第60話 なぜか落ち着く僅かな時間

 あの日から、時雨と言い合って減るかと思った乃々華の好意アタックは、むしろその勢いを増してきた。

 今までは俺と二人の時だけこっそり……だったのが、教室や廊下でも抱きついて来たり、好き好き言ってきたり。

 更に時雨は時雨で、音もなくいつの間にか俺のうしろに立ってるかと思えば、腕を引っ張ってニコリ。腕にそっと抱きついてニコリ。

 遠くから俺を見つけると、例え誰かと話をしていてもそこから一歩足を踏み出して、俺に手を振ってニコリ。


 するとどうなるか。


 クラスメイトからは、

〖えっ? 付き合ってんの?〗

〖あ〜やっぱり。いつも一緒だもんね〗

〖え?付き合ってるのにあの先輩とも!?〗


 と、いう評価を受けることになる。

 例え学外に彼女がいるんだ! って言っても信じてもらえない。


 そのことを遥に相談したところ、『一生分のモテ期が来てるんだから無駄にするな』って一蹴された。


 そのせいで、色々しんどい……。

 なんでだ。なんでいきなりこうなった!?


 ここ一週間で俺の周囲環境が変わりすぎだろ! 頭が追いつかねぇんだよ!


 つーか学校で落ち着く場所がねぇ!

 いや、無いわけじゃない。無いわけじゃないんだけど、その落ち着く場所ってのが……



「師匠大丈夫ですか?」


「いや、あんまり……」


「ここは私以外に誰も来ない聖域サンクチュアリですので、ゆっくり休んでくださいね?」



 生徒の中で唯一、時雨だけが鍵を持っている屋上だった。

 不本意だけど。ホントに不本意なんだけども!



「お疲れ様です。おっぱい揉みますか? 太もも枕にしますか?」


「いや、そこは膝枕じゃないのかよ……。どっちにしても彼女いるから断るけどさ。てか、その疲れの原因の一つには時雨も入ってるんだけど!?」


「私は師匠に敬意を込めてるだけですが?」


「敬意で腕組んでくるのはやめてくれない!? 彼女への罪悪感とかもすごいんだからな!?」



 いや、ほんとに勘弁。その日の夜に電話で話す時とかで学校での出来事を話したりするんだけど、上手く避けて話すのがしんどい。

 はぁ……。



「気にしないでください。ただの弟子のじゃれつきだと思ってくれればいいんです。そう、例えるなら私は猫。師匠の体から滲み出るものがマタタビ。そして師匠の腕が猫じゃらしみたいなものです」


「その初めて聞く例えに目眩がしそうだよ……」


「目眩ですか? 大丈夫ですか? 座椅子になりましょうか?」


「座椅子になるってどういうこと!?」


「まず、私が足を伸ばして広げます。そして師匠が私の膝の上に座り、そのまま私の胸を背もたれとして寄りかかるのです。残念ながら私の胸は柔らかいので低反発クッションにはなれません。ビーズクッションです」


「そこまで聞いてないんだけど!? はぁ、突っ込み疲れた……」



 俺はそのまま壁に寄りかかる。ちょうど日陰で日差しもなく、風が気持ちいい。

 あ、ダメだ……。眠く……なってきた……。



「師匠、予鈴が鳴ったら起こすので寝てくださいな?」


「……ん、いや……寝ない……よ……」



 あ、ダメだ。まぶたが重い……。



「……おやすみなさい。たろちゃん」



 またたろちゃんって……。なん……で、その、呼び方……。


 そこで俺の意識は睡魔の海に沈んで行った。

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