第57話 誘惑の押し付け

 その夜、めずらしく遥から電話が来た。

 本当に珍しい。おかげで外は雨だ。

 ただ、声のトーンが少し低い気がする。



『杏太郎。華原から再来週のテニスの試合の事は聞いたか?』


『あぁ、聞いた。直接な』


『そうか。それならいいんだ。音原にお前も誘ってくれと頼まれてな』


『音原が? なんで?』


『華原からそう言われたらしい』


『っ!』



 そこで俺は言葉に詰まる。

 あれから店で乃々華に言われた事を色々考えた。あいつ、音原とそんなに仲が良かったか? 遥の彼女だから話はするけど、乃々華と音原の二人でいる所はほとんど見たことがない。

 あるにはあるけど、俺が見たのはほんの少しだけの要件だけの会話くらいだ。

 それなのにわざわざ連絡して応援に来てくれなんて言うか? 何を考えている?



『杏太郎、俺も今お前と同じこと考えている。それと合わせて、お前に彼女が出来た事を聞いてからの今日の華原の様子だ。昼に二人共いなかった事と言い、華原に何か言われたんじゃないのか?』


『言われた。確かに言われたけど、何を言われたのかは遥にも言えない』


『好きだとでも言われたのだろう?』


『なっ!』



 なんでわかるんだ!? まさか乃々華の俺への気持ちに気付いていたとか!?



『その反応、言われたのか。びっくりだな……』


『……お前、わかってたとかじゃないのか?』


『いや、さっぱりわからなかった。てっきりお前に彼女が出来て華原が絡む相手が減るから、音原と仲良くなる為にお前に話を聞きに行ったのかと……。それでアドバイスを貰ってさっきの約束をしたのかと思ってたんだが……』



 こいつの頭の中、音原ばっかりだな。深刻そうな声も、音原を乃々華に取られると思ったからっぽいし。



『で、どうするんだ? って質問も愚問か。彼女出来たばかりだからな』


『どうしようもないだろ? そんな事言われても俺には何もできない。今回の試合の応援だって何を考えているのかわからないしな』


『いや、そこまで深く考えなくてもいいんじゃないか? 彼女にはなれなかったけど、友人として応援はして欲しい。ってだけだと思うが?』


『それだけならいいんだけどな……』



 今日の昼の乃々華のあの行動。そして海琴さんのバイト先でのあの言葉。

 そういえばこの前の試着室でもいつもと違う感じだった。

 前から俺の事を好きだったって事を聞いた今、その行動にも理由があったんだろうけど……。

 それにしては過激すぎる。

 だけどそのことを遥に言う訳にもいかないしな……。



『まぁ、何があったのかはわからないが、変に悩みすぎない事だ。そういうのは結構彼女って存在は気付くものだぞ? 付き合いたてで余計な心配はかけない方がいい』


『……だよな。わかった。変に勘繰り過ぎてただけかもしんないしな』


『そういうことだ。じゃあそろそろ切るぞ』


『わかった。またな。──あ、そういえば』


『ん? なん──「遥くん、お風呂いただきましたわ。あら? 電話中でしたの?」あっ!』


『……お、お前まさかお泊ま──』


 そして一方的に電話は切られた。


 俺は通話の切れたスマホをみつめる。遥の野郎、音原を家に泊まらせてるのか!? 明日も学校なのに……はっ! もしかして以前から? 音原の家は逆なのにいつも朝一緒なのはそういうことか!?



「ぐっ……! 遥は既に大人への階段を……ん? 新着メッセ? 海琴さんかな?」



 そう思ってろくに相手の名前も見ないで画面をタップ。



「っ!?」



 そして画面にいっぱいにうつる写真。

 それは下着姿の乃々華。

 メッセージには、『彼女に見つからないようにね?』の一言。


 そして俺が既読したのが分かったのか、更に追加でメッセージが来た。



『もっと欲しいなら言って。……なんでも撮るから』



 乃々華……。一体どうしたって言うんだよ……。

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