第64話 根も葉もある噂

「いやいやいや。なんでいきなりそんな話になる!?」



 俺は保健医の名前を聞いただけなのに、なんでそんなにぶっ飛んだ話になるんですかね!?



「いえ、今からだとちょうど卒業後に産まれるのでちょうどいいかと。ですが…………私は…………処女です」


「知らんがな。わざわざ溜めて言うな。そしてそんな事を道端で言うな。俺は帰る」


「冗談です。師匠、気をつけて帰ってくださいね。私も今日はゆっくり休みます。先程の九十九つくも 絃羽いとは先生の曲がり角で急に曲がる運転。そしてその時にお尻が滑るおかげでパンツがくい込んでいるのも直したいですし。あ、やっぱり今直します」


「おい、男の前でパンツくい込む言うな。目の前で尻を触るな。……って、え? ちょっと待て。保健医の名前そんな名前なの!?」


「はい。私の琴線に触れる名前なので覚えてます。最高です。羨ましいです」



 いや、時雨の名前も中々だとは思うけども……。にしても九十九絃羽って名前だったのか……。

 ヤバいな。俺の黒歴史部分が疼く名前だ。これはマズイ。やっぱり保健医と呼ぼう。

 そして適当に返事して、この話題はもう終わらせよう。傷口がひろがる。



「そ、そうか……」


「はい。まるで相手の体に触れて零距離打撃でも打てそうな──」


「おぉぉぉぉい! 言わせねえよ!?」



 あっぶねぇなぁ! おい!

 よし帰る。まじで帰る。

 俺は時雨にその事を告げ、家の中に入っていく姿を見届けると家に帰った。


 今日一日でいろんな事があったせいで、夕飯を作るのが少しダルいと思っていたけど、まさかの母さんが仕事休みで助かった。

 なんでも、以前の機械トラブルがまだ完全に直っていないらしい。

 あ、ついでに聞いてみるか。



「母さん、九十九絃羽さんって知ってる?」


「……な、なんで杏太郎が絃羽の事知ってるの!?」


「その人、俺の高校の保健医なんだよ。今日、途中まで車で送って貰ったんだよね。十八歳になったら結婚しようとか言われたし。まぁ、断ったけど」



 あ、時雨も一緒だったの言うの忘れた。まぁいっか。



「へぇ……あの子が人の息子に手を……ふぅん」


「か、母さん?」


「ママ? 顔怖いのだ。鬼が見えるのだ」



 母さんはスマホを出すと、簡単な操作をして耳に当てる。顔はニコニコ。たが、姉さんは心無しか怯えているようだ。俺もちょっと怖い。

 言わなきゃ良かったか? って言っても時すでに遅しだけど。



「あ、もしもし〜? 絃羽? 久しぶり〜♪ ねぇねぇ今暇? ん? なんで声震えてるの? なんでもないってば〜。え、明日仕事? 大丈夫大丈夫。全然だい。だからちょっと出てこれる? そう、あそこに。もちろんセッティングはダウンヒルで。……わかった? ……え? なにも聞いてないってば〜。人の息子に結婚迫ったなんて、。じゃ、待ってるね〜。…………ってわけで杏太郎に乃亜。お母さんちょっと出かけてくるわね」


「「はいっ!!」」


「ちょっと助手席でビビらせたらすぐ帰ってくるから、食べ終わった食器はボールの中で水に浸けておいてね? じゃ、いってきまぁ〜す」



 母さんはそう言うと勝手口から出ていく。直後、ホイールスピンのギャリリッ! って音。そしてパンパンプシューって音が響くと、だんだんマフラーの音が遠ざかっていった。



「……姉さん。母さん、で行ったんだな」


「乃亜は何も聞いてないのだ……」


「そう……だな……」



 と言うのは、母さんのもう一台の車のシルビア。S14後期ダウンヒル仕様。

 俺が産まれてからはかなり減ったらしいけど、昔はゴリゴリと峠を攻めていたらしい。爺ちゃんが言ってた。

 今でもストレスが溜まるとたまに行ってる。

 一回だけドリフトの助手席に乗ったことあるけど、あれは俺の知らない世界だった……。

 保健医の先生。どんまい。



 で、だ! そんな事があったせいで、俺の頭からは大事な事がすっぽりと抜けていた。


 そしてそれは、翌日登校した瞬間に全てを理解した。



『あ、日野くんだ。昨日例の先輩をお姫様抱っこしてたんだよね? やっぱり付き合ってるんじゃない?』


『そうそう! それにね? その後保健室行ったんだって!』


『しかも鍵も締まってたみたいだよ?』


『『『きゃ〜〜〜〜!!!』』』



 ──あ。やらかした。


 そして下駄箱の影からの黒い視線。

 乃々華だ。目がヤバい。淀んだオーラが見えるみたいだ。

 やばい。これは遥にも頼んで噂をどうにか消さないと。

 そう思ってたのに。



「師匠、はようございます。昨日はありがとうございました。私、あんな風になったのは……初めてでした。…………ポッ」



 ポッ、じゃねえぇぇぇぇ!!!


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