだ。あれから何も連絡も無いし、まぁ、初めての彼女で浮かれてて俺は何も気付けなかったって事だ。ほれ、ちゃんと話したぞ」
全てを話し終えたあと、時雨を見ると表情を変えることなく俺の事を見ていた。
そしてそのまま立ち上がり──
俺にキスをした。
「……っ!? なっ!」
「師匠……いえ、たろちゃん? 私、前に言ったことがあるよね? 私の初恋の事。水族館で迷子になった時の事を。その子が私の髪を綺麗だって言ってくれて、私が笑うまでずっと自分の好きなアニメの話を身振り手振りでたっくさん話をしてくれた子。ちょっと前に今のその子を知って思い出して、忘れかけていた初恋がまた、私の中を埋めつくしたの。本当は約束の一ヶ月が経った日に言うつもりだったの。だけどごめんね? 今言うね? ずるくてゴメンね? その子の名前は杏太郎君。私の初恋の人。そしてまた、好きになった人。あなたなの。好き。大好き。たろちゃん……」
時雨はそう言って、再び俺にキスをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます