第62話 保健室のベッドで
俺がスポドリを両手に持って保健室に戻ってくると、時雨が横になってるベッドのカーテンに貼り紙があった。そこには、【二人きりにしてあげるから先生がBLゲームやってたのは内緒にして下さい。鍵は机に置いてあります。ほんとお願いします。クール美人な保健医のイメージを壊したくないんです】って書かれている。
知らんがな。でもまぁ邪魔が入らないのは助かる。いきなり誰か来て変に噂されても困るしな。
俺はその貼り紙を丸めてゴミ箱に捨てて鍵を閉めると、一言声をかけてからカーテンを開けて中に入った。
時雨は氷枕の上に頭を置き、体は横を向いている。だから俺からは背中しか見えない。
「時雨、大丈夫か?」
「あ、ししょお……。はい。少し、楽になりました……」
時雨はそう言いながら寝返りをうってこっちを向き、そのまま体を起こした。すると、保健室に運ぶ前まではしっかり閉まっていたブラウスのボタンは三つほど外れていて、その隙間から下着と胸が少し見えた。
「っ! おい! 胸元開いてるぞ!」
「先程先生が外してくれたんです。熱が逃げるようにと。私は気にしませんよ? 師匠になら少しくらい見られても大丈夫ですので」
「いや、俺が気にするっての。かといってまた閉める訳にもいかない……のか?」
「そうですね。でも……さすがにこれは開き過ぎなので、一個ボタン閉めますね。なんだかちょっと恥ずかしくなってきましたし。さっきまでは平気だったんですけど……」
いや、平気でいられると俺が困るからそれでいいよ……。
「ほらスポドリ。一気に飲むなよ? ゆっくりな」
俺がスポドリを渡すと、時雨は「ありがとうございます」と言ってキャップを外すと口に当て、コクコクと飲んでいく。
だけど乾いた喉にいきなり冷たいのを流し込んだせいか、むせて口から少しこぼしてしまっていた。
「んっ!? っふ……けほっ……。あ……すいません。こぼしてしまいました……」
「ほ、ほら、これで拭けって」
「ありがとうございます」
俺はポケットからシワシワのハンカチを出して時雨に渡す。時雨はそのハンカチを受け取ると、口元からそこから垂れて濡れた首、そして胸元を拭いていく。
なんか……なんかこう……視覚的になんかマズイから俺は目を逸らす。
「拭き終わりましたからもうこっち向いても大丈夫ですよ? あと、このハンカチはちゃんと洗って返しますね」
「いや、いいよそんなの。元々そんな綺麗だったわけでもないし」
「あ、その……こぼしたのだけでしたら良かったんですけど、その……首とか胸も拭いたせいで汗も一緒に拭くことになってしまったので……あの……恥ずかしいです」
「っ!? あ、あぁ〜……そゆことね。うん。分かった。理解した」
「はい……」
待て待て。そんなキャラだったか!? ハンカチ握りしめて頬ポッ、とかやめてくれ。調子が崩れる。
「えっと……どうする? もう少し横になって休んだ方がいいんじゃないのか? それとも迎え呼ぶか?」
「いえ、迎えは両親も兄も忙しくて無理だと思うので、少し休んだら帰ります。師匠、ありがとうございました」
「いや、いいよ。じゃあ休みな。最終下校の頃には起こすから」
「……え?」
「え? ってなにが?」
「師匠は帰らないのですか?」
「なんで? 時雨を送っていくのに? さすがに今の状態で一人で帰らせるほど外道じゃねぇよ」
「そう……ですか。あの……ありがとうございます。では、少し休みます」
「あいよ〜」
俺は再び横になった時雨を見たあと、近くから椅子を持ってきて座ると、スマホを出して来ていたメッセを見ていく。
乃々華から山程来たのはとりあえずスルー。海琴さんからは、『今からバイトだよっ♪』って内容と一緒に、バイト先の更衣室で撮ったっぽいユニフォーム姿の写真が届いていた。可愛い。超女神。思わずニヤケてしまう。
そして、俺がそれに対して『頑張ってくださいね』と、返信した時だ。
「……師匠……」
「ん?」
「おでこの冷たいピッタンが取れてしまいました」
「あぁ、貼り直すか?」
「いえ、もうくっつかないので代わりに師匠の手を乗せてくれますか?」
「……なんで?」
「師匠の手、冷たくて気持ちよかったんです。……駄目ですか?」
またあの時みたいな縋るような目。本来なら断らないといけないんだろうけど、今回のは俺の為にこうなったんだよな……。
「……師匠?」
くっ……。おーけー。わかった。
よし、これは浮気じゃないこれは浮気じゃない浮気じゃ…………ないっ!
「ほれ」
「ありがとうございます……。嬉しいです……」
「いいから早く寝ろって」
「ん……ふふっ。はぁい……」
時雨はそう言って微笑むと、すぐに寝息を立て始めた。
あーもうっ! 調子狂うっての!
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